断章6
超・幻想機関「イディオット・フェアリーテイル」
霊岸島こころ――
『デュエル・マニアクス』の作者は行方不明になっていた……イサマルくんが口にした事実に、私は思わず驚きを口にした。
「作品の制作途中で、原作者が失踪したってこと?」
「……霊岸島こころが実際に執筆したのは、1学期と夏休みのDDD杯まで。攻略対象が確定していない共通ルートまでや。個別ルートに突入した2学期編からは――社内のライターや、外部の筆が早い作家に依頼した……クレジット表記は無し、代わりに報酬は相場の数倍以上のお金を積んで。アコギなやり方やけどね」
「それって――表向きには霊岸島こころが書いたことにしたの!?」
「しゃあないやん。あの人のネームバリューは圧倒的やったから……こころの新作、ってだけで買う層はいくらでもおるからね」
――ゴーストライターを使った、ということか。
「でも、それは……作品を楽しみにしてた人への裏切りだわ」
バツが悪そうな顔でイサマルくんは呟く。
「せやから個別ルートについては、残されとった設定メモや、失踪前に口にしてた構想を元に執筆したんや……できるだけ、本来のエッセンスを再現する形で」
「江戸川乱歩の『悪霊』の続きを書いた芦辺拓みたいに?」
「言うても乱歩の場合、あれは長期休載からの未完やろ?どちらかというと伊藤計劃の『屍者の帝国』を完結させた円城塔に近いかも。執筆中の逝去――あくまで、これは現場のあいだで流れた噂なんやけど――霊岸島こころの場合も「そう」なのかもしれない、って」
「……失踪じゃなくて、亡くなってるっていうの?」
「あの人は性別も年齢も不明の覆面作家で、直接のやり取りをしてた人物はかぎられとる。ウチも何度か業務上の打ち合わせはしたけど、全部オンラインのチャット越しやから顔も声も知らん。……それに、ウチも信じられへんのや」
――執筆中の作品を投げ出して、失踪するなんて。
「あの人は性格的にエキセントリックな部分はあった……それでも、自分が書いた作品に対する愛、は確かにあったと思う。顔も声も知らん相手に何を言うてるんや、って思うかもしれへんけど――」
「オタクの勘、ってとこかしら?」
「うん。だから、あんな大きな企画で……ううん、プロジェクトの大小に関わらず、作品を投げ出したりしないんじゃないか……って思う」
でも――仮に亡くなっていたり、
あるいは執筆できないような問題があったとしても――
「罪園CPの偉い人なら、直接の連絡先や素性は知っているはずよね。病気とか事故とか、そういう問題があったら必ず把握してるはずだわ。だとしたら、失踪じゃないのに連絡が取れないのはおかしくない?」
「もしも、上が率先して隠蔽していたとしたら?」
「そんな……!?」
「ありえん話じゃないよ。あんな滅茶苦茶なプロジェクトを強行するぐらいやし――制作中の作者死亡、みたいなスキャンダルは隠したがるはずや。……上に対する信頼が無い現場やったからね。この辺の話は半ば公然の事実みたいに話されとった」
イサマルくん曰く――
幸運だったのは、発売された『デュエル・マニアクス』はネット上で「クソゲー」と罵られ大炎上こそしたものの、システム面を改善するパッチや無料DLCのリリースを懸命に続けたことで人気は回復し、最終的には完全版・次回作を望まれるほどのファン人気を獲得したことにあった。
失踪前の霊岸島こころが書いた共通ルート部分はもちろん、元々あったキャラクター設定を活かした後付けの個別ルート部分についても高い評価を受けたという。
もっとも、プレイヤーの方は共通ルートと個別ルートとで、それぞれ違う人が書いてるなんて思わずに遊んでたわけだけど……。
「ファンの人も、気づかないものなのね……」
「違和感を感じる、っていう声もあったで。それでもなぁ――なにせ、作品自体が未完成品やったし。クオリティの乱れを感じても『作家が違う』とまでは確信が持てんかったんちゃうかな」
ゴーストライターの腕に助けられた――といったところだろうか。
ここで、私はメルクリエのことに思い当たった。
「イサマルくんは「メルクリエがラスボスかもしれない」って言ってたわよね。それは罪園CPの開発スタッフすらも、物語の黒幕を知らないまま制作していた――というより、黒幕の正体を設定していなかったからなのね!」
「そもそもの話、納期が押せ押せやったからね。各攻略ルートは、あくまで攻略対象のキャラクターや主人公であるユーアちゃんの個人的な問題を解決するだけで、世界の命運を賭けた戦いについては「これからも続く!」で締めたんや。だから、彼らの前に立ちはだかる「闇」の
「完全に続編ありきの作りじゃない……!」
「まぁ、ファンに支えられたおかげで2の制作も決定したし。結果オーライや」
へへへ、とピースするイサマルくん。
あのねぇ……。
イサマルくんは「黒幕はメルクリエくんか……」と思案した。
「……納得感はあるな。ファンの考察動画でも挙がってた名前の一つや」
「そうだったの?」
「当時は『ワンピース』で言うところのシャンクス複数人説とか、イエティクールブラザーズの帽子はマリージョアの国宝説とか、そんなもんかと思っとったけどね」
「そういうの、開発スタッフは見ない方がいいと思うわ」
「
霊岸島こころが残したメモの内容を元にした設定を『デュエル・マニアクス名鑑』にも記載したという。
イサマルくんは目を閉じて、ピン、と釘を抜くような動作をした。
この動きには見覚えがある。
しのぶちゃんの頃からやっていた、記憶を引き出す仕草だ。
「(やっぱり、変わらないわね)」
「……あった、『デュエル・マニアクス名鑑』の193ページや。「
「メルクリエは「学園」の臨時講師をしていた。立場としては可能だわ」
「それだけやない。これはファンからよく指摘されとる、有名なガバなんやけど……この設定を真とすると、矛盾が発生するんや」
「矛盾って?」
「霊岸島こころが設定したアスマくんルートのボス、”キャタピラー”は「学園」の関係者じゃない……本来は「
イサマルくんはもどかしそうに口を開いた。
「だって、”キャタピラー”は――
冒頭のチュートリアルで敗北したことで、
「学園」を退学しているはずなんやから」
え――?
じゃあ、”キャタピラー”の正体は……!?
「メルクリエくんが「
「イサマルくん、
あなたが言ってる”キャタピラー”って……」
「ウルカちゃん、気を悪くしないで。今のウルカちゃんがそんなことにならないのはわかってる。でも――原作では、ウルカちゃんは「闇」の
「悪役、ボス、令嬢……」
「ウルカちゃんは世界の終末を望む「闇」の組織――
超・幻想機関「イディオット・フェアリーテイル」のエージェントだったんや」
☆☆☆
「きひひ、そういうわけで”キャタピラー”は欠番。ウルカ・メサイア抜きで活動してもらうよ……その代わり、メルクリエには私が書いた原作よりも「役者」を増やしてもらったからさぁぁぁぁ。オマエたちには、せいぜい頑張ってもらうよぉぉぉ」
「闇」に満ちた空間に、丸い円卓が浮かぶ。
この世にはありえない「黒い光」――
浮かぶように、沈むように、照らされた人影は四人。
うち、三人は――
顔の半分を隠す仮面を着けた青年、
同じく仮面を着けた壮年の男性、
笠を被り顔も風体もわからない小柄な影。
彼らを睥睨するのはビスクドールじみた美しさをたたえた少女。黒いドレスに黒い長髪、黒い瞳、唯一の色は蒼銀色に輝くモルフォ蝶の髪飾りだけ。
ウルカ・メサイアの執事であった青年、メルクリエ――彼の中に眠るもう一つの人格。現在は逆行催眠魔術によって一時的に前世の魂である少女に肉体を先祖返りさせている。
少女が名乗る
超・幻想機関「
”クイーン・オブ・ハート”
彼らに「闇」の力を授けた少女――ハートの言葉を受けて、笠で顔を隠した正体不明の人影は「いかにも!いかにも!」と甲高い声で応える。
その様子に辟易とするように仮面の青年がため息をついた。
「……悲劇ですね。相も変わらず『原作』などと――自分がこの世界の創造主だ、という妄想に憑かれているとは」
「妄想なんかじゃねえよ。この世界は私の書いたゲームで、オマエも、オマエも、オマエも!全部、私が考えた、私の頭の中にあるキャラクターなんだよぉぉぉ。とはいっても……その全てを「遺せた」わけじゃなかったけどさ」
「馬鹿馬鹿しい。喜劇ですね――自分こそが世界の王様だと信ずる……そのような傲慢が許されるのは、子供が夢見るおとぎ話の世界だけです」
歯車と歯車の隙間で作られたような仮面の奥で、青年の瞳が暗い炎に燃えた。
「夢の如き道理の通らぬ
青年が被る
超・幻想機関「
”ドロッセルマイヤー”
ハートは肩をすくめた。
「それが君の理想の「最終回」ってわけね。いいんじゃね?っつっても、君が言う「神様」って、要するにシナリオライターである私なんだけどさぁぁぁ、きひひ!」
「いかにも!いかにも!」と、影が合いの手を入れる。
不快そうにドロッセルマイヤーは声の主をにらんだ。
「……この者は、どうにかならないのですか?先ほどから同じ言葉を繰り返すばかり。意味のないセリフならば無言劇の方がよほどマシです」
「いかにも!いかにも!」
ふん、とこれまで黙っていた壮年の男が鼻を鳴らした。
「仕方あるまい。
なにせ、その小僧には脳みそが無いのだからな」
「いかにも!いかにも!」
影はオウムのように同じ言葉を繰り返す。
そこには一切の知性は感じられない――
正体不明の影がまとう
超・幻想機関「
”スケアクロウ”
スケアクロウの様子を横目に――
仮面の男は手にしたパイプから紫煙を燻らせた。
「小僧のことは放っておけばいい。そいつは、ただ置かれているだけだ。考慮する必要も、配慮する必要もないだろ。俺の「最終回」にも「脳無し」は不要だしな」
「私は、あなたの群像劇についても気に入ってはいませんがね」
「いかにも!いかにも!」
「……俺は船長だ。船長にとって、世界は船――船が沈むときが世界の終わりだよ。そこに何の不思議がある?」
この男とドロッセルマイヤーは「最終回」について明確に価値観を異にしている――。
船長、と名乗った男は悠々と笑った。
男が囚われし
超・幻想機関「
”キャプテン・フック”
各
召集をかけた理由は明白。
円卓に集った一同に、ハートは宣言した。
「きひひひひひ。どんな形の「最終回」でもいいよ――この円卓においては、価値観も創作論も、全てが平等だ――悪平等を旨とする私の冤罪法廷が、オマエたちを裁くことは無い。大丈夫。いつでも幕を下ろす準備はできてるんだからさぁぁぁ」
げほっ、ごほっ、とハートは咳込んだ。
喀血。手には赤黒い血が吐き出されている。
「私の身体はご覧のとおりだし――
予想外の
これ以上は待っていられない。
メインキャラクターは揃った。
各人の掘り下げも十全。
あとは、終わらせるだけ――
物語に充分に旨味があるうちに。
瑞々しい果実は、食べてこそ完成する。
腐りかけの生ゴミなんて、まっぴら御免だ。
「この物語に二学期なんてやってこない。私が書いた物語は夏休みまでで終わる、DDD杯までが私の作品なんだよ。それ以降の後付け、他人のアニオリなんて認めねえ。このゲームを終わらせることが出来る権利を持っているのは、ザイオンじゃなく、世界でただ一人――この私だけなんだからさぁぁぁっ!!!」
ハートの背後に、巨大なスピリットが出現する。
アルトハイネス王家の最強スピリット、
《ビブリオテカ・アラベスクドラゴン》や――
イスカの
《シルヴァークイーン・ナインテイルズ》――
それらに勝るとも劣らない、規格外の魔力圧!
「目の上のたんこぶだった銀毛九尾の婆さんは退場したし――ザイオンや、ザイオンの「
ブゥン――と紅くみなぎる瞳。
闇の中で動き出すのは、物語の終幕を象徴する機械神!
トライ・スピリット――
《ダインスレイフ・エクスマキーナ》
起動を許された生ける大魔道具。
「闇」の円卓に集いし者たちは――
「
いずれの手にも握られているのは「闇」のカード。
「たった1枚で、
<断章6『超・幻想機関「イディオット・フェアリーテイル」』 了>
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