完全版商法

『デュエル・マニアクス』

ザイオン・コンシューマ・プロダクツ(通称:罪園CP)により開発された大型タイトルである。


シナリオライターはインディーズ時代からカルト的な人気を誇る罪園CPのお抱え作家「霊岸島こころ」、

イラストレーターには『Clear Mind』シリーズで知られる人気絵師「赤木りゅう」を採用している。


公式の略称は「デュエマニ」。


作品のジャンルは『トレーティングカードバトル・メルヘンロマンスアドベンチャー』――オリジナルの本格カードゲームと女性向け恋愛シミュレーションゲーム(いわゆる乙女ゲーム)を組み合わせた、まったく新しいゲームだそうだ。



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私はイサマルくんに問いかける。


「……なんでその2つを組み合わせようと思ったの?ブーメランと空手ぐらい意味不明な組み合わせじゃない?」


「現場の人間は「まるで意味がわからんぞ!」って言うてたよ。けど、上からは「競合相手がいないブルーオーシャンだからイケるイケる!」の一点張りでなぁ」

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物語の主人公はユーア・ランドスター。

舞台となるファンタジー世界『エリクシル』に生まれた世界で唯一の光魔法の使い手――『光の巫女』である。

ユーアは平民の身でありながら貴族の学び舎である王立決闘術学院アカデミーに入学して、そこで攻略対象キャラクターと恋に落ち、やがて世界の終末を望む「闇」の勢力との戦いに身を投じていく。



ゲームには複数の攻略対象キャラクターが存在する。


一人目はアスマ・ディ・レオンヒート。


ルート名は『Ignis Spiritus Probat』

テーマは「過去との決別」――


アスマは三大大国の一つであるアルトハイネス王国の王家に連なる、由緒正しき第二王子だ。彼は「偽りの救世主」事件と呼ばれる出来事に因縁があり、その興味から王族でありながら平民のユーアと接触を図るようになる。


やがて現れる過去の因縁の相手――

「闇」の刺客である”キャタピラー”を打ち倒すことで、二人は結ばれるのだ。



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「”キャタピラー”……?

 それって、イモムシってこと?」


「一種のコードネームやね。デュエマニに登場する「闇」の決闘者デュエリストは、どれも有名な絵本や児童文学……要するにメルヘンの登場人物の名を冠しとるんや。こいつの出典はルイス・キャロルの『不思議の国のアリス』」

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二人目の攻略対象はイサマル・キザン。


ルート名は『巷説妖魔伝・百鬼夜巷』

テーマは「今を生きる」――


イサマルは三大大国の一つであるイスカの将軍家跡取りであり、その権力と才能を鼻にかける傲慢な若殿様。女遊びの一環として軽い気持ちでユーアに声をかけるが、彼女の純真なひたむきさに惹かれるようになっていく。


良くも悪くも背景を持たないイサマルは、その破天荒さで「闇」の決闘者デュエリスト勢力の思惑を狂わせていく……という筋書きらしい。



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「……ふぅん。女遊び、ね」


「ウルカちゃん、どうかした?」


「なんでもないわ。続けてちょうだい」

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三人目の攻略対象はジェラルド・ランドスター。


ルート名は『Ewige Wiederkunft Walhalla』

テーマは「未来を打ち壊す」――


ジェラルドは三大大国の一つであるムーメルティアの出身で、主人公であるユーアを引き取ったランドスター家の長男――つまり、ユーアの義理の兄にあたる。ゼノンの予言によって戦う宿命を与えられたユーアにジェラルドが寄りそっているうちに、二人はいつしか兄妹を超えた関係に……。


パートナーであるジェラルドが生まれつきスピリットを扱うことができないことから、攻略難易度は全ルートでも最難関を誇る。



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「ジェラルドってユーアちゃんの攻略対象だったのね。仲のいい兄妹としか思ってなかったけど……言われてみれば、お似合いよねぇ。でも、いいのかしら?」


「いいって、何が?」


「お兄さんが攻略対象、って。

 ……ちょっとインモラルじゃない?」


「兄妹、言うても義理やからね。血が繋がってなければ、特にうるさいことは言われへんよ。ウチが以前に遊んだゲームでは、主人公の攻略対象として血の繋がった12人のお兄さんがおったんやけど……」


「じゅ、12人ですって!?」


一体、どんな大家族なんだ。


「うん。でも個別ルートに入ると、いきなり『実は血が繋がってなかった』ことになってなぁ。身もふたもないというか、大人の事情を感じる一幕やったわ」


「なんだか……ゲームを作るって、大変なのね」


これで、攻略対象は三人か。


「で、他は?」


「……えっ?」


「他にも攻略対象キャラクターがいるんでしょ」


すると、イサマルくんは目を逸らした。



「…………これで、全部」



――え?


「全部……?

 でも、たった三人しかいないわよ……?」


私は乙女ゲームには詳しくないのだけれど。

こういうのって、普通はもっといるものでは?


「私がゲームを始める前に、色々言ってたじゃない。海外に留学してた幼馴染が二学期になると帰ってくるとか、「闇」の決闘者デュエリストにも味方になって攻略対象に入るキャラがいるとか……そうだわ、マロー先生も攻略対象なんでしょ!?」


私はしのぶちゃんのトークをしっかりと覚えてる。

特にマロー先生については「へぇー、学校の先生も攻略対象なんだ」と印象深かったし。


イサマルくんは「う、うーん……」と頭を抱えた。


「たぶん……それ、全部、2に向けた構想の話と……「こうなればいいな」っていう、ウチの願望が混じったトークやね」


それって――


「オタク、公式設定と妄想・考察が混じりがち問題じゃない!」


「マロー先生もなぁ……本来は攻略対象の予定で、イラストレーターの赤木先生にもイベントスチルを描いてもらって、何枚かは公式サイトにアップロードしてたんやけどね……設定メモの一部、ゼノンの予言あたりの話はアスマくんルートに流用できたから、無駄にはならなかったんやけどね……」


「それって……マロー先生の攻略ルートを削除したってこと?」


「あぁ、今でも思い出してまう……ユーザーが怒りに燃えた発売日のことを!」


イサマルくんは寒気を感じるように腕を抱いた。


「事前にサイレントで公式サイトを更新して、公開してたイベントスチルの削除、ファイル容量表記の変更とかしてたけど、SNSや匿名掲示板ではとっくにバレてたしぃ……!それでもネームバリューと初回特典につられて購入したプレイヤーたち……あぁ、唯一の救いはネット民によるKOTS(クソゲー・オブ・大賞)が休止してたことぐらいやーっ!」


ク、クソゲーですって……?


「ちょっと待って……私、しのぶちゃんにあれだけ薦められたから遊ぼうとしたのよ……?聞いてる分には面白そうだったし……私に、クソゲーを薦めたの!?」


「名作になるはずだったんやっ!完成してれば……完成してさえいればっ!」


イサマルくんは無念そうに拳を振り回した。


「赤木りゅう先生による美麗なイラスト!霊岸島こころの味が前面に出た濃いキャラクター造形と中二感あふれる燃える設定、魅力的な世界観!TCG部分は日本有数のクリエイター集団であるアナログゲームの老舗・アストリアの江利燐太郎がデザインを担当して、それ単体でも販売できるほどのクオリティに!……なるはず、だったんやぁ(泣)」


「……でも、ならなかったのね?」


「TCG部分については……さすがはプロのデザイン、本格TCGの名に恥じない出来やったよ……でも、膨大なカードプールと複雑なルール処理をCPUに理解させるのが難しくて、長考が連発……1回の決闘デュエルに平気で1時間ぐらいかかるし……しゃあないから一定時間以上の思考が入ったら強制的に打ち切るようにプログラムを設定するしかなくて、そしたら今度はCPUが弱くてヌルゲーになったから……バランス調整のために、主人公であるユーアちゃんのデッキ構築に制約をかけるしかなかった」


「制約って?」


や」


――生得属性。


この世界では決闘者デュエリストは生まれもった属性によってデッキ構築に使用できるスピリットに制約がかかる。

たとえば私、ウルカ・メサイアの場合は地と風の二元体質だ。


生得属性に合わないデッキを選択した場合、高位のスピリットとなると言うことを聞かなかったり、一部のサポート用スペルが発動しなかったりする。


「ユーアちゃんの生得属性は光だから、光のスピリットしか使うことができない……あれって、ゲームの難易度調整のための仕様だったの?」


「プレイヤーに自由にデッキを組ませたら攻略が簡単になるやろ。簡単にクリアされたら、くやしいやんか。代わりに個別ルートに入ったら絆を育んだ攻略対象の生得属性も引き継ぐ――「生得属性の拡張」という設定を追加した」


「生得属性の拡張」――

そういえば、気になってたことがあった。


ユーアちゃんとエルちゃんの決闘デュエル――「壺中天」の戦いを挑まれたとき、ユーアちゃんは苦肉の策として私のデッキを使用していたのだ。


「本来はユーアちゃんの生得属性じゃない、風と地のエレメントで組まれた私のデッキを、ユーアちゃんは完璧に使いこなしていたわ。あれが「生得属性の拡張」だったのね」


でも、ちょっと待って。

攻略対象はアスマ、イサマルくん、ジェラルドの三人。


アスマの生得属性は火の一元体質。

イサマルくんは、たぶん風と火の二元体質。


ジェラルドはスピリットを使えないらしいから――おそらくは無元体質。アルトハイネスではごく稀にしか存在しないけど、精霊魔法が根付いていないムーメルティアの出身ならありえないって程ではない。


それらをユーアちゃんが引き継げるとなると……。


「攻略対象の中に使い手が存在しない、

 水と地のカードはどうなるの?」


「どうって、使えへんよ?」


「いや、そ、そんな……」


「クレームは殺到……残念やけど当然。仕方なく発売してから急ピッチでパッチを作って、全てのカードが自由に使えるフリー対戦モードを追加したんやけどね」


「でも、ストーリーでは使えないままなのよね?」


「本当は……水や地の属性を担当する使い手のルートも入れるはずだったんや。せやけど、入れられなかった……納期が、納期が悪い」


正直なところ、話を聞いてる分には……

クソゲーと呼ぶしかないわね!


「霊岸島先生っていう人、遅筆で有名って言ってたけれど。そのために納期が押せ押せになって、未完成版を販売することになったのかしら?」


「せやで。とはいっても、あの人は遅筆ではあるけど、これまでは何とか発売までに形にはしてきたんや……」


ここまで話したところで、

イサマルくんは「あっ」と手を叩いた。


「よく考えたら……この世界では社外秘もクソもないんか。機密保持規約も時効や――数千年前に。ほな、ウルカちゃんに言ってもええんやな」




そう言って、イサマルくんは語りだす。


『デュエル・マニアクス』が名作になり損ねた、

その根本的な原因について……




「実は、シナリオライターの霊岸島こころは――

 失踪しとるんよ。連絡も無しに突然の蒸発。

 

 ――完全な行方不明、やね」

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