双児館の決闘! 光の巫女、壺中の天地にて斯く戦えり(FOR NINE)

ムーメルティアの神話曰く――かつて、世界は九つに分かれていた。

神々の黄昏ラグナロクによって、先史文明が終わりを告げる前の形。


人間の世界である「ミッドガルド」。


巨人が住まう「ヨトゥンヘイム」と小人たちの「ニザヴェッリル」。

灼熱の「ムスッペルヘイム」と極寒の「ニヴルヘイム」。


「アース神族界ガルド」と「ヴァナ神族国ランド」。


天上界の妖精國「アールヴヘイム」――。

奈落の底の「スヴァルト・アールヴヘイム」。


九つを称して「九界大樹ノインヴェルト」。

そう、九とは世界の全てを示す数字なのだ。


――今、私の目の前に出現した巨大な絵画に記されているように。


「九つの「RINFONE」カードが結合した天に浮かぶ巨大な「門」……!」



先攻:「壺中天」のエル

【シールド破壊状態】

アルターピースサークル:

九連祭壇画ノナプティック・ナインスゲート・完聖善門体「FOR NINE」》

BP9999



究極のパズルの正体……それは立体図形ではない。

その正体は、九枚のカードを並び替えて組みあがる平面のスライドパズル!


「これが、本当の「RINFONE」最終形態なんですね……っ!」


エルちゃんは「にひひ」と歯を見せてニッコリと笑った。


続けて、エルちゃんは制服のネクタイをゆるめる。

制服の襟元に指を引っかけて、なまめかしい肌色の首元があらわとなった。


すると――少女の首筋に「門」を象った刻印が浮かび上がる!

私は思わず息を呑んだ。


「それは……一体なんですか!?」


変形時発動効果トランスフォーム・エフェクト――。

 第九形態を変形させたプレイヤーは『彼方GATE』のをゲットできるんだよ!」


……。以前に、お兄様に聞いたことがあります!」


お兄様が言っていた。

表徴とは……カード効果によってプレイヤー自身が得る能力のことだ。


通常のカード効果とは違い、その効果はゲーム終了時まで続き――いかなるカード効果であっても表徴の効果を無効にすることはできない!


エルちゃんは「この表徴の効果はね――」とささやいた。


第九形態――天門の福音がもたらした必殺の効果。


「(果たして、どんな効果なんでしょう……!?)」


決して聞き逃すまいと、私は必死に意識を集中した。

エルちゃんは告げる。


「教えてあげるね。ボクは……このターンの終了時にゲームに勝利できるんだよ♪」


「なっ……!?」


「大事な効果だから、もう一度だけ、教えてあげる♪ボクはターン終了時にゲームに勝利できる、ターン終了時にゲームに勝利できる!」


「なっ……なんですか、その効果はーっ!?」


あまりにも、あんまりなその効果に――思わず絶叫してしまった。



☆☆☆



「ゲームに勝利するカード効果……エクストラウィンか!」


修行場の二階でジェラルドが指を鳴らした。

アスマも固唾をもって見守っている。


ウルカは「エクストラウィン……可能性としては考えていたわ」と呟いた。


「『スピリット・キャスターズ』の勝利条件は、相手のライフコアを砕くことや、相手のデッキを0枚にしてカードをドローできなくするだけじゃない。カード効果によるエクストラウィン……それがエルちゃんの指した最後の一手なのね!」


「そのとおりだ、ウルカ・メサイア。もっとも……エクストラウィンを可能とするカードには厳しい発動条件が課せられる。「RINFONE」第九形態にしても、通常の決闘デュエルではほとんど召喚不可能なスピリットだからな……」


ロマンに満ちた空想エキサイティングな話じゃないか。エル・ドメイン・ドリアードは「壺中天」の特殊ルールを最大限に活かしてこの局面にまで辿り着いた。後は……それを受けたユーアさんがどう出るかだね」


そこで立会人を務めていたジョセフィーヌが「うガーッ!」とわめき出した。


「二つも世界があるシ……勝利条件と敗北条件がゴチャゴチャしてまスし……な、なんだかわけわかりまセーん!」


困り眉を作ったジョセフィーヌはジェラルドに向かって拝むように頭を下げる。


「お義兄さン!ここは一つ、解説をお願いしまース!」


「……仕方のない奴だ」


そう言ってジェラルドは手すりに手をかけると、階下に向けて飛び降りた。


「ここ、二階よね!?」とウルカは叫ぶ。


決闘礼装の波動障壁バリアーは、本来ならば着地の衝撃から決闘者デュエリストを守る機能を持っているが――それが起動した形跡も無く。


ジェラルドは懐から「解説」と書かれた腕章を取り出して装着する。

そのままツカツカと歩くと、立会人であるジョセフィーヌの横に立った。


「お義兄さン……!」


「教えてやる。まずは今の勝利条件と敗北条件、それと兄弟についてだな」


「はイ!」


ジェラルドは学園支給の腕輪型決闘礼装を操作して、ホログラムを表示した。



・「壺中天」の特殊ルール

 現実世界と「壺中天」で同時に決闘デュエルをおこなう。

 二つの世界で同時に敗北条件を満たさないかぎり敗北しない。

 ライフコアは次のターンの開始時に再生する。


・現在の敗北条件の状況

 現実世界のユーア……ライフコア喪失により敗北。

 現実世界のエル……ライフコア喪失により敗北。


・現在の兄弟状況

 ユーア……義理の兄のジェラルド。

 エル……実の弟のウィンド。

     義理の兄のドネイト。

     義理の姉(兄?)のイサマル。


・このターンが終了した場合の敗北条件の状況

 現実世界のユーア……ライフコア喪失により敗北。

 現実世界のエル……ライフコア喪失により敗北。

 「壺中天」のユーア……エルのエクストラウィンにより敗北。


 二つの世界で敗北条件を満たしたことによりユーアの敗北となる。

※ターン終了時点ではライフコアの再生はおこなわれないことに注意!



「ふムふム」とジョセフィーヌはホログラムを眺めた。


「あ、ここは修正になりまス。ウィンドっちは公式試合に乱入したというこトで、立会人権限で退場にしましタ。なので現在の兄弟状況はこうなりまスね」



・現在の兄弟状況

 ユーア……義理の兄のジェラルド。

 エル……義理の兄のドネイト。

     義理の姉(兄?)のイサマル。



「全員、義理か。ならば、まだ逆転の余地はあるかもな」


「それよりモ……このターンが終了したラ、ユーアっちは二つの世界で同時に敗北となルと!じゃあ、ユーアっちが勝つには、このターン中に「RINFONE」最終形態を倒すしかないのでスね!?」


「……それは違う。「壺中天」のエルに勝利をもたらすのは「FOR NINE」ではなく……あくまで「FOR NINE」が刻んだ『彼方GATE』の表徴だ。もはや「FOR NINE」を倒そうとも、表徴がもたらすエルの勝利を止めることはできない……!」


「壺中天」に浮かんだ巨大な「門」の絵画――その彼方から音が響いた。


RRRRIN……RRRRIN……。

運命は、こうして扉を叩く。


ユーアがターン終了を宣言した瞬間に、天国の扉が開くのだ。


ジェラルドは腕を組み、現実世界のユーアと目線を交わした。

こちら側のユーアにできるのは「壺中天」の戦況を見守るだけ――それはジェラルドにもわかっている。


「ターン終了までに……BP9999フォー・ナインを誇る「FOR NINE」を乗り越えて、ライフコアを砕く。それしか、ユーアが勝つ方法はない……!」



☆☆☆



「いや、無理よ。無理無理。私のデッキでBP9999のスピリットなんて倒せるわけないじゃない」


ウルカは首を横にブンブンと振った。

アスマは「やれやれ」と肩をすくめる。


「ウルカのデッキを握ったのは「壺中天」のユーアさんにとって手痛いハンデとなったね。とはいえ――デッキを半分にしていた場合は、現実世界で「INFERNO」を攻略することはできなかったが……」


銀星号シルヴリントップ》のループコンボ然り、ユーアのデッキは光のスピリットをコストとして大量消費する特性がある。

1ターン目に《箱中の失楽パンドラ・ボックス》を使われたときに、デッキを半分にして「壺中天」に持ち込まず、あえてウルカのデッキを持ちこんだのは決してミスではなかった。


とはいえ――苦戦を強いられているのは確かだ。


「こうなったら、アスマもユーアちゃんのお兄さんになりなさい」


「やめておくよ。ジェラルドに殺されたくない」


「提案する。なら、本機がユーアのお姉ちゃんになるよ」


ひょっこり、と銀髪のメイド少女が現れた。


「シオンちゃん!」


「本機は3000歳。どこに出しても恥ずかしくない年上お姉さん。返り討ちにするね、あふれる姉性で」


姉性……?母性みたいなものだろうか?――と、ウルカは訝しんだ。



・現在の兄弟状況

 ユーア……義理の兄のジェラルド。

      義理の姉のシオン。

      (実の姉のウルカ)

 エル……義理の兄のドネイト。

     義理の姉(兄?)のイサマル。



奇矯な言動を繰り出すシオンに、アスマは怪訝な顔をする。


「3000歳だって……?ウルカ、こちらは?」


「この子はシオンちゃん。この前、『ダンジョン』で知り合った平民の子よ。うちでメイドとして雇うことになったの。今は身の回りの世話をしてもらってるわ。3000歳というのは……そうね、平民流ジョークよ」


ウルカがこっそりとシオンの脇腹を小突く。


「こ、肯定する。本機はぴちぴちの17歳。シオン・アル・ラーゼス。よろしくね、マスターの婚約者様」


「ラーゼス……?」


アスマの表情に、一瞬だけ疑いの色が浮かんだ。

これ以上は話題を引き延ばされたくないので、ウルカは強引に割って入った。


「それよりもっ!……BP9999の「FOR NINE」を倒すのは無理でも、エルちゃんに勝つことだったらできるかもしれないわ」


アスマは思案した。


「……なるほどな。僕から「あのカード」をねだったのは、そのためか」


「ちょっと、人聞きが悪いわね。私が《バーニング・ヴォルケーノ》を返すって言ったのに、カードをタダで返してもらうのは流儀スタイルに反するぅ~とか言って、あんたが駄々をこねるから――カードの交換トレードってことにしたんじゃないのよ」


ミルストン戦の後――ウルカはアンティとして預かっていた《バーニング・ヴォルケーノ》をアスマに返した。

そのときに交換トレードという形を取ったことで、ウルカは一枚のスペルカードを手に入れていたのだった。


シオンは無表情のまま、拳をにぎる。


「初公開になるね、ユーアの決闘デュエルで。マスターがDDD杯に向けて改良した……第二のパラサイト・ループ・コンボが」



●●●



――ウルカ様が練り上げた、第二のパラサイト・コンボ。


「(私に扱えるか、わからないけど……やってみるしかない!)」



先攻:「壺中天」のエル

【シールド破壊状態】

アルターピースサークル:

九連祭壇画ノナプティック・ナインスゲート・完聖善門体「FOR NINE」》

BP9999


後攻:「壺中天」のユーア

【シールド破壊状態】

なし



私は意を決して手札のスペルカードを切った。


「《蟲毒の客人まろうど》を発動です!このカードは手札から「タイプ:インセクト」のスピリットを墓地に送ることで、デッキからインセクト以外のタイプを持つスピリットを手札に加えることができます!」


追加コストとして手札からスピリットを捨てる――これが後の布石となる!

《蟲毒の客人まろうど》の効果が解決される前に、エルちゃんが動いた。


「にひひ、やるねやるね、ユーユー♪ウルウルのデッキのキーカード……《「神造人間ゲノム・コア」ザイオンX》のタイプは「メタ・ヒューマン」!そのカードで手札にくわえて錬成ユニゾンにつなげるつもり……なら!」


エルちゃんはスペルカードを介入インタラプトさせる。


「《魑魅魍魎の箱》!相手の墓地のスピリットカードをえらんで――えらんだカードと同じ名前のカードをデッキから抜きだして、ターン終了時まで、全部全部しまっちゃう!」


選択されたカードは《「神造人間ゲノム・コア」ザイオンX》。


無数の小鬼がうごめく箱が出現する。

そこから伸びた瘦せこけた手がデッキに伸びて、ザイオンX――シオンちゃんをゲームの外である「どこかしらにあるゾーン」へと運び去っていった。


これは錬成ユニゾンを軸にしたウルカ様のデッキへの対策メタカード。


「デッキにあった最後のザイオンXは、ターン終了時まで返ってこないということになりますね……!」


「うんうん♪でもでも、そのときにはユーユーの負けだよっ!」


――となると。


ザイオンXが抜けて1枚。

墓地コストで取り除くのが1枚。

《バタフライ・エフェクト》で1枚。

アスマ王子の「あのカード」で1枚。


その他にコンボパーツが3枚……いや、4枚だから……。


「使えるカードは37枚。


「?」


私は指を折りながら、カードの枚数を数える。

うん、大丈夫。ギリギリだけど、いけるはず。


「(あとは……このデッキの昆虫みんなが、私の言うことを聞いてくれるかどうかにかかってます……!)」


私の本来の生得属性は光。

地のエレメントと風のエレメントで構成された【ブリリアント・インセクト】デッキ――改め、【ゲノムテック・インセクト】デッキのスピリットたちが……あの過酷なコンボについてきてくれるかどうか。


ストライキが起きたら、そこでご破算だ。

ここは――スピリットたちを信じるしかない!


「私は《蟲毒の客人まろうど》の効果で――《巫蟲の呪術師》を手札に加えます!」


「《巫蟲の呪術師》……!?ザイオンXじゃないのぉ!?」


「これがウルカ様の新しい切り札です!」


呪いは巡る――このスピリットこそ、新たなパラサイト・ループのキーカード!

それだけじゃない。

私は手札から介入インタラプト扱いでスピリットを召喚する――!


「このスピリットは召喚にコストを必要とするグレーター・スピリットですが、墓地から「タイプ:インセクト」のスピリットをゲームから取り除くことで、インタラプト扱いとしてシフトアップ召喚することができます……!」


私は墓地から《金殿玉蝶ブリリアント・スワローテイル》を取り除く。

そう、この流れは――私が初めてウルカ様と決闘デュエルしたときと同じもの!


忘れもしない。この耳がはっきりと覚えている。

ウルカ様が――自らの破滅に突き立てた虫の一刺し。


そのいと美しき詠唱を――この私が忘れるはずがありません!



「高貴なる魂を運ぶ死出の担い手が告げる!

 その腹を、脚を、羽根を、はらわたを、巡る命の糧として生命の円環を回せ!


 シフトアップ召喚!《埋葬虫モス・テウトニクス》!」



墓守の外套の如き茶褐色の蛾翼が広がる。

黄泉への旅路を導く死神の眼。

死出の旅の管理人――モス・テウトニクス。


「《埋葬虫モス・テウトニクス》の召喚時発動効果サモン・エフェクト

 墓地のインセクト・スピリットをフィールドに蘇生させる――《死出虫レザーフェイス》をサイドサークルに配置です!」


これで終わりじゃない。

モス・テウトニクスの召喚はインタラプト扱いとなる――つまり、私はこのターンの召喚権をまだ残している!


「《埋葬虫モス・テウトニクス》をコストにして、連続シフトアップ召喚です!

 《巫蟲の呪術師》――このスピリットもまた召喚時発動効果サモン・エフェクトにより、墓地からBP1000以下のインセクトを蘇生することができます!」


新たに出現したのは、東洋の魔術を操る死霊術師の老婆。

生と死の円環、その理を理解し得る蟲毒の担い手だ。


高貴なる墓守を始点として、それを贄とした連続蘇生コンボ――!

コンボの終着点となるスピリットは、先ほどの《蟲毒の客人まろうど》によって手札から墓地に送ったインセクト・カードだ。


そのカードとは――。



歪み発条ツウィスト・スプリングバグ》

種別:レッサー・スピリット/コンストラクト

エレメント:地

タイプ:インセクト

BP1000



――そうだ。このカードもまた、ウルカ様との決闘デュエルで戦ったスピリット。

今は、私と共に戦う仲間だ。



☆☆☆



「《歪み発条ツウィスト・スプリングバグ》が寄生した《埋葬虫モス・テウトニクス》で、ユーアちゃんを攻撃ィ!いくわよぉー、パラサイト・アターック!」


「いやあぁぁぁ!怖いキモい嫌嫌嫌ぁ!来ないでぇぇぇぇ!」



☆☆☆



……今は、私の仲間っ!仲間ったら仲間ですっ!


これで、盤面は完成した。



先攻:「壺中天」のエル

【シールド破壊状態】

アルターピースサークル:

九連祭壇画ノナプティック・ナインスゲート・完聖善門体「FOR NINE」》

BP9999


後攻:「壺中天」のユーア

【シールド破壊状態】

メインサークル:

《巫蟲の呪術師》

BP2000

サイドサークル・デクシア:

《死出虫レザーフェイス》

BP1200

サイドサークル・アリステロス:

歪み発条ツウィスト・スプリングバグ》

BP1000



息を深く吸う。

薄い羽根を羽ばたかせる飛行虫型スピリット――《歪み発条ツウィスト・スプリングバグ》に、震える声で私は指示を下した。


「《歪み発条ツウィスト・スプリングバグ》、お願いです。……《死出虫レザーフェイス》に「寄生パラサイト」してください!」


寄生パラサイト」。

その言葉を聞いた瞬間に、修行場にいた何人かは反射的に目を逸らした。


宿主の寿命を延ばす代わりに、その体内に潜り込み行動を操る寄生昆虫ネジレバネ――その虫をモチーフとしたスピリットの凄惨な効果は、ウルカ・ユーア戦を観戦した者なら誰もが知っている大惨事だった。


歪み発条ツウィスト・スプリングバグ》はスピリットとコンストラクトの二つの特性を持つカード。

フィールドに召喚された時点ではスピリットだが、起動効果によって「タイプ:インセクト」のスピリットのBPを500アップさせるコンストラクトカードとなって装備される。


装備と言えば聞こえはいいが――実際には、スピリットの腹を裂き中に潜り込むという寄生行為そのものなのだが。


「(その恐るべき効果からウルカ様のデッキのスピリットたちからも苦情が相次ぎ、有用なカードにも関わらず冷たいご飯を食べさせられていたこのカード……!果たして、私の言うことを聞いてくれるのでしょうか……!?)」


目を閉じて、祈るように手を合わせた。

……果たして、祈りは通じたのだろうか。


私は恐る恐る目を開く。そこにあった光景は――。



☆☆☆



「……ウルカ。あのスピリットの効果って、あんなものだったか?僕の記憶が正しければ、もっとグロテスクで見てられないようエキサイティングなものだった気がするんだけど」


「ユーアちゃんも会得したのね……!私が編み出した秘技を!」


修行場の中央では――死神を象った顔が浮かび上がる《死出虫レザーフェイス》の甲皮の上に、黒色の虫が止まっていた。

まるで羽を休める木の枝かなにかのように。


とても「寄生」とは程遠い姿である。


「これこそが私が考えた秘技――名付けて「乗っただけ寄生」よ!」


「なんだよ、その「乗っただけ寄生」っていうのは!?」


きっかけはザイオンXの錬成ユニゾンパターンを試していたときのことだ。


あるスピリットと錬成ユニゾンできるか試してみたところ、錬成ユニゾンには成功したものの――その錬成ユニゾン体が「対象のスピリットの上にザイオンXが乗っただけ」というもので、果たしてこれを錬成ユニゾンと認めるか否かで大激論となってしまったのである。


ウルカとユーア、そしてシオンの友情にヒビが入りかけた「乗っただけ錬成ユニゾン」事件――最終的には和解に至り、その副産物として「これがアリなら、乗っただけで寄生と言い張ってもいけるんじゃない?」と考え出されたのが「乗っただけ寄生」なのである。


「ポイントは、デッキのスピリットたちに「乗っただけ寄生」が認めてもらえるかどうかだったわ。最初は「こんなもの寄生じゃない」と突っぱねられて、効果は使えなかったんだけど……ここではとても言えないような手練手管の数々と、最終的には拝み倒しによってようやく通ったのよ」


「君は昔からインセクト・スピリットにだけは好かれてたからな」


「本機も好きだよ、マスターのこと」


「ありがとね、シオンちゃん。アスマは覚えてなさいよ」


――ともあれ。

第二のパラサイト・ループにおける最大の関門をユーアは突破した。


「これはループコンボに入るための最低条件よ。なにせ、ユーアちゃんはこれから……40回以上もスピリットに寄生を強いる必要があるんですもの!」



●●●



……懸念点は解決できた。


「もしも、ここで残虐ショーが始まったら決闘デュエル中断も止む無しでしたが……ありがとうございます!」


私が親指を立てると、《歪み発条ツウィスト・スプリングバグ》も羽を振るわせて応えた。


エルちゃんは可愛らしく小首をかしげて、頭上にハテナマークを浮かべる。


「ユーユー、さっきからどうしたの?」


「エルちゃんは気にしないでください。最悪の場合はエルちゃんの目をふさぐ必要がありましたが……問題無しになりました!」


いよいよ――第二のパラサイト・ループの真価を発揮するとき!

私はコホン、と喉の調子を整えた。


「では、ループ証明に入ります。

 《死出虫レザーフェイス》はコンストラクト・カードを破壊することでカードをドローできます。現在の《歪み発条ツウィスト・スプリングバグ》はコンストラクト・カードとなっているので、この効果で破壊することでカードを一枚ドローできます。《歪み発条ツウィスト・スプリングバグ》はフィールドではコンストラクト・カードとなっていますが、墓地に送られた時点で効果を喪失してスピリット・カードとしても扱われるようになります。《巫蟲の呪術師》がフィールドにいる状態でBP1000以下のインセクト・スピリットがフィールドから墓地に送られると、そのたびに効果が誘発して蘇生することができるので、《歪み発条ツウィスト・スプリングバグ》を墓地からサイドサークルに再配置します。ふたたび《歪み発条ツウィスト・スプリングバグ》の効果を発動して《死出虫レザーフェイス》に装備すると、ループ開始時の状態に戻ります。

 エルちゃん、なにか妨害はありますか?」


「え……無い、けど」


「では、この動作はデッキが無くなるまで繰り返せますので、とりあえずデッキのカードは全て引ききりますね」


この動作を29回繰り返すことでデッキのカードは0枚になる。

元々の手札は0枚だったので、これで手札は29枚だ。



メインサークル:

《巫蟲の呪術師》

BP2000

サイドサークル・デクシア:

《死出虫レザーフェイス》

BP1200

サイドサークル・アリステロス:

歪み発条ツウィスト・スプリングバグ》

BP1000


↓ 「これが」


メインサークル:

《巫蟲の呪術師》

BP2000

サイドサークル・デクシア:

《死出虫レザーフェイス》with《歪み発条ツウィスト・スプリングバグ》

BP1200(+500UP!)=1700

【寄生効果で装備!】


↓ 「こうなって」


メインサークル:

《巫蟲の呪術師》

BP2000

サイドサークル・デクシア:

《死出虫レザーフェイス》

BP1200

【寄生虫カードを破壊して1枚ドロー!】


↓ 「こうです」


メインサークル:

《巫蟲の呪術師》

BP2000

サイドサークル・デクシア:

《死出虫レザーフェイス》

BP1200

サイドサークル・アリステロス:

歪み発条ツウィスト・スプリングバグ》

BP1000

【寄生虫カードは墓地から蘇生!】



エルちゃんはわなわなと震えながら、叫んだ。


「こんなの……ユーユーの決闘デュエルじゃない。ユーユーが、ウルウルみたいになってるよぉ!?」


「はい!これがウルカ様の決闘デュエルです!」


不思議だ。

本来の流儀スタイルじゃない――自身の生得属性でもないデッキの動きが、こんなにもしっくり来るなんて。


ウルカ様のデッキの動きは、何度も練習やデッキ調整に付き合っているから知り尽くしているのは確かだ。

それでも――まるで、自分のデッキみたいに手に馴染む。


インセクト・スピリットたちも私の言うことを聞いてくれる……!


それに……内心、苦手だったこの子たちが可愛らしく見えてきた。

ちょっとだけ。


でも、寄生虫だけは別ですよ?


「(なんでだろう……デッキを通して、ウルカ様と繋がってるみたい)」



☆☆☆



聖決闘会カテドラル側の応援席にて、イサマルは神妙な顔をした。


「……生得属性の拡張やね」


ウィンドとドネイトが耳を傾けた。


生得属性とは、その名のとおり生まれ持った資質である。

ごく一部の「例外」を除いて、後天的に生得属性が変化することはありえない。


だが――ここに「例外」が存在する。


「あれが『光の巫女』の力の一つ。自身が選んだ共導者デュナミスト……要するに乙女ゲームにおける「攻略対象」やな。その「攻略対象」と心を繋ぐことで、自身の生得属性をパートナーに合わせて拡張することができるってわけや」


夏休みのDDD杯前までに共通ルートが終わり、プレイヤーキャラクターであるユーア・ランドスターは「攻略対象」をパートナーとして選んで大会に挑むことになる。

『デュエル・マニアクス』における個別ルートの幕開けだ。


共通ルートでは光のエレメントのスピリットしかデッキに組み込むことができないが、個別ルート後は生得属性の拡張によってパートナーの生得属性を引き継ぎ、光以外のエレメントのスピリットも使用できるようになる。

デッキ構築が自由になる――そこからがゲームの本番と言えるわけだ。


ウィンドは顔の前に貼り付けられた「退場」という紙をめくって口を挟んだ。


「じゃあ、会長は……ユーアがすでに共導者デュナミストを選択している、と考えているんだね」


「せやで。考えてみたら、このタイミングでユーアちゃんの昇格戦が起きてること自体がおかしかったんや……!」


ドネイトは探偵モードになって語る。


「本来の『デュエル・マニアクス』では、ユーア嬢が昇格戦に挑むのは二学期のこと。夏休みのDDD杯でパートナーと絆を育み、憧れの相手に並ぶ自分となるために『ラウンズ』への道を歩む――という筋書きでしたね。

 ユーア嬢がこの段階で昇格戦に挑んでいるということは、運命の相手となる共導者デュナミストをすでに選んでいるということになります」


現在のユーアが手に入れた生得属性は――恐らくは地と風の二元体質。

ドネイトは自らの推理として、ある人物の名を口にした。


「ユーア嬢が選んだ共導者デュナミストは、ウルカ・メサイア侯爵令嬢」


「う、嘘やん……『デュエル・マニアクス』は乙女ゲーなんやで?」


なんで……どうして……。

秘めたる想いを燃やしながら、イサマルは歯を食いしばった。


「(真由ちゃんを攻略できるんなら、それじゃ百合ゲーやんけーっ!!!)」



●●●



デッキのカードは全て引ききった――それでも、まだ足りない。

私は墓地に眠るカードを確認した。


二枚の《「神造人間ゲノム・コア」ザイオンX》。

《カノン・スパイダー》。

《バタフライ・エフェクト》

《エヴォリューション・キャタピラー》。

《エマージェンシー・コクーン》。

《緊急化蛹》。

《コクーンポッド》。

《アイアン・ワームズ》。

《蟲毒の客人まろうど》。

《埋葬虫モス・テウトニクス》。


全部で11枚。

エルちゃんに勝つためには、その全てが必要だ。


だから――私は、このカードを発動する!

手札から使うのは、ウルカ様がアスマ王子から交換トレードした必殺のスペル!


「《ドラコニア玉手箱エクラン》を発動ですッ!」


「それって、それって……アスアスがミルミルとの試合で使ったカード!?」


きらびやかな宝石が彩られた玉手箱が出現する。

箱が開くと同時に、デッキと墓地の枚数がスペルの効果で入れ替わる。


0枚の山札と11枚の墓地――。

これが入れ替わり。

11枚の山札と0枚の墓地に――。


「……パラサイト・ループを再開します!」


デッキが回復したことで11枚の手札が新たに加わる。


「これで手札は39枚。フィールドにいる三体のスピリットと、墓地の《ドラコニア玉手箱エクラン》、そして除外されたザイオンXとブリリアント・スワローテイルを除くデッキの全てのカードが手札に加わりました!」



先攻:「壺中天」のエル

【ターン終了時には『彼方GATE』の表徴にて勝利!】

アルターピースサークル:

九連祭壇画ノナプティック・ナインスゲート・完聖善門体「FOR NINE」》

BP9999


後攻:「壺中天」のユーア

【デッキ0枚、手札は……39枚!】

メインサークル:

《巫蟲の呪術師》

BP2000

サイドサークル・デクシア:

《死出虫レザーフェイス》

BP1200

サイドサークル・アリステロス:

歪み発条ツウィスト・スプリングバグ》

BP1000



――決着の時は近い。

私はエルちゃんに向き合った。


「エルちゃん。一つだけ、お願いがあります」


「……なになに?」


「また、決闘デュエルしてください。私、エルちゃんとの決闘デュエルがとっても楽しかったんです。今度はアンティなんて無くてもいいですし……ランキングも、『ラウンズ』も関係ないところでの決闘デュエルで構いません」


「ユーユーのアンティって……「勝ったらお友達になって」だっけ?」


エルちゃんは「にひひ」と笑う。


「ユーユー、ずるいずるい!だって、それじゃ……勝っても負けても、ユーユーのアンティどおりになっちゃう!」


アンティなんて無いところで――。

ランキングも『ラウンズ』も関係ないところで遊ぶのなら。


たしかに。それって、お友達でしたね。


――でも。


「それなら、問題無しですッ!だって、勝つのは……私ですから!」


「ユーユー、”ごうたん”だねっ♪でもでも、いくら手札を抱えてても……打点がよわよわなインセクト・スピリットじゃあ、束になっても「FOR NINE」は倒せないよっ!」


「はいッ!そのとおり!倒せませんッ!エルちゃんの言うとおりです……!」


このデッキではBP9999を誇る超ド級スピリットに勝ち目なんて無い。

でも、エルちゃんは一つ忘れている。


デッキを握っているのが猪突猛進馬鹿ユーア・ランドスターであっても――このデッキの本来の持ち主は小細工寄生女王ウルカ・メサイアだということを……!


私はウルカ様のデッキの最後の切り札を発動した。

メタリック・ブルーのイラストに彩られたスペルカードを見せつける。


その瞬間、無数のモルフォ蝶の幻影がフィールドにあふれ出した!

エルちゃんは感嘆の声をあげた。


「これって、これって……!ウルウルのデッキのキーカード!」



介入インタラプト――《バタフライ・エフェクト》発動です!」



スペルカード《バタフライ・エフェクト》には三つの効果がある。

その全てが吹けば飛ぶような蝶翼の羽ばたき。


だけど、その羽ばたきは――大地の裏側で天地をひっくり返す嵐となる!


「私はモード②を選択します!このカード以外の手札を好きな枚数だけデッキに戻すことで、同じ枚数だけデッキからカードをドローできる……私はこれで37枚のカードをデッキに戻します!」


「手札のカードをぜんぶぜんぶ、もどしちゃうの……!?なんでなんで!?」


「いいえ、エルちゃん。


私の手札のカードは39枚。

《バタフライ・エフェクト》を除いても、一枚のカードが手札に残る!


ずわっ……と、蜃気楼のような霧が出現した。

霧は空中に溶ける鏡のように像を結ぶ。


鏡に映ったのは私――ユーアの姿。

その姿は、鏡の奥にいるはずのエルちゃんの姿に入れ替わる。


エルちゃんは、いつの間にか自分が鏡の中に取り込まれていることに気づいた。


「……もしかして、これはスペルカード!?」


「私はこのタイミングでインタラプトスペル《魔封蜃の鏡》を発動していました!」


《魔封蜃の鏡》。


自分が受けるスペルカードの効果を――。

一度だけ、相手プレイヤーに移し替える効果を持つ!


「《バタフライ・エフェクト》で37枚のカードを戻した私は、戻した数と同じ枚数である37枚のカードをドローすることになります。ですが――《魔封蜃の鏡》の効果によって、そのドローは代わりにエルちゃんがおこなうことになります!」


「37枚って……うそうそ、ボクのデッキのカードは……!」



先攻:「壺中天」のエル

【デッキ36枚】


後攻:「壺中天」のユーア

【デッキ37枚】



「エルちゃんのデッキのカード枚数は36枚。よって、デッキのカードを全て引ききった上で……これ以上のドローをできなくなったことにより、敗北条件を満たします!」


私は立会人のジョセフィーヌちゃんにウインクした。

ジョセフィーヌちゃんはあわてて決闘礼装を操作して、盤面を確認する。


「これっテ……現実世界のエルっちは、ライフコアを破壊されたことで敗北条件を満たしてテ……「壺中天」のエルっちは、デッキをこれ以上引けないことにより敗北条件を満たすかラ……!」


ことで――」


「――ボクの、負けっ!?」



これがウルカ様の考案した新生パラサイト・ループだ。


手札に引き込んだ場合には致命的な事故要因となる《魔素吸着白金パラジウム・パラサイト》ではなく、より扱いやすい《歪み発条ツウィスト・スプリングバグ》を主軸としたデッキ破壊コンボ。


キーカードとなる《巫蟲の呪術師》は非インセクト・スピリットということでザイオンXとも一部のサポートカードを共有でき、単体性能もBPが低いスピリットを多用するウルカ様の戦術と噛み合っている。


1枚ずつカードをドローさせる旧パラサイト・ループでは相手のインタラプトによる妨害を受ける可能性もあったが――新生パラサイト・ループは《ドラコニア玉手箱エクラン》を採用したことで、デッキのほとんどのカードを手札に加えた上で一撃で相手に大量ドローを強いることができるわけだ。


元から3枚積みとなっている汎用性が高い《バタフライ・エフェクト》が、コンボ成立後はそのまま引導火力となるのも無駄がない。



☆☆☆



『学園最強』の「覇竜公」――。

アスマも、目の前の光景に驚きを隠せないようだった。


「……とんでもないデッキを組んでくれたな、君は」


「うふふ。もう「初見殺しだけ」とは言わせないわよっ!」


――まさか、初披露がユーアちゃんの決闘デュエルになるとは思わなかったけど。


「旧パラサイト・ループと違って「わかっていても対応が難しい」新生パラサイト・ループ。カードをいじってたら出来ちゃったんだけど……正直、あれは強いわ!」


「出来ちゃった、って……。なぁ、ウルカ」


「ん?」


「……君は結果を出している。そろそろ、本家もウルカを無視できなくなるぞ」


「本家……」


メサイア家。

現在は執事のメルクリエだけを窓口として、事実上の絶縁状態に近い。


「(ウルカを『偽りの救世主』として切り捨てて、放任してきた本家……。ウルカの幸せを考えるのなら。やっぱり、関係を修復した方がいいわよね)」


それはさておき。そういう気が重くなることは置いておいて。

ウルカはシオンと頷き合い、アスマの手を取って――階下へ降りて行く。


「今は、ユーアちゃんにおめでとうを言わなきゃね!」



ユーア・ランドスター、昇格戦・勝利。

反円卓の騎士リバース・ラウンズ』昇格――現・序列第十位。



☆☆☆



「負け、ちゃった」


決闘デュエルを終えたボクの足は、自然と立会人――ジョセジョセの方へと向いていた。

膝を折り、頭が床につく。


「ごめん……なさい」


「エ、エルっち!?どうしたんでスか!?」


「約束だから。アンティで、ユーユーに負けたら……ボクは……」


負けた。負けちゃった。

かいちょーに……しのしのに、勝利を持って帰るつもりだったのに。


いっぱい褒めてもらえると思った。

勝たなきゃ、決闘デュエルが強くなければボクの価値なんて無いんだから。


目のあたりが熱く、生暖かくなってきた。

声が、上手く出てこない。


「ユーユーに負けたら、ひっ、ボクは……泣き、ながら……ジョセジョセに、うっ……ごめん、なさい、するって……それが、アンティ……だから」


そうか。ボクは……今、泣いているんだ。

こんな顔、誰にも見られたくないから……ボクは地面に手をつきながら、額を床にこすりつけるようにして下を向いた。


すると――ジョセジョセがボクの肩をつかんで起き上がらせた。


「やめてくださイ……!そんなこと、しなくていいでス!」


「どう、して……だって、アンティは”ぜったい”だし……ジョセジョセはアンティを守らせる立会人で……」


ボクは、ジョセジョセに、あんなにひどいことを言ったのに。


ユーユーも横にいて、ボクに向かって笑いかける。


「土下座のアンティは放棄しました。あのときは……私も熱くなりすぎてました!私、反省です!」


「ユーユー……」


「でも、エルちゃん。もう一つのアンティは有効ですよ。忘れてませんよね?」


「もう一つのアンティ……?」


あっ。

――思い出した。


ユーユーと、ジョセジョセの……友達に、なること。


「……ボクで、いいの?」


「エルちゃんがいいんです。私、お友達があまり多くないので、そこは申し訳ありませんが!ふつつか者ですが、よろしくお願いします!」


「私も、エルっちの友達になれるのは光栄でスよ!」


――ともだち。


その言葉を飲み込んだ途端に、胸がいっぱいになって……!

ボクは今度こそ、人目をはばからずに大泣きすることになってしまった。


うっ。ひっく。ううっ……!


「……ごめんなさぁーい!ジョセジョセにも、ユーユーにも、”ばりぞうごん”ばっかり言ってごめんなさい!ボク、本当はみんなとなかよくしたい……!なかよくしたいのに、なかよくなれないのがこわいから……なかよくなれないんじゃない、なかよくしないんだって……”あてこすり”とか”ひやかし”とかばかりしてた……!本当に、ごめんなさい……!」


ユーユーとジョセジョセは、優しくボクの頭を撫でてくれる。

こんな風に優しくされる資格なんて無いのに。


――誰よりも雑魚なのは、ボク自身なんだ。


決闘デュエルだけが取り得で、他は何もできなくて……その取り得すらも「学園」ではうまく伸びなくて……。


かいちょーが見つけてくれてからは、強くなれたけど……その強さだって、いつ通用しなくなるかもわからない。


一人ぼっちになるのが怖い。

また一人になるのが怖い……!


「エルちゃんっ!」


「……かいちょー?」


はぁ、はぁと息を切らして、かいちょーが応援席からやって来た。


――そうだ、ボクは負けちゃったんだ……!


「かいちょー、その……」


「この……ドアホー!」


かいちょーがボクの頭を叩こうとしたので――。

自動的に決闘礼装の波動障壁バリアーが作動する。


かいちょーの手は真っ赤に腫れあがった。


「い、痛ぁ!」


「かいちょー、だいじょうぶ?っていうか……もしかして、もしかして……泣いてる?」


「泣いとらんわ!泣いてるのはエルちゃんの方やんけ!それよりなぁ……!」


かいちょーはボクの手をつかんだ。

そこには「壺中天」での指示を書き込んだタトゥーがびっしりと記されている。


「誰が、こんなことまでして決闘デュエルに勝てって言うたんや!言うてないやろ!こんな、取り返しのつかんこと……サインペンとかでええやろ!油性やない、水性の方やで!いや、そもそも肌になんて書くなや……!女の子やろうがい!」


――取り返しがつかない?


「え。これ、シールだよ?」


「……ほんま?」


「うん」


テープを肌に貼ると、ペリペリ……と音を立てながら文字が剥がれていった。


「ほらほら。おもしろいよね、これ♪」


「……でも、ほら!髪型かて、この作戦のためにウィンドくんとお揃いのショートにしたんやろ!?せっかく可愛らしいツインテールに伸ばしてたのに!」


「元からウィッグだよ?お手入れめんどーだし」


「そうなの?」


ボクはこくりと頷いた。


「っていうか……かいちょー、そんなにボクのこと心配してたの?」


「心配……するに、決まっとるやんけ!ウチは……お姉ちゃんやぞ!」


いや、お姉ちゃんじゃないでしょ――とは、言えなかった。

目を真っ赤にしたかいちょーが、真剣な目でボクを見ていたから。


「……ウィンドくんに聞いた。ほんまはアンティ決闘デュエルが好きやないんやろ。それをやらせてたんはウチや!エルちゃんが苦しいんは、全部がウチのせいなんや!」


――それは。


「違うよ」


「……え?」


「ボクの苦しみは、かいちょーのせいなんかじゃないよ」


――かいちょーのおかげで、ボクは変われたんだから。


ボクを認めてくれた人。

強さを授けてくれた人。

ボクに居場所をくれた人。

――こんなにも、ボクを心配してくれた人。


怖かったのは……見捨てられることだった。


でも、大丈夫かも。

だって――。


ボクは力いっぱいに、かいちょーに――しのしのに、抱き着いた。


「エ、エルちゃん!?」


「にひひ。かいちょー、ボクのこと大好きじゃん♪」


ユーユーも、ジョセジョセも――ドネドネも、ウィウィも。

この場の人たちが各々の反応をしてるのが見える。


そこに、ウルウルが現れた。

ウルウルは口元に手を当てると「まぁ」とにやつく。


「へぇ……イサマルくんとエルちゃんって、そういう感じなのね」


「あっ、違うんやっ!これはエルちゃんが勝手に……」


「だまれ、だまれ♪」


「むぐ」



☆☆☆



イサマルさんとじゃれあって、すっかりエルちゃんは元気を取り戻したようだった。


ウルカ様が、私の肩に手を置く。


「おめでとう。頑張ったわね、ユーアちゃん!」


「はい……!」


置かれた手に私の手を重ねると、そこから暖かな温もりが伝わってきた。

ウルカ様の頬に、ほんのりと紅が差す。


「ユ、ユーアちゃん!?」


「……インセクト・デッキを使ってたとき。ウルカ様を感じました。私、ちょっとだけ――あのデッキの子たちのことが好きになれそうかもです」


「そう……なら、ユーアちゃんのデッキにも入れましょうか。実家に帰れば、まだ使ってないカードがいっぱいあるのよ。そうね、「タイプ:インセクト」が生成しやすい『ダンジョン』があるみたいだから、今度の休日に一緒にどうかしら?」


「あ、それは結構です」


「この流れならいけると思ったのにぃ……!」




こうして――私の昇格戦は幕を閉じた。


本来はアンティが存在しないはずの決闘デュエル

だけど、その場のノリで次から次へと上乗せレイズされていったアンティ。


……頭に血が登ったものについては破棄するとして。


最後に手元に残ったのは――とっておきの宝物プライズだった。




王立決闘術学院アカデミー公式戦札オフィシャル・カード決闘デュエル

立会人:ジョセフィーヌ・タフロイド

勝者:ユーア・ランドスター

敗者:エル・ドメイン・ドリアード

アンティ獲得:似た者同士のお友達


(備考:ウィンド・グレイス・ドリアード

    乱入ペナルティにより2000P降格。

    罰則として旧校舎の清掃一週間分)




☆☆☆



「ねぇねぇ、かいちょー」


「ん?どしたん」


「かいちょーって、髪は長い方が好き?」


「せやねぇ。言われてみたら、真由ちゃんもウルカと同じくらいの長さやったね。うん、好きかもしれへんわ」


「……くそぼけ」




Episode.6『《衒楽四重奏ストリング・プレイ》と《箱中の失楽パンドラ・ボックス》』End


Next Episode.7…『《傾国反魂香-復活の千年狐狸精-》』

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