双児館の決闘! 光の巫女、壺中の天地にて斯く戦えり(第6楽章)

六連祭壇画セクスタプティック・セレスティアル・完成全能体「INFERNO」》――。


ついに出現した究極のラスボス――その脅威の特殊効果が明らかとなる!

現実世界のエルさんは意気揚々と宣言した。


「変形!ヘンケイ!変形時発動効果トランスフォーム・エフェクト

 このスピリットが変形したとき、対戦相手のサイドサークルにいるスピリットすべてを「RINFONE」のパーツとして組み込むことができるできる♪」


その宣言どおり、サイドサークルにいた二体のスピリット――リョースアールヴと巨人兵士ウトガルドが私の決闘礼装を離れて、空中浮遊する立方体型のカード――いや、カード型スピリットに取り込まれて結合した!


六枚の正方形によって構成された立方体に、二枚の長方形のカードが翼のように接合する。

同時にカード型スピリットの質量が増大し、羽の生えた巨大な箱となった!


「これは……!?一体、何が起きているんですか!」


「教えてあげる!「INFERNO」のBPは合体したパーツ・スピリットの元々のBPの合計となるんだよ♪にひひ。どんどんつよくなるね、ユーユー?」


それって――。


《移り気なリョースアールヴ》のBPは2500。

《極光の巨人兵士ウトガルド》のBPは2500。


その合計は5000――いいや。


「パーツ・スピリットのBPの合計ってことは……まさか!?」


巨大な正方形の箱。

そこに描かれた六枚のイラストは、立体となったことで連結し、三次元上に浮かび上がった一枚の巨大な六連絵画となっていた。


箱。熊。鷹。魚。巨神。

そして――数多の人間が落とされ、もがき苦しむ艱難辛苦のインフェルノ。



《完全生命体「RINFONE」》

BP0

二連祭壇体ディプティック・デカルコマニー「Inner Of」》

BP1000

三連祭壇体トリプティック・トリニティ「No Infer」》

BP2000

四連祭壇体カドラプティック・カテドラル「Zero FIn」》

BP2500

五連祭壇体クウィンタプティック・グノーシス「Fe Iron Z」》

BP3000

六連祭壇画セクスタプティック・セレスティアル・完成全能体「INFERNO」》

BP0



すべての合計となる、そのBPは……!



先攻:エル・ドメイン・ドリアード

【シールド破壊状態】

アルターピースサークル:

六連祭壇画セクスタプティック・セレスティアル・完成全能体「INFERNO」》

BP13500【公式戦、最高BP更新】


後攻:ユーア・ランドスター

【シールド破壊状態】

メインサークル:

《栄光の先達、ワルキューレ・シグルドリーヴァ》

BP2100(+1500UP!)=3600



☆☆☆



修行場の二階で観戦していたアスマは、思わず叫んだ。


「BP13500だって!?馬鹿な、公式戦最高記録じゃないかっ!」


ジェラルドも身を乗り出す。すると――。


「あっ!アスマ、それにジェラルドもっ!」


「うげっ、ウルカに見つかった」


階下のウルカが、二階にいたアスマとジェラルドを指す。


「ちょっと待ってなさいよ、すぐにそっちに行くから!」


走り出すウルカを見ながら、アスマは肩をすくめる。


「……すまないね、ジェラルド。せっかく隠れていた君の努力が水の泡だな」


「構わん。それよりも……BP13500とはな。いかにBP上昇能力に長けたユーアのランドグリーズであっても、あそこまで馬鹿げた数値のスピリットを倒すのは難しい。仮にあのスピリットをランドグリーズの効果で倒すとしたら――」



BP13500 - BP2000 = BP11500


BP11500 ÷ (1枚あたりの上昇BP)500 = 23(枚)



「――相打ちでも23枚。上回るとしたなら、24枚のスピリットを墓地から除外しなければ、戦闘破壊は不可能だ……!」


「それって……ほとんど不可能な枚数じゃないか?」


「理論上は不可能ではないが……ユーアのデッキに入っているスピリットの枚数は33……いや、今は32枚か。そのうち、11枚がすでに除外されている――墓地を肥やすためには、除外されたスピリットを戻すカードを使わなければ枚数が足りん。

 現在のユーアの墓地のスピリットの枚数はわずかに1枚だしな」


「《戦慄のワルキューレ騎士ナイト、ランドグリーズ》自身だね」


ジェラルドは頷いた。


「すでに敗色は濃厚……。加えて、公式戦で「RINFONE」の変形が確認されたのはウィンド・グレイス・ドリアードが使用した第五形態「Fe Iron Z」まで。第六形態「INFERNO」のカードテキストは不明だが……あれで終わりではないはず」


「公式戦で使用歴がないカードは、テキストを確認できない。

 とはいえ……厄介エキサイティングな特殊効果がまだ控えているのは、僕にも予想できるよ」


この「学園」の頂点に立つ第一位と第二位――。

二人の男にとっても、ユーアの勝利を想像するのは困難となっていた。



〇〇〇



いかにBPが3600まで上昇したシグルドリーヴァであっても、BP13500の「INFERNO」に対抗する手段は無い。


「……私は、ターンエンドです!」


「にひひ。それなら――ボクたちのターン!」


エルさんはカードをドローする。


彼女の決闘礼装は変形し、メインサークルは「RINFONE」専用のアルターピースサークルとなっていた。

そのため、新たに他のスピリットを召喚したり、コンストラクトを使うことはできない。


エルさんは何もせずにバトルへと移行する。


当然の話だ。

エルさんには小細工無しで、正面から相手を打ち倒すだけの力がある――。


エルさんは「INFERNO」でメインサークルへの攻撃を敢行した。


「”しょうめんとっぱ”は、ユーユーだけの”おいえげい”じゃないよっ!」


「くっ……シグルドリーヴァ!」


迫りくる「INFRNO」の攻撃――羽の生えた立方体の体当たりを受けた。

栄光の戦乙女は粉みじんとなって砕け散る――さらに「INFRNO」の地獄は終わらない!


「そんなっ!シグルドリーヴァが「INFERNO」の一部に……!?」


「食べちゃえ、「INFRNO」っ!」


《栄光の先達、ワルキューレ・シグルドリーヴァ》のカードが、私の決闘礼装を離れて「INFRNO」に取り込まれていく。


これが「INFRNO」の更なる効果。

戦闘で破壊したスピリットを取り込み、自身のパーツ・スピリットにできる!


羽の生えた立方体の頭頂部に、まるで船の船首に取り付けられた女神像―フィギュア・ヘッドの如く、神々しき戦乙女の美麗なイラストがあつらえられたカードが突き出した。

新たなパーツスピリットを得たことで「INFERNO」のBPは2100上昇する!


吸収した魔力に比例して、質量を増大させていく巨大カードの立方体。


「これが、エルさんの言っていた「完全なる地獄」の正体。「INFRNO」のBPは、戦えば戦うほどに強くなっていく一方ということですか……!」


「ユーユー、理解がはやくて、すごいすごい!褒めてあげるね。これでわかったでしょ……完成した「INFERNO」には、誰も勝てないんだって!」


「INFERNO」の攻撃は、プレイヤーである私にも牙を剥く。

シグルドリーヴァの敗北は、ライフコアへのダメージとなった。


「きゃあああっっ!」


すでにシールドも無く、露出したライフコアも戦闘の余波を受けて砕け散る。



先攻:エル・ドメイン・ドリアード

【シールド破壊状態】

アルターピースサークル:

六連祭壇画セクスタプティック・セレスティアル・完成全能体「INFERNO」》

BP15600【公式戦、最高BP更新中!】


後攻:ユーア・ランドスター

【ライフコア破壊状態――ゲーム継続!】

メインサークル:

なし



こちらの世界の私は、打つ手を持たず。

勝敗の行方は「壺中天」の盤面へと託された――。



●●●



「壺中天」のエルさんのライフコアは再生し――新たなターンが開始した。


「私のターン、ドロー」


前のターンにエルさんが発動した《双子連動消去》の効果によって、私の目の前にいるエルさんの盤面――フィールド、デッキ、手札、墓地、どこかしらにあるゾーンの全ては現実世界のエルさんのものと入れ替わっている。


つまり、ここから「壺中天」のエルさんが取る戦術は……!


「現実世界のエルさんと同じ「衒楽四重奏ストリング・プレイ」戦術……!」


「こちらの私も四元体質アリストテレスであることには変わらない。一つ、賢くなったようだね。自身の生得属性とは異なる、不慣れなインセクトデッキで……果たして、君はどこまで抗うことができるだろうか?」



先攻:「壺中天」のエル

【シールド破壊状態】

メインサークル:

《「衒楽四重奏ストリング・プレイ」生まれる命の讃来歌オラトリオ

BP1000


後攻:「壺中天」のユーア

【シールド破壊状態】

メインサークル:

《金殿玉蝶ブリリアント・スワローテイル》with《コクーンポッド》

BP3000(+500UP!)=3500



エルさんは新たな「衒楽四重奏ストリング・プレイ」を手札から呼び出す。


「《「衒楽四重奏ストリング・プレイ」海のしずくの小夜曲セレナード》を召喚。このスピリットの【シンフォニカ】によって、自分フィールドに存在しない属性のレッサー・スピリットを墓地から呼び出すことができる。

 再演せよ――嵐の夜の追奏曲カノン!」


穏やかな色合いの寒色系のドレスに身を包んだ少女楽士が、翡翠の演目を再演させる。

嵐の夜の追奏曲カノン――【シンフォニカ】によって二枚のドローを可能とする、強力な展開要員となるデッキの潤滑油だ。


弦楽器型に変形した決闘礼装から、エルさんはカードをドローする。

これで、エルさんの手札は四枚……!


「私は手札からスペルカード《鐘鳴器カリルロン讃詠歌アンセム》を発動する」


鐘鳴器カリルロン讃詠歌アンセム》……!

そのカードは事前にお兄様の宿題で予習済みの内容だ。


「フィールドに三種の属性が存在するときにのみ発動可能なスペル――フィールドのスピリットをコストにすることで、コストにしたスピリットと同じ属性のスピリットを、デッキまたは墓地から効果を無効にして配置できるカードですね。ただし、この効果では一つの属性につき、最大で一回ずつまでしか配置できない制約がかかるやつです!」


場には三種の属性。

つまり――狙いは《鐘鳴器カリルロン讃詠歌アンセム》とのコンボによる三体の大型スピリットの配置!


「よく学習しているね。すでに一つ、賢くなっていたわけだ。いや……一つではないか……君はいくつも賢くなっている。もっとも、勝つのは私だがね」


エルさんは追加コストとして二枚のカードを手札から捨てた。


スペルカードによって四大元素の模型図がフィールドに展開する。

フィールドに揃っている属性は地、水、風だ。


生まれる命の讃来歌オラトリオ――。

海のしずくの小夜曲セレナード――。

嵐の夜の追奏曲カノン――。


三体のスピリットを贄として、エルさんのフィールドに三体のエンシェント・スピリットが出現する!

舞台中央ポジション・ゼロに立つのは漆黒のドレスをまとった終曲の指揮者コンダクター


そのBPは――4000!



先攻:「壺中天」のエル

【シールド破壊状態】

メインサークル:

《「衒楽四重奏ストリング・プレイ」真黒い毒風の閉幕終曲フィナーレ

BP4000

サイドサークル・デクシア:

《「衒楽四重奏ストリング・プレイ」七つの海の幻想交響楽ファンタジア

BP3500

サイドサークル・アリステロス:

《「衒楽四重奏ストリング・プレイ」大地讃頌の経文歌モテット

BP3000


後攻:「壺中天」のユーア

【シールド破壊状態】

メインサークル:

《金殿玉蝶ブリリアント・スワローテイル》with《コクーンポッド》

BP3000(+500UP!)=3500



恐るべきは大型「衒楽四重奏ストリング・プレイ」たち!

効果こそ無効にされているけど――小細工を得意として打点が低いウルカ様のインセクト・デッキでは、とても太刀打ちできない布陣だ。


同じ頃――現実世界でも、BP10000を超える「INFERNO」によって、向こうの私は戦闘で敗北していた。

ライフコアを砕かれる――こちらの世界で敗北すれば、ここでゲームセットの状況。


エルさんは進軍の指揮を取る。


「さぁ、バトルだ。《真黒い毒風の閉幕終曲フィナーレ》よ――幕引きの一撃をここに!」


サナギに身を包み、防御を固めるスワローテイル。

そこに猛毒の疾風が襲いかかる……!


戦闘破壊は不可避。ならば、せめて――!


「スワローテイルの特殊効果を発動します!1ターンに1度、サイドサークルのカードを破壊できる……この効果で、七つの海の幻想交響楽ファンタジアを破壊します!」


鱗粉の反撃!その効果を受けて、水色の楽士長は身体を蝕まれて消滅した。

一矢報いた――だけど、メインサークルへの攻撃は止まらない!


「それで悪あがきは終わりかな。ならば、潔く――カーテンフォールを受け入れるんだね」


「させませんっ!ウルカ様のデッキの……圧倒的小細工は、まだまだ、これからです!」


私は手札からスペルカードを発動する。


介入インタラプト!《アイアン・ワームズ》――このターン、対象となった「タイプ:インセクト」のスピリットに【鉄壁】を付与します!」


「……【鉄壁】を付与するだと?」


「当然、対象とするのは《金殿玉蝶ブリリアント・スワローテイル》です!」


スワローテイルを包むサナギが金属光沢を放つ鋼鉄へと変貌した。

【鉄壁】――プレイヤーをダメージから守るキーワード能力!


真黒い毒風の閉幕終曲フィナーレの攻撃でスワローテイルは大破したが、私のライフコアは【鉄壁】によって守られた。



先攻:「壺中天」のエル

【シールド破壊状態】

メインサークル:

《「衒楽四重奏ストリング・プレイ」真黒い毒風の閉幕終曲フィナーレ

BP4000

サイドサークル・アリステロス:

《「衒楽四重奏ストリング・プレイ」大地讃頌の経文歌モテット

BP3000


後攻:「壺中天」のユーア

【シールド破壊状態】

なし



エルさんは尚も指揮を続ける。


「大地讃頌の経文歌モテットの攻撃がまだ残されている……!空白ブランクとなったメインサークルへの対人攻撃ペネトレーションにより、私たちの勝利だっ!」


「いいえ、そうはいきません。《アイアン・ワームズ》の対象となったスピリットが戦闘で敗北したとき、このターンのバトルシークエンスを強制終了します!」


「何だと……!?」


バトルシークエンスが終了すれば、このターンは凌げる。

エルさんは眉をしかめて、ターンエンドを宣言した。


「……遅延行為か。それは下策だよ、ユーア。

 まず、ターンを重ねれば重ねるほどに「INFERNO」は相手のスピリットをパーツとして組み込んでBPを上昇させていき、逆転は困難となる。付け加えるのならば、パーツとなったスピリットは墓地に送られることもなく「RINFONE」の一部となっていくため、お得意の墓地コストを得意とした戦術は使えない。さらに言えば、元々が地力で劣り、生得属性の不一致によって満足にデッキを回せない「壺中天」での決闘デュエルにおいても、いたずらに時間を延ばすことは君の不利に繋がる。

 ――これで、三つ賢くなったかな?」


「さっぱりです!私、勉強は苦手なので!」


……でも。

くやしいけど、エルさんの言う通りなのは確かだ。


打開策が見いだせない。

一つだけ、この状況でも勝てるかもしれない手はあるが――あれはウルカ様お得意の初見殺し。


タネが割れたら、対策は容易となる。

現実世界の私が「INFERNO」を攻略するまでは、見せるわけにはいかない。


「(だけど……!)」


それでも、諦めるわけにはいかない。

だって、このデッキの本来の持ち主は……私の憧れの、あの人は……!


「(こんなときだって、きっと見え見えの強がりで戦うはずなんだから!)」



〇〇〇



「壺中天」のエルさんが勝利を逃したことで、ライフコアが再生していく。


「なんとか、私のターンが戻ってきました……!」


――でも……こんな状況、どうすればいいの?


私は盤面を再確認した。



先攻:エル・ドメイン・ドリアード

【シールド破壊状態】

アルターピースサークル:

六連祭壇画セクスタプティック・セレスティアル・完成全能体「INFERNO」》

BP15600【公式戦、最高BP更新中!】


後攻:ユーア・ランドスター

【シールド破壊状態】

メインサークル:

なし



決闘礼装に手をかける。

右手に宿るは黄金の光。


まだ、フォーチュン・ドローを使えるだけの力は残ってる。

それでも――何を引いたら、この状況で勝てるというのか。


フォーチュン・ドローは決して万能の力じゃない。

あくまで、デッキに託した運命を――少しだけ、こちらの元に引き寄せるだけ。


負けが確定した状況を……詰んだ状況を、解決できるものじゃない。


「(だけど……!)」


それでも、諦めるわけにはいかないんだ。

だって……私の憧れの、運命である、あの人は……!


「(こんなときだって、きっと見え見えの強がりで戦うはずなんだから!)」


どうして昇格戦に挑んで『ラウンズ』になりたかったのか。


オーダーメイドの決闘礼装をもらえるから?

お兄様や、家族が喜ぶから?

『光の巫女』としての見栄?

シオンちゃんやジョセフィーヌちゃんに……自慢、できるから?


それもある。だけど、一番大きいのは……!


「(憧れの人に――ウルカ様に並び立てる、自分になりたかったから!)」


あの『ダンジョン』の奥底で。

自分の弱さと汚さと、醜さに絶望して。

何もかもどうでもよくなった私をすくい上げてくれた――ウルカ様。


『光の巫女』であることは、正直言って、まだ重圧。

めんどくさい。かったるい。逃げ出したい。


でも――ウルカ様は、同じぐらいに追いつめられてたときだって……めっちゃ、かっちょよかったんだよね。

なんて、なんて……!シオンちゃんじゃないんだけど……!


「……あはは」と、思わず笑みがこぼれた。


エルさんは不機嫌そうに舌打ちをする。


「……頭がおかしくなったの?ユーユーは、これから負けるんだよ?『光の巫女』のくせに……世界の”きゅうせいしゅ”、ほかの誰よりも負けることをゆるされない決闘者デュエリストのくせに。なっさけない。へらへらしないでよ。ジョセジョセみたいな雑魚とつるんで……ウルウルみたいな、変なスピリットを使う女とつるんで……その”まつろ”が、ボクなんかに負ける今日だっていうのに!」


「そう、ですね。負けるかもしれません。エルさんは……とても強い人でしたから。だけど……勝負は、まだ決まってませんよ!」


「やめてよ」


「……エルさん?」


「いい加減、あきらめてよ。”こうさん”してよ。ボクは、ここまでしたのに。どうしてユーユーはあきらめてくれないの?なんで?……なんでっ!?」


エルさんが鼻をすする音がした。

もしかして……泣いているの?


このとき――私の中にが流れてきた。


見捨てられたくない。

負けたくない。

負けたら、また誰にも必要とされなくなる。


四元体質アリストテレスはドリアード家を救わなきゃいけないのに――。

――どうして、ボクなんかが四元体質アリストテレスなの……!?


「(これって……もしかしなくても、エルさんの心の声?)」


イサマルさんとのアンティ決闘デュエルのときに――共導者デュナミストであるウルカ様には、遠く離れたアスマ王子の心の光が注いでいた。


「……シオンちゃんは言ってました。あれは、人と人との心を繋ぐ絆の力。それは私がウルカ様を共導者デュナミストに選んだから……元は『光の巫女』である、私の力なんだって」


――ウルカ様と同じことが、私にもできるのかもしれない。


決闘デュエルとは魂の魂のぶつかり合い。

ならば、決闘デュエルを通せば互いの心を理解することができるはず。


対戦相手であるエルさんの――壊れる寸前の、ガラス細工のような心に触れる。


エルさんが抱えていた恐怖の形。

「役割」を期待され、「役割」に縛られ、「役割」だけが自分の価値だと思い込んだエルさんの心――その姿は、私に似ている。


私にはウルカ様がいた。

ジョセフィーヌちゃんや、シオンちゃん。お兄様だっている。


エルさんには――四元体質アリストテレスや家のことを抜きにして、心から信頼できる相手がいないのだとしたら……!


「……決めました。エルさん――いいや、エルちゃん!」


「えっ……?なんで、急になれなれしくなったの!?」


「初対面の相手を「ユーユー」呼ばわりしてるんだから、エルちゃんだって他人のことは言えません!それよりも……私はここでアンティを上乗せレイズします!」


上乗せレイズ――互いのプレイヤーの同意と立会人の了承があれば、アンティ決闘デュエルの最中にアンティを追加することができるルールだ。


当然の話ではあるが――。

勝ち確に近いような有利な状況での上乗せレイズなど、対戦相手が認めるはずもない。


そのため、通常の場合は適用されづらいルールである。


「今の状況は、私の圧倒的不利です!言わば、負け確です!よって……エルちゃんも私が提出した上乗せレイズを呑まざるを得ませんっ!」


「えっえっ!?そうなの、そうなの!?」


そんなことはないのだが。

嘘も方便――やらない善より、やる偽善!


「いいですか、私が勝ったら――エルちゃんには、私のお友達になってもらいます。私だけじゃありません、ジョセフィーヌちゃんともですっ!ジョセフィーヌちゃん、それでかまいませんねっ!?」


「はーイ!私は問題、ありませーン!」


立会人の了承は得た!


「さぁ、エルちゃんも私に対する追加のアンティを宣言してください!」


「そ、そんなこと言われても……とにかく、そのエルちゃんっていうの、やめてやめて!ユーユーに言われると、なんだか、胸のあたりがむずむずする!」


「了解しました。『エルちゃんと呼ぶのを止める』――それが、エルちゃんの提出した追加のアンティでいいですね!?」


「ちがう、ちがうよ!?そういうわけじゃ」


上乗せレイズ成功。

決闘礼装に新たなアンティ項目が追記された!


「ユーユー、いくらなんでも"ごういん”すぎるよぉ!?」


「エルちゃんみたいな、内にため込んじゃうようなタイプには……」


私みたいに、うじうじ考えこんじゃうタイプには――!


「ちょっとくらい強引なくらいがちょうどいいんですっ!」


もう、ごちゃごちゃ考えるのはやめた。

たとえ「INFERNO」だろうと――BP15600だろうと――公式戦最高BPだろうと、関係ない。


よくよく考えてみたら――私のデッキには、お兄様から預かった「あのカード」があったんだから。

勝機は、まだあるはず。


正面から、全力を出してぶつかって――「完全なる地獄」を攻略する。

勝っても、負けても……エルちゃんの心に全力で応える。


「(私が――エルちゃんのウルカ様になるんだ!)」



☆☆☆



一方、聖決闘会カテドラル側の応援席にて。


イサマルは決闘礼装を操作して、これまでのログを確認していた。


現実世界に出現した「INFERNO」――。

それを呼び出したスペルカードを、イサマルは思い返す。


「《双子連動消去》……。

 あれはたしか、DDD杯のためにドネイトくんが用意したカードだよね」


「いかにも。です」


DDD杯――夏休みにおこなわれるタッグデュエルトーナメント。


『デュエル・マニアクス』の個別ルートの始まりとなる物語であり、主人公であるユーア・ランドスターは、選んだタッグパートナーと共に優勝を目指す――という筋書きになっている。


「ウチら聖決闘会カテドラルの最高戦力であるエルちゃんとウィンドくんのタッグ……それを十全に活かすために用意された「タッグデュエル中に互いの盤面を入れ替える」カード。それを、共闘決闘タッグ・デュエルではない単身決闘ワンマン・デュエルで使用するなんて……!」


「ウィンド氏の《完全生命体「RINFONE」》は、ライフコアへのダメージが致命傷となる通常ルールの決闘デュエルではそこまで強力なカードではありません。小生もウィンド氏の「風ノ噂テンペスト」デッキを再構築リビルドする際には「RINFONE」を使用しませんでした。しかし――」


ドネイトの言葉を、緑髪の少年が引き継ぐ。


「……姉さんは「RINFONE」の可能性に気づいたんだ。

 《箱中の失楽パンドラ・ボックス》――会長が実験のために作った、あのカードを利用すれば、ライフコアへのダメ―ジは許容できるようになる」


ウィンドは沈黙を破った。肩を落とし、悲壮な声を漏らす。


「ドネイト先輩にも協力してもらった。《箱中の失楽パンドラ・ボックス》に改造を加えて――プレイヤーの魂の分割量を調整することで、箱の中のプレイヤーが記憶を失う作用も追加したのさ。ユーアの記憶を奪い、ウルカだと思わせる作戦も仕込んで……そのために「壺中天」の姉さんは私に擬態した。『光の巫女』を絶対に倒す、万全の策として……」


「……何でなん?どうして、エルちゃんはそんなにまで……ムキになって、ユーアちゃんを倒そうとするんや」


「それが、会長の望みだから」


「うちは……そこまでしてなんて言ってないよっ!」


この戦いのために、あの子はどれほどの代償を払った?


「壺中天」の世界で弟に擬態するために、あの可愛らしいツインテールの髪型も短く切って、ウィッグを付けて誤魔化していた。

記憶を忘れないために、女の子の大事な肌にメモ代わりのタトゥーまで。


ユーア・ランドスターの昇格戦阻止だって、決して必要不可欠の案件じゃないのに。

いいや……じゃあ仮に、社命――必要不可欠の案件だったとしたら。


「(うちは、その犠牲をエルちゃんに強いる覚悟があったの?)」



☆☆☆



「嘘やん。エルちゃんってまだ9歳なん?」


「そうだよ、そうだよ♪ボクたちは”とびきゅう”だからねっ!ウィウィもおなじ!」


ありし日の聖決闘会室。

エルに話を振られて、ウィンドは姉にだけ聞こえるように耳打ちした。


「うんうん」と頷き、エルはにっこりと笑う。


「ボクたちはすごい、すごい!「学園」の方から入学していいよ、って言われたから、お父さんとお母さんも大よろこび!それもボクがつよいからっ!ウィウィもつよいつよい!」


ウィンドはあわてて「……私は、姉さんのオマケだから」と声に出して呟いた。


「いやいや、オマケで「学園」に入学できるわけないやん。四元体質アリストテレスのエルちゃんはもちろん、ウィンドくんも優秀なんやねぇ」


四元体質アリストテレス――それを聞いたエルの表情が一瞬だけ曇る。

それに気づかないまま、イサマルはしたり顔で扇子を扇いだ。


「まぁ、ウチは原作をプレイ済みだから――エルちゃんたちが「チート級に強い」ことは知ってたんやけどね。……でも、ドリア―ド家ってそんなに余裕は無いんやろ?二人も入学させて、大丈夫だったん?」


「……これも”さいこう”のためだからって。お父さんは”ふんぱつ”したんだ。

 だから、ボクたちが『反円卓の騎士リバース・ラウンズ』に入ったって聞いたら、びっくりしてた!すごいすごいって!」


ウィンドが姉に耳打ちすると、エルは「うんうん」と頷いた。


「ウィウィも言ってるよ?かいちょーに、ありがとって!」


イサマルはけらけらと笑う。


「なぁに、礼はいずれ返してもらうで。エルちゃんたちには、ウチの懐刀として……存分に活躍してもらうからなっ!」


「にひひ。まかせて、まかせて!かいちょーのためなら、なんだってするよっ!」



☆☆☆



自分が、エルの運命に触ってしまった――そこにイサマルは思い当たる。

イサマルは震える手で扇子を取り落とした。


「……エルちゃんはさ、そういう子じゃないじゃん。いつも楽しそうにしてて、悩みなんて全然無さそうな顔で笑ってて……決闘デュエルだって、とっても強くて、気が向くままみたいにカードをめくって、終わったあとは勝っても負けても笑顔で……あ、でも」


――エルちゃんは……本当は決闘デュエルが好きじゃないの?


「それも、本当は違うんだっけ。……うちはエルちゃんのことを全然わかってなかったんだ。聖決闘会カテドラルに入ってもらうことは……強い決闘者デュエリストが必要だったうちにも、特権が手に入るエルちゃんにとっても、どちらにとっても良いことだったって……そう思ってたのに」


強者が弱者から奪うことを肯定され、また強制される「学園」のシステム。

決闘デュエルの強さを存在価値と結び付けられ、そのことを誰もが当然とする残酷な貴族社会の上層――そこに投げ込まれた子供たちの社会。


ただ「遊ぶのが好き」なだけだったエル・ドメイン・ドリアードにとって、この「学園」で勝ち進むのは苦痛でしかないはずだ。


本来ならば――落伍者として、遠からず「学園」を去っていたかもしれない。

そこに介入インタラプトして、適応させてしまったのは――他ならぬイサマル自身だ。


「……この決闘デュエルが終わったら、エルちゃんと、もう一度話してみようと思う。エルちゃんの望みじゃないことを、うちが強制させてたんだとしたら……それは止めさせないと」


ドネイトは、普段は決して想い人に向けることはない水晶の瞳を――すべてを見通す探偵モードの眼光を、イサマルへと向けた。


「エル嬢は、もう不要ということでしょうか?」


「そ、そんなことないよ。ほら……そもそもエルちゃんは聖決闘会カテドラルの会計なんだし。決闘デュエルの刺客じゃなくても、役に立てる仕事はいっぱいあるって!」


「エル嬢は決闘デュエル以外の計算が苦手と聞きました。そうでしたね、ウィンド氏?」


ウィンドは無言で頷く。

イサマルは「で、でもっ」と拳をにぎった。


「そこはウィンドくんと交代でもいいじゃん!とにかく、エルちゃんには決闘デュエル面以外でのサポートをしてもらうってことで……!」


決闘デュエルから距離を置くとなると、彼女は『ラウンズ』から降格することになりますね。学費免除の特権がなくなれば、経済的な負担も大きくなります。この「学園」の風土になじめないのが根本的な原因――ならば、いっそ退学した方がエル嬢のためになるのかもしれません」


「退学……!?そ、そんなのって……」


「イヤ、だと。……まずはご自身の感情を正確に切り分けてください。会長がエル嬢に抱いている感情は何なのか。親愛ですか?同情でしょうか?それとも憐憫?」


「そ……そんなの。わかんないよ。わかんないけど、でも……」


――エルちゃんと一緒にいたい。


「(うち、エルちゃんと一緒にいる時間が好きなんだ)」


――今度は本当の意味で笑い合える友達になりたい。


床に落ちていた扇子をドネイトが拾い、イサマルに手渡した。


「以前に、会長は小生にお尋ねになられていましたね。どうして、小生があなたに力を貸すのかと」


「……うん」


「その答えは――まだ明かせませんが」


「え、教えてくれないの?」


ドネイトはくしゃくしゃと前髪を乱して、瞳を隠した。



「会長に、わからないことが……あるの、でしたら。

 どうか……小生を、頼ってください。

 推理は、得意なので。

 ――いかがでしょうか、しのぶ嬢」



ドキリ、と胸が高鳴った。

これは錯覚。

そう、たぶん、いや、これは、ただの気のせい。


「だ……だから。しのぶ嬢、はやめてってば。……ここでは」



イサマルとドネイト――二人のやり取りを見守っていたウィンドは。

誰にも悟られぬように、口元だけで笑みをつくった。

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