断章5

プレジデント罪園

薄暗い部屋の中。

桃色の髪をした幼い容姿の少年――イサマルは、ごくり、と唾を呑み込んだ。


目の前には巨大なホログラムが投影されている。

ホログラムに映っているのは人形のように整った美貌の女性だった。


年の頃は20代半ばから30代の前半といったところだろうか。

己の運命力を高めるための流儀スタイルとして、中世時代の服装をまとっているアルトハイネス人たちとは異なり、その女性は現代風のスーツを着こなしている。


腰まで届くほどに伸びた美しい銀髪。

宝石の輝きを宿したサファイヤの瞳。


病的に見えるほどに細く締まったくびれとは裏腹に、出るところの出たふくらみを擁する体型を、タイトなサイズの女性用スーツがぴっちりと包み込んでいた。


――プレジデント罪園ザイオン


アルトハイネス王国の隣国であるムーメルティア共和国において、国の主要事業である魔道具の生産――そのトップシェアを誇るメーカー『ザイオン』の最高指導者。


女性は作り物じみた磁器人形ビスクドールの無表情を変えないまま、おごそかに詰問を始めた。


「ミス・玉緒。二つあります、弊社の疑問は」


ミス・玉緒――プレジデントは、イサマルをそう呼んだ。

空中には一つのリストが浮かび上がる。


天井桟敷の神官テクノ・プリースト」であるイサマルが送り込まれた「学園」――王立決闘術学院アカデミーの頂点に立つ10人の決闘者デュエリストの名が、投影されたリストに記されていた。


これは「反円卓の騎士リバース・ラウンズ」の序列一覧表だ。



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序列第一位「覇竜公」

アスマ・ディ・レオンヒート


序列第二位「無銘の剣」

ジェラルド・ランドスター


序列第三位「シャドウメーカー」

カザロフ・ヴァロン


序列第四位「四重奏者カルテット・ワン

エル・ドメイン・ドリアード


序列第五位「TトライアンフfフォーMマイMマジックSスティール

”スライ・ザ・マジシャン”

(本名:ポール・マナ・マハード)


序列第六位「寄生女王」

ウルカ・メサイア


序列第七位「忘却の風アムネジア

ウィンド・グレイス・ドリアード


序列第八位「三日天下」

イサマル・キザン


序列第九位「コズミック・ジョーカー」

ドネイト・ミュステリオン


序列第十位『光の巫女』

ユーア・ランドスター

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プレジデントは宙に浮かんだ一覧表を見て、指でスクロールさせる。


「まず第一の疑問です。なぜ、『ラウンズ』に入っているのですか……ユーア・ランドスターが?」


「そ、それは……この前の昇格戦で、ユーアちゃんが勝っちゃったんですわぁ!ウチのエルちゃんも頑張ったんやけど、相手はなにせ『デュエル・マニアクス』の主人公さかい……」


プレジデントは冷たい目で「そもそも」と遮った。


「一学期時点での昇格戦。イレギュラーですよね、この時点で。弊社の記憶が確かならば――無いはずでした、このような記述は」


プレジデントは、ホログラムの通信越しに一冊の本を取り出した。

イサマル――玉緒しのぶは、記憶を探る。


「(『デュエル・マニアクス』名鑑。乙女ゲーム『デュエル・マニアクス』の全シナリオが記載された、ファン必携の資料集――!)」


元の世界では、しのぶは保存用と閲覧用に二冊確保していた。


――こっちの世界に、どうやってあの本を持ち込んだんだろう?


ふと、しのぶの脳裏に疑念が浮かぶ。

だがそれを尋ねる前に、プレジデントの周囲にいくつもの石板が現れた。


黒い石板には、各々のコード・ナンバーが赤い文字で記されている。

彼らはイサマルやプレジデントのように、異世界からログインしている「天井桟敷の神官テクノ・プリースト」ではない。


会議に参加することを許された、この世界の人間――『ザイオン』の重役たちだ。


黒い石板から、口々に老人たちの声が飛んだ。


「『デュエル・マニアクス名鑑』に修正が必要だ……」

「早急にイサマル・ルートに突入せねばなるまい」

「他の候補者は聖決闘会カテドラルの戦力を持って排除せよ」

「警戒すべきは、やはりジェラルドか」

「義理の兄は強い。すでに関係性が出来ている」

「幼馴染である、あやつと同様にな」

「あやつが参戦する前に、先手を打つとするか」

聖決闘会カテドラルはイベントを立案できるだろう?」

「左様」

共導者デュナミストとなり、巫女を制御下に置くのだ」

「サスペンション・ブリッジ・エフェクトを提案する」

「なんだ、それは?」

「……恐怖による支配だよ」

「テロールか。なるほど、効率的ではある」

「賛成の者は唱和せよ」

「賛成」「賛成」「賛成」「賛成」「賛成」

「全会一致を確認。了承していただきたい」


重役たちの意見がまとまると、プレジデントは告げた。


「許可します、サスペンション・ブリッジ・エフェクトの使用を。流用しましょう、弊社が書き下ろした例のシナリオを。『デュエル・マニアクス名鑑』に記された没シナリオをベースにしたプランです。ミス・玉緒?」


「は、はいぃっ!」


「オペレーション『どきどき♪肝試し大会』を発令します。確認してください、弊社がデータを送っておきますので」


「肝試し……ですかぁ!?ああいうのって、真夏に……それこそ夏休みにでもやった方がええと思うんですが……!」


「大丈夫でしょう、もう7月になったのですから。クソ暑いです、はっきり言って。弊社は付けっ放しにしていますよ、自宅では冷媒魔道具クーラーを」


「それは……勝手にしたらええかと……」


――この人、一人称が「弊社」なのってどうにかならないかなぁ。

なんだか、何言ってるのか話が頭に入ってこないんだよね……。


イサマルが余計なことを考えていると、それを目ざとく察知したのか――。


「ユーア・ランドスターの件とは別に。弊社には、もう一つだけ疑問があります」と、きつい眼差しでイサマルに問いかけた。


「なんでしょうか……?」


「ミス・玉緒。あなたの二つ名です」



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序列第八位「三日天下」

イサマル・キザン

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「弊社の記憶が正しければ。以前は「三国伝来白面九尾」でしたね、あなたの二つ名は。どういう意味ですか……この「三日天下」というのは?」


「そ、それはッ!」


……まずい。

「三日天下」という二つ名は、当然ながら汚名だ。


一時は『学園最強』の序列一位にまで登りつめたけど……その後はお察しのとおり。


ドネイトくん謹製の【百人一首の謎】デッキは、敗北したことであっさり『ラウンズ』の面々には対策されて……そもそも、カードゲームなんて得意じゃないし。


今では序列第八位にまで降格。

文字通りの「三日天下」だ。


――結局、あの報道部の姉ちゃんに「もう『殺生石』のカードも無いのだから狐じゃありませーン!」と言われて変えられたんだよね……。


イサマルは必死に頭を回転させて、言い訳をひねり出した。


「ええですか、プレジデント。「三日天下」ってのはですね。ウチのログイン先になったイサマルくんが、生まれて初めて『スピリット・キャスターズ』を握ってから、わずか三日で地元大会で全勝した――っていう逸話から来てるんですわ!三日で成った天才児や、ってことで!」


――そんなエピソード、無いけどな!


プレジデントは氷のように固まったままの無表情で目を閉じた。


「……そういうことなのですか。でも、ここに来て、いまさら昔の話を?」


「これが一番、響きがええってことですわ。へへへ。これからは「三日天下」のイサマルと呼んでください!」


「了承しました。ところで「三日天下」のイサマル」


「あ、ほんまに呼ぶんですね」


「……あなたの方では?弊社に、そう呼べと言ったのは」


「それはそうですけど」


「あなたから、弊社に何か報告することはありませんか?」


報告――というよりも。

イサマルには、ここでいくつかぶつけておきたい疑問があった。


まずは一つ目。


「……あの。ウチやプレジデントの他にもう一人いるっちゅう、「天井桟敷の神官テクノ・プリースト」とは――そろそろ、会ったりできませんか?ほら、ユーアちゃん攻略を本格的にするとなったら……連携も必要になりますし」


「不要です。今のところありません、彼を「学園」に投入する予定は」


「そないでっか……」


なら、もう一つ。


「あと、そのぉ……そろそろ、一旦、ログアウトすることはできませんか?ほら、ウチってペットを友達に預けてるから……そろそろ、様子を見に戻りたいなー、なんて」


もちろん、出まかせである。

すると――プレジデントの固く引き締まった表情筋が、ピクリ、と動くのを見た。


「許可できません。説明したはずです――この世界と我々の世界では、時間の流れが異なると。ベータ版の『デュエル・マニアクス』内で一年が経過したとしても、外の世界で経過する時間はわずかに数時間です。ペットの心配は不要です」


「そ、そうでしたわ!へへへ、うっかりしてしました。

 まるで……「」みたいですね?」


「胡蝶の夢?」


「ほら、中国の昔話にありましたやろ?長い長い一生を過ごしたと思ったら、それは粥が煮えるまでのわずかな時間のあいだに見た夢だった……ってやつ!」


プレジデントはわずかに沈黙し――頷いた。


「思い出しました。夢と現実では流れる時間が異なる――そういった故事でしたね。たしかに似ているかもしれません。ベータ版『デュエル・マニアクス』の世界と、我々の世界の関係に」


――よし。確認したいことは確認できた。


「ほな、『どきどき♪肝試し大会』についてはプランを練って、また報告しますわ」


「了承しました。頼みましたよ、「三日天下」のイサマル」


「いや、ミス・玉緒とかでええですって……」


ホログラムの通信を切る。

薄暗い部屋に一人――。


イサマルは先ほどまでの会議の様相を思い返した。

立ち並ぶ黒い石板に、深刻ぶった老人たちの喧騒。


「……あれはちょっと、エヴァの影響受けすぎやね」


聖決闘会室のカーテンを開けると、外から明るい陽の光が差し込んだ。



「うわっ!まぶしいまぶしい!」

「姉さん。大丈夫?」



ちょうどソファーの下に隠れていたエルとウィンドが這い出てきた。

ロッカーの扉が開いて、中から長身を小さくして収まっていたドネイトも現れる。


イサマルは「へへへ、窮屈な思いさせてごめんね!」と扇子を広げて笑った。


ドネイトは「なるほど……」と呟く。


「話には、聞いていましたが。プレジデント罪園……たしかにウルカ嬢のエース・スピリットである……ザイオンXに、似ていました」


「うんうん。それとザイオンX、ユーユーとの決闘デュエルのときには、決闘デュエルの外でもメイドさんになって”おうえん”してたよねっ!?」


「ただ……」と、ドネイトは透き通る瞳で観察する。


「瞳の色や髪の色、全体的な容姿の雰囲気は似ていますが……瓜二つ、というほどではなかった……です。血縁者の可能性……それに、年の頃も。ザイオンXよりも、一回りは……年上に見えました」


「そうやね。おっぱいもお尻もデカかったしなぁ」


「ッッ!?」


「え、ドネイトくん見てなかったの?」


「み、見てましたがっ……!いや、そういう見ているではなく……!小生は、あくまで……推理に必要な、観察として、です……!」


イサマルはニイッと笑い、扇子を閉じて「ちょんちょん」とドネイトをつついた。


「へへへ、ドネイトくんも男の子やねぇ。別に、そういうのは思春期ではよくあること、なんやから……無理して隠さんでもええのに」


エルが「えぇー。ドネドネって……おっぱい星人なんだ」と言うと、ウィンドは「ライバルが減ったようだね。チャンスだよ、姉さん」と返した。


――ん、ライバル?何の話?


ドネイトは「お、お待ちください……!」と手を振った。


「しのぶ嬢、誤解なきように……!小生は、女性の……胸部の大きさなどに、興味はありません!むしろ……!」


「むしろ?」


「い、いえ。それよりも……プレジデント罪園が存在を秘匿している……三人目の「天井桟敷の神官テクノ・プリースト」。しのぶ嬢は、それを……ウルカ嬢にログインしている、真由嬢だと考えていたのですね?」


「少し前までは、ね。だけど、あんまりしっくりこないというか……そもそも」


イサマルはドネイトと目で語り合う。


――ベータ版の『デュエル・マニアクス』とか、ログインだとか……そういう話自体が……どうも、うさん臭い。


ドネイトは尋ねた。


「プレジデント罪園――彼女にログインしているという人物の、しのぶ嬢の世界におけるプロフィールを……もう一度、確認させて……いただけ、ますか?」


「ええで。ここらで再確認しとこか」


イサマルは決闘礼装を操作して、自身で編集した備忘録を共有した。



シァン・クーファン。64歳。女性。

出身は中国の雲南省。

十英工程学院(現:十英大学)を卒業後、

人民解放軍に所属。

後のハイテク兵器時代を予見した貢献から、

「テクノ部隊の母」と呼ばれる。

軍を退いてからはインドに渡り「KAYO」を創業。

ゲノム編集研究のパイオニアとして業界をけん引した。

関連事業の売却後はザイオンテックに入社。

現在は極東エリア統括マネージャー兼、

ザイオンテック・ジャパンのCEOを務める。



「元の世界でうちが務めてた会社――罪園CPは、ザイオンテック・ジャパンの子会社だからね。まー、うちにとっては雲の上の、そのまた上の人だよ」


実際に向こうの世界で会ったのは、一度だけ。

今でも忘れることがない。


あれは――まさに、生きた「妖怪」だった。


プロフィールを眺めていたエルが「あれあれ?」と飛び跳ねる。


「”ちゅうごく”って、ボクがユーユーとの決闘デュエルで使った「壺中天」の話がある国だよねっ。さっき話してた「胡蝶の夢」の話もそうなの?」


「せやで。「胡蝶の夢」っちゅうんは中国の有名な昔話でなぁ。夢の中で自分が虫になる話やさかい、真由ちゃん好みの話かもしれんわ」


「……虫虫?でもでも、さっきの話だと、かいちょーはそんなこと言ってなかったよね?」


「あれは、夢は夢でも「胡蝶の夢」やなくて「」や。邯鄲かんたん、っていう場所でひと眠りした男が、一生分ものの長さの夢を、粥が煮えるまでのわずかな時間に夢見た――っちゅう、これまた有名な話やね」


ウィンドが会話に入ってきた。


「……一つ、賢くなったよ。会長はカマをかけていたんだね」


「ウィウィ、どういうこと?おしえて、おしえて!」


「私が話すよりも、ドネイト先輩が適任かな。先輩、お願い」


「……心得ました」


前髪に隠れていた水晶の瞳を見せて、ドネイトは探偵モードに移行する。


「中国の出身であるシァン・クーファン――プレジデント罪園は、本来ならば会長が「胡蝶の夢」と言いながら「邯鄲の夢」の話をしたならば、誤りを指摘することができたはずでした。それなのに、プレジデント罪園は誤りを指摘するどころか、間違った話であることに気づかずに受け入れた様子。

 これはすなわち――プレジデント罪園とシァン・クーファンが、同一人物ではない可能性を示しているということです。ですね、会長?」


「さすがドネイトくん!そうや――あの、ちょっと抜けとる姉ちゃんと、うちが知っとる妖怪ババァとの印象が……どうにも重ならなかったんでな」


こうなれば、動き出すのは早い方がいい。

かねてからの作戦を実行するときが来た。


「よし。聖決闘会カテドラル主催の大仕事やっ!特にウィンドくんには、気張ってもらうで~」


「……私が?」


「ほら、この前の乱入ペナルティで旧校舎の掃除することになってたやろ?それにプレジデントの提案したプラン……これは、渡りに船やで」


プレジデント罪園のプランを迷彩に使う。

これなら、もしも「学園」内に『ザイオン』の息のかかった人物が潜んでいたとしても、怪しまれずに動けるはず!



――鍵を握るのは、ミルストンくんの遺した置き土産。


イサマルは扇子を開いて、一堂に宣言する。




「『どきどき♪肝試し大会』作戦の、始まりやっ!」




<断章5『プレジデント罪園』 了>

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