双児館の決闘! 光の巫女、壺中の天地にて斯く戦えり(第3楽章)

第7使徒イスラフェル。


TVアニメ『新世紀エヴァンゲリオン』に登場する人類の敵、使徒の一体だ。


物語の舞台となる第三新東京市に来襲する使徒――彼らの目的は特務機関ネルフ本部の地下で眠る「アダム」と呼ばれる生命体と接触することで、人類を滅亡へと導く「サード・インパクト」を引き起こすことにあった。


主人公である碇シンジ、綾波レイ、アスカたち「チルドレン」は、汎用人型決戦兵器エヴァンゲリオンに乗って使徒と戦うことで、人類を守る使命を持っている。


使徒を倒せるのはエヴァンゲリオンだけ――。


「質問。どうしてエヴァンゲリオンだけなの?使徒を倒せるのは」


気づくと「壺中天」の世界で破壊されたザイオンX――シオンが目覚めて、エル側の応援席にいたウルカの元にまでやって来ていた。


シオンの質問に対してウルカが答える。


「エヴァーだけが使徒を倒せる理由……それはATフィールドという一種のバリアーが使徒を守っていて、そのバリアーが通常の兵器では破壊できないからなのよ。ATフィールドを中和して使徒を攻撃できるのはエヴァーだけ……そうよね、イサマルくん?」


「へ、へへへ……な、何の話をしとるかわからんなぁ?ウルカちゃん、さっきから何を話しとるん?」


――よく言うわよ。さっきまでノリノリで乗っかってたくせに。


取り出した扇子で口元を隠し、目を泳がせるイサマル。

そんなイサマルの様子をジト目で監視しながら、ウルカは続けた。


「エヴァーによってATフィールドを中和された状態で、体内に存在するコアを破壊されることで使徒は活動を停止する。ところがエピソード『瞬間、心、重ねて』に登場する第7使徒イスラフェルは……他の使徒たちとは違って、二体に分離する能力を持っていて……それだけじゃなく、通常は一つしかないコアを二つも持っていたわ」


「本機も理解した。二つのコア――それって同じ。今のユーアと、エル」


ウルカは頷いた。


外の現実世界と「壺中天」の世界――二つの世界に魂が分かれたことで、それぞれ二つのライフコアを持つことになった決闘者デュエリストたち。


「二つのコアを持つイスラフェルは、片方のコアを破壊しただけでは倒すことができないわ。そのために特務機関ネルフが立案した作戦は『分裂した二体のイスラフェルが持つ二つのコアへの同時荷重攻撃』だった……!」


ウルカはフィールドに存在する二つの盤面に注目した。



●●●



先攻:「壺中天」のエル

【ライフコア破壊状態――ゲーム継続!】

アルターピースサークル:

三連祭壇体トリプティック・トリニティ「No Infer」》

BP2000


後攻:「壺中天」のユーア

メインサークル:

《カノン・スパイダー》

BP1700



〇〇〇



先攻:エル・ドメイン・ドリアード

メインサークル:

《「衒楽四重奏ストリング・プレイ」炎天下の行進曲マーチ

BP1000(+1500UP!)=2500

サイドサークル・デクシア:

《「衒楽四重奏ストリング・プレイ」つむじ風の遁走曲フーガ

BP1000

サイドサークル・アリステロス:

《「衒楽四重奏ストリング・プレイ」さざ波の夜想曲ノクターン

BP1000

エクストラサークル:

《「衒楽四重奏ストリング・プレイ」大地讃頌の経文歌モテット

BP3000


後攻:ユーア・ランドスター

メインサークル:

《戦慄のワルキューレ騎士ナイト、ランドグリーズ》

BP2000(+1500UP!)=3500

サイドサークル・デクシア:

《聖騎士団の盾持ち》

BP1000

サイドサークル・アリステロス:

《極光の巨人兵士ウトガルド

BP2500



☆☆☆



シオンは巨大な箱の中の盤面を指す。


「ユーアの攻撃でエルはライフコアを破壊されている――「壺中天」の世界では。それでも、ゲームが続行して決着が着かないのは……」


「……箱の外にいる、もう一人のエルちゃんのライフコアが健在だから。二人に分裂したプレイヤーは、それぞれが同時に敗北条件を満たさないかぎり敗北しない。

 これが《箱中の失楽パンドラ・ボックス》に隠されたルールなのね!」


――だとしたら、ユーアちゃんが勝利するためには「壺中天」の世界だけじゃなく……箱の外の現実世界でも、エルちゃんを倒さなくちゃいけないわけね。


シオンはウルカの制服の裾に手をかけ、引っ張った。


「……エヴァンゲリオンの話も楽しそうだけど。今はユーアの試合中。ユーアを一緒に応援しようよ、マスター」


「ええ、そうね。シオンちゃんの言う通りだわ。一旦、戻りましょう。イサマルくんには……試合が終わったら、さっきの件について説明してもらうからね?」


「う、ううう……」


ぷるぷると震えるイサマルを後にして――。

ウルカとシオンは、ユーア側の応援席へと戻った。


「マスター。何かあったの?イサマルと」


「……あの子。たぶん、私と同じ世界から来た人だわ。この世界には無いはずの『新世紀エヴァンゲリオン』を知っていたんだから――きっと、ウルカと一緒になった「わたし」と同じように、この世界で本来のイサマルくんと一体化しているんだと思う」


「マスターがこの世界に初めてやって来た時期は、ちょうど一致するよね……イサマルが聖決闘会長になった時期と。あれは、マスターがこの世界に来たことによるバタフライ・エフェクトじゃなくて……」


「イサマルくんの中にいる人も「わたし」と同じ頃にこの世界に来た……そういう風に考えれば、つじつまは合うわ」


――彼の正体は何者なのだろう?


ウルカは考える。


――思えば。イサマルくんは、あんなにイジワルで酷いことばかり言うのに……何故だか、どうにも憎みきれないところがあった。


さっきだって、ついついおでこにデコピンをしてしまったり――そんなことは元の世界でだって、せいぜい幼馴染のしのぶちゃんぐらいにしかしないのに。


「ん。……?」


「マスター、見て。ユーアのランドグリーズは墓地のカードを除外したことで、エルのスピリットのBPを上回っている。このターンでエルに勝てると思う?」


「ええと、そうね」


イサマルに関する思索を一旦、打ち切る。

ウルカは再び盤面に集中した。


「……ダメね。このターン中にエルちゃんを倒すのは、難しいかもしれないわ」



〇〇〇



《「衒楽四重奏ストリング・プレイ」大地讃頌の経文歌モテット》――!

エクストラサークルに鎮座する、エンシェントスピリットを私は見上げた。


黄金色の法衣に身を包んだ、少女楽団を指揮するコンダクター。


「(このスピリットを無視して、メインサークルを攻撃することはできません。

 それは大地讃頌の経文歌モテットの特殊効果ではなく……エクストラサークルそのものが持つ特性!)」


めったに適用されるルールではないが……エクストラサークルの特性については、お兄様にみっちりと叩き込まれた。

ウルカ様とも予習していたのを思い出す。


「……バトルです!」


エクストラサークルが持つ特性――!


「(エクストラサークルにスピリットが存在する場合、メインサークルとサイドサークルに対しては攻撃宣言をおこなうことができない……!)」


故に、ランドグリーズの標的は決まっている。


「《戦慄のワルキューレ騎士ナイト、ランドグリーズ》でエクストラサークルの大地讃頌の経文歌モテットを攻撃!

 英断のタクティカル・スラッシュ――!」


墓地に眠りし戦士の魂を解放したランドグリーズのBPは3500。

BP3000を誇るエンシェント・スピリットであろうとも、その一太刀でたちまち真っ二つだ――!


振りかぶった剣に英霊のオーラが宿り、黄金のコンダクターを切り伏せる。

これでメインサークルへの攻撃が可能……!


「――なぁんて。そんなに上手くいくわけないじゃん。にひひ!」


「それは……!」


エルさんが手札からスペルカードを介入インタラプトさせる!


「ボクは《レビュースター回転舞台オルゴオル》を発動!このターン、エクストラサークルのスピリットがフィールドをはなれるたび、サイドサークルのスピリットをえらんでエクストラサークルに配置できるできる♪」


「エクストラサークルへの配置交換!?」


「ボクは《「衒楽四重奏ストリング・プレイ」さざ波の夜想曲ノクターン》をエクストラサークルへ配置するよ!」


エクストラサークルにスピリットがいるかぎりメインサークルには攻撃できない。

――私がこのターンに取れる行動は……!


「それならば……《極光の巨人兵士ウトガルド》でさざ波の夜想曲ノクターンを攻撃します!」


次のターンに備えて、少しでもエルさんの戦力を削るしかない。


巨人の攻撃が青きドレスの淑女を切り裂く。

それでも回転舞台オルゴオルは止まらない……!


「にひひ、戦闘破壊はされるけど……今度は今度は、つむじ風の遁走曲フーガをエクストラサークルに配置交換♪」


「……っ!続いて、《聖騎士団の盾持ち》でつむじ風の遁走曲フーガを攻撃です!」


つむじ風の遁走曲フーガと《聖騎士団の盾持ち》は、どちらもBP1000。

結果は……相打ち。


戦力を削ることはできたが……こちらの損耗も激しい結果となった。


「これで……ターンエンドです」



先攻:エル・ドメイン・ドリアード

メインサークル:

《「衒楽四重奏ストリング・プレイ」炎天下の行進曲マーチ

BP1000


後攻:ユーア・ランドスター

メインサークル:

《戦慄のワルキューレ騎士ナイト、ランドグリーズ》

BP2000

サイドサークル・アリステロス:

《極光の巨人兵士ウトガルド

BP2500



エルさんは意地の悪い笑みを浮かべた。


「にひひ。ボクたちは知ってる知ってる♪ユーユーのランドグリーズの弱点っ!一時的にBPを上昇する効果はメインサークルでしか発動できないできない!それに、その後は配置交換をおこなえなくなるんだよねっ?」


「……そのとおりです」


「相手ターンのランドグリーズはただのよわよわスピリット!ウルウルにも、その弱点を突かれて負けたんだよねぇ?なのに進歩がないっ!”きゅうたいいぜん”だよね、にひひ!」


「…………」


「”ちからをしめす”とか言ってたくせに”たいげんそうご”だねっ!やっぱり、雑魚のともだちには雑魚がうつるのかな!?かなぁ!?」


――それは、どうでしょうか?


私もウルカ様に負けたときの私のままじゃない。

このターンの決着は無理でも、次に繋がる布石はすでに打ってあります!


だけど……。


「(……エルさんの狙いがわからない。「壺中天」を使った分断と同時進行の決闘デュエル。このまま彼女にペースを握られたままだと、恐ろしいことになる予感がします)」


早く決着を着けなければならない……!

私の懸念を証明するように――「壺中天」の世界でも動きがあった。



●●●



「……向こうの世界でも、ユーアがターンエンドを宣言したようだね。それでは、私たちのターンを始めるよ。ドロー」


ウィンドさんの恰好をしたエルさんが、パズル型の決闘礼装からカードを引く。

そしてターン開始の宣言と共に――破壊されたはずのライフコアが修復した。



先攻:「壺中天」のエル

【シールド破壊状態】

アルターピースサークル:

三連祭壇体トリプティック・トリニティ「No Infer」》

BP2000


後攻:「壺中天」のユーア

メインサークル:

《カノン・スパイダー》

BP1700



「ライフコアの回復……!私にもわかりました、この世界の法則が」


「一つ賢くなったようだね、ユーア。君の推察どおりだよ――二つの世界で同時進行するターンにおいて、プレイヤーのライフコアはターンをまたげば回復される。対戦相手の敗北条件を満たすためには、二つの世界においてライフコアを同時に破壊するしかないのさ」


「……あなたは、エルさん……なんですよね?」


箱の外の世界と視界が繋がったことで決闘デュエルをするまでの記憶は戻った。

目の前にいるのは、あくまでウィンドさんのフリをしているエルさんに過ぎないということもわかっている。


だけど……。


決闘デュエルをする前の、あの天真爛漫なエルさんと、目の前にいるクールな少年の姿をした少女とが繋がらない。


演技にしても、あまりに行き過ぎている気がする。

これではまるで……別の人間そのものだ。


「本当に、あなたはエルさんなんですか?」


「……私はエル・ドメイン・ドリアードという少女が持つ機能の一つではあるが、他者がエルとして認識する主要なペルソナというわけではない……くらいは言ってもいいか」


――質問の答えを、私は理解することができなかった。


困惑する私を前にしても、エルさんは面白がる様子一つ見せずに言葉を重ねる。


「私を世話焼きだと思うなよ。私は嘘を吐いているわけではないが、君に真実を伝えるつもりもないのさ。こうして言葉を弄して知識を与えるのは、君を賢くするためではない。どちらかというと、ユーア――君の判断を誤らせるために言葉を使う」


そう言うと、エルさんはバトルへ移行した。


「さぁ、戦闘の時間だよ。

 《三連祭壇体トリプティック・トリニティ「No Infer」》でメインサークルの《カノン・スパイダー》を攻撃する」


「BP2000のスピリット……!」


大翼をひるがえす「鷹」の姿に変形した「RINFONE」が急襲する!


手札を確認すると――さすがはウルカ様のデッキだ。

こんな状況でも最適な一手があった!


介入インタラプト!《バタフライ・エフェクト》を発動します!」


「《バタフライ・エフェクト》。そのカードは知っている……三つの効果を持ち、どれか一つのモードを選択して発動できるスペルカード」


「私が選択するのはモード①――この効果でレッサースピリット1体の攻撃を無効にします!」


こちらの世界のエルさんが使う「RINFONE」は、フィールドを離れるたびに変形して再配置される効果を持つ強力なファースト・スピリットだ。


ただし、ファースト・スピリットである「RINFONE」はレッサースピリットであるため――変形した形態もすべてがレッサースピリットである性質を受け継いでいる。

どんなに強力なスピリットであっても、レッサースピリットである以上は《バタフライ・エフェクト》によって攻撃を無効できるわけだ。


「No Infer」の急降下攻撃は、モルフォ蝶の幻によって阻まれることになった!


「攻撃を無効にされれば、あなたはこのターンのあいだ何もできません……!」


「やれやれ。ずいぶんと甘く見られたものだね」


エルさんは手札からスペルカードを発動する。

カードから出現したのは、人間の頭ほどの大きさの箱だった。


介入インタラプト。《ENVY BOX》――このカードは追加コストとして手札二枚を捨てることで、メインサークル以外に配置されているスピリット1体を破壊できる」


「サイドサークルのスピリットを対象にした除去カード……!」


けれども、《カノン・スパイダー》はメインサークルに配置されている。

他にサイドサークルに置かれたスピリットはいないはず。


――いいや、この局面で無駄なカードを撃つはずがありません。


よくテキストを読んでみると《ENVY BOX》が指定しているのはサイドサークルではなく、あくまで「メインサークル以外」となっているが……?


「メインサークル以外に配置されているスピリット……まさか!?」


「一つ賢くなったね、ユーア。私の決闘礼装のメインサークルは「RINFONE」によって拡張されたことでアルターピースサークルへと変形している……すでにそこはメインサークルではない。私はアルターピースサークルに配置された「No Infer」を破壊するよ」


スペルによって出現した「箱」は「鷹」の頭部めがけて飛来すると、そのまま箱の断面で首を切断して、生首を「箱」に収めた。


「No Infer」が破壊されて消滅する――。


《ENVY BOX》の効果によって「No Infer」がフィールドから離れたことで――エルさんは横向きに三枚分に展開した正方形のカードを折りたたむと、今度は四枚分になるようにカードを組み替えた。


四枚分のカードが開き、一枚目と四枚目が繋がるように立体を作っている。


今度の形は――四角形?

ただし、真ん中がドーナツの穴のように空洞になっていた。


エルさんが奇妙な形のカードをアルターピースサークルに配置する。


「これは立体で表現された”ゼロ”さ。「RINFONE」の第四形態――。

 《四連祭壇体カドラプティック・カテドラル「Zero FIn」》」


フィールドに出現した新たな「RINFONE」は、そのパズルの形をしたボディを組み替えて、翼を広げた「鷹」から空中を泳ぐ「魚」へと姿を変えていた。



先攻:「壺中天」のエル

【シールド破壊状態】

アルターピースサークル:

四連祭壇体カドラプティック・カテドラル「Zero FIn」》

BP2500


後攻:「壺中天」のユーア

メインサークル:

《カノン・スパイダー》

BP1700



変形した「RINFONE」はさらにBPを上昇させて、今度は2500になっている。

さらに再配置されたことで追加攻撃も可能……!


「《四連祭壇体カドラプティック・カテドラル「Zero FIn」》でメインサークルに攻撃だ」


「くっ……お願い、《カノン・スパイダー》!」


赤青二色の蜘蛛が必死に応戦する。

しかし、第四形態へと進化した「RINFONE」には勝ち目がなかった。


吐き出す糸は優雅に空を泳ぐ「魚」にかわされ、そのまま体当たりの一撃で破壊される!


「きゃああああっ!」


メインサークルのスピリットが戦闘で敗北したことで、その余波が私のシールドを砕いた。

これでライフコアを守るものは無い。


さらに、エルさんは止まらなかった。


「私は「Zero FIn」の特殊効果を発動する――終焉の零(Zero Fin)」


エルさんが効果を発動すると、「Zero FIn」のBPがどんどん下降していく。

やがてその数値は――ゼロとなった。


「この効果はいったい……!?」


「1ターンに1度だけ、「Zero FIn」は自身のBPをゼロにすることで相手の墓地から最もBPが高いスピリットを相手フィールドに配置して、追加攻撃できる。私はこの効果によって君の《カノン・スパイダー》をメインサークルに再配置するよ」


「私のフィールドに再配置……?でも、それじゃさっきと盤面は同じ……!?」



先攻:「壺中天」のエル

【シールド破壊状態】

アルターピースサークル:

四連祭壇体カドラプティック・カテドラル「Zero FIn」》

BP0


後攻:「壺中天」のユーア

【シールド破壊状態】

メインサークル:

《カノン・スパイダー》

BP1700



――いいや。同じじゃない。


エルさんの「Zero FIn」のBPがゼロになっている。

さらに、これで追加攻撃の権利を得たということは……!


ようやく私は、エルさんが「壺中天」に魂を分離した理由にたどり着いた。


「わかりましたっ!あなたが《箱中の失楽パンドラ・ボックス》を使った本当の理由は……!」


Zero FIn


ふたたび「魚」が蜘蛛の精霊に襲いかかる。

放たれた蜘蛛の糸。回避しようとする「Zero Fin」――しかし、今度はその糸を避けきれずに動きを捕らえられてしまう。


だが……これは罠だ。


《カノン・スパイダー》の鋭い脚が「Zero Fin」を串刺しにして返り討ちにする。

エルさんのライフコアは砕け散る――だが、決闘デュエルは続行!


私はようやくエルさんの狙いを理解した。


「……「RINFONE」が変形するためにはフィールドを離れる必要があります。ただし、アルターピースサークルに配置される「RINFONE」は、ホントなら戦闘で破壊されるたびにプレイヤーへのダメージのフィードバックがある。

 だから、ライフコアが破壊されてもすぐには敗北とならない「壺中天」の性質を利用したんですね!?」


「ユーアも一つ賢くなったようだね。

 加えて言うのならば――「壺中天」の決闘デュエルで勝利するためには、君は二つの盤面において同時に勝利する必要がある。だが、こうして「RINFONE」が進化を遂げるたびに「壺中天」の世界では君が勝利できる可能性は失われていく――」


エルさんは指を二本立てた。


「これで、二つ賢くなったかな」


フィールドを離れた正方形のカードは、魔力によって空中で展開し、五枚分の面積へと拡張されていった。


あれは――箱だ。


五面の板によって組み上げられた箱。

その箱は一面が空いている――あと一面で、立方体が完成する。


エルさんは半完成の箱を決闘礼装に配置した。


「《五連祭壇体クウィンタプティック・グノーシス「Fe Iron Z」》――!」


召喚に応じて現れたのは、純鉄の山だった。


Fe(鉄)とIron(鉄)、錬金術と魔術による二種の呼称によって呼ばれる「それ」は――魔力を伝導する効率がいいことから、ムーメルティアでの魔道具製造にも利用されることが多い貴重なマテリアである。


これほどの量の鉄の塊は、ムーメルティアの出身である私も見たことがなかった。


やがて、それは宙に浮き――空飛ぶ大鉄塊は、神の如き人型へと変形していく。

その威容はまさに鉄の城。

まるで神か、あるいは悪魔の化身か。


「Fe Iron Z」――!

戦場に出現したのは、BP3000を誇る大巨神!



先攻:「壺中天」のエル

【ライフコア破壊状態――ゲーム継続!】

アルターピースサークル:

五連祭壇体クウィンタプティック・グノーシス「Fe Iron Z」》

BP3000


後攻:「壺中天」のユーア

【シールド破壊状態】

メインサークル:

《カノン・スパイダー》

BP1700



恐るべきスピリットだ。

そのBPはすでにエンシェント・スピリット級。


それでも――!


「(これもまだエルさんの”真の狙い”――その、通過点に過ぎないのかもしれない……!)」



☆☆☆



「……。やっぱり、そういうことなのね」


箱の外の世界――現実世界のユーア側の応援席で、ウルカは胸を手で抑えた。


――どうやら、悪い予感が的中しそうになっている。


悪寒に震えるウルカを、シオンが気遣った。


「マスター、大丈夫?悪いよ、顔色が」


「……シオンちゃんには話してなかったけど。実は私、アナグラムが趣味なのよ」


アナグラム――文字の入れ替え遊び。

元の世界にいた頃、私はアナグラムを趣味にしていて、よく言葉の文字を入れ替えては新しい言葉を作って遊んでいたものだった。


ぽかん、とシオンは口を開けて絶句する。


しばらくして「……初耳。知らなかった、マスターにそんな趣味があったなんて」と呟いた。


ウルカは頷く。


「言ってなかったものね。おそらく、今後も言うことはないと思うわ。ちょっと意味がわからないし。それよりも……」


決闘礼装を操作することで、ウルカはこれまでの「RINFONE」が変形してきた形態を礼装のモニター画面に並べていった。


一覧は以下の通りだ。



「RINFONE」

「Inner Of」

「No Infer」

「Zero Fin」

「Fe Iron Z」



各形態の名前を見返して、ウルカは確信する。


――そう、やっぱり思ったとおり。


「シオンちゃん、この文字を見て何か気づかない?」


「アナグラム。わかったよ、マスターの言いたいことが。「Inner Of」と「No Infer」はそれぞれ第一形態である「RINFONE」の文字を並び替えたもの」



「RINFONE」⇒「Inner Of」⇒「No Infer」



シオンは「でも……」と疑問を挟んだ。


「第四形態の「Zero Fin」と第五形態の「Fe Iron Z」は「RINFONE」のアナグラムじゃないよ。この二つには「Z」がある――どちらも「RINFONE」には使われていない文字」


「それが違うのよ。「RINFONE」には「N」の文字が二つ含まれているでしょ?そのうちの一つを90度横にしたら――「Z」になるわ」



「RINFONE」⇒「RINFOZE」⇒「Zero Fin」⇒「Fe Iron Z」



「ほら。この文字を並び替えたら、第四形態と第五形態の名前になるのよ」


「……本当だ。マスター、よく気づいたね。すごい」


「うふふ、どうかしら。私、かっちょいい?」


「かっちょよくはない。変だよ、どちらかというと」


「……そう」


――ま、まぁ、それはともかく。


「……エルちゃんがさっき、ユーアちゃんに見せてたタトゥー。

 その中に”事実6:完全なる地獄を目指せ”っていう記述があったわよね」


完全なる地獄。

地獄と言えば――そうだ。



変わった趣味を持つウルカ。

アナグラム好きの彼女が、エルの真意に触れる。


――これは、あくまでも私の推理なのだけれど……。



「第一形態の綴りは「RINFONE」でしょう?

 これを並べ替えると「INFERNO(地獄)」とも読めるのよね……」

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