双児館の決闘! 光の巫女、壺中の天地にて斯く戦えり(第2楽章)
「……イ~サ~マ~ル~く~ん?」
「げぇ、ウルカちゃん!」
エル側の応援席に、肩をいからせたウルカがやって来た。
「げぇ、じゃないわよ。私と戦ったときの《ファブリック・ポエトリー》といい、またわけのわからないカードを使ってきて……!どうせ、あれもイサマルくんの差し金なんでしょう!?」
「いやいや、ちゃうちゃう!あのカードを使いたいって言いだしたのはエルちゃんなんやで!?」
ウルカの詰問に、イサマルは小動物のようにプルプルと震える。
横に控えるドネイトとウィンドも、その様子を見守ることしかできない。
怯えた様子のまま、イサマルは必死に弁解した。
「今回ばかりは、ウチは無罪っ!お願い、信じてっ」
「……へぇ。じゃあ、あの変なカードはあなたの仕業じゃないのね」
「いや、それはそれとして用意したのはウチなんやけど」
「やっぱり
「あ痛っ☆」
「……まったく。なんなのよ、あの箱は!」
ウルカは修行場に対峙する二人の
箱の中には、もう一人のエルとユーアの姿がある。
同じ場所に同一人物が、それぞれ二人に分かれて対峙しているのだ。
――スペルカード《
その効果は21gある人間の魂を二つに分割し、その片方を魔力で生み出した箱の中に封印することで、同時に二つの
発動したエルの説明によると――あのカードが発動した時点から、プレイヤーは現在使用しているデッキを二つに分けて箱の中に持ち込むか、ゲーム外から別のデッキを持ちこむかを選ぶことができるらしい。
当然ながら、デッキを二つに分割することは大きなデメリットに繋がる。
デッキ切れによる敗北もしやすくなるし、コンボパーツやキーカードが分かれることで想定していた動きができなくなってしまうリスクもあるわけだ。
「……だから、ユーアちゃんには私のデッキを貸すことにしたわ。私の【ゲノムテック・インセクト】デッキなら、ユーアちゃんにも練習に付き合ってもらってるし――カードの回し方も頭に入ってるはずだから。……そうよ、私はデッキを貸しただけ。それなのに……!」
地面に置かれた透明な箱の中――その中にいるユーアは、どうやら「自分をウルカ・メサイアと思い込んだ」状態にあるらしい!
「どうして、ユーアちゃんは自分のことを私だと……ウルカだと思い込んだままゲームを始めているの!?」
「わ、わかんないよぉ!ウチが作った《
「……それだけじゃないわ。エルちゃんのあの恰好」
そう、奇妙なのはユーアの様子だけではなかった。
箱の中にいるエルは、目覚めるとすぐに手を見つめたかと思うと――特徴的なツインテールを外してショートカットの髪型となり、スカートとズボンを一瞬で早着替えして、さらには肩にかけられていた「リバーシブルのマント」を裏返した……。
四色のマントの裏側にあった柄は、白黒二色の奇妙な立体が描かれた図柄だ。
ウルカは
「…………」
少年――ウィンド・グレイス・ドリアードは、ただ無言でウルカを見つめ返す。
エルは彼女の双子の弟であるウィンドそっくりに変装した。
そうして箱の中で、もう一人のユーアが目覚めるのを待っていた……!
「……まさか、あのツインテールが
箱を見つめるウルカに続き、イサマルも頷く。
「それについては、ウチもようやく合点がいったわ。エルちゃんの本来の決闘礼装は弦楽器型決闘礼装『ストラディバリウス』――だけど、あの子が今日持ち込んだ決闘礼装は『ストラディバリウス』じゃなかったわけやね」
バツが悪そうにうつむくウィンドに、イサマルは静かに言った。
「組絵立体型決闘礼装『イコサヘドロン』――あれはウィンドくんの決闘礼装だよね?」
「……うん」と、小さな声でウィンドは応える。
二人のやり取りにウルカも挟まった。
「組絵立体……つまりは、パズルってこと?」
「その通りや。ウィンドくんの『イコサヘドロン』は組み替えることで自由な立体を作ることができる決闘礼装――それを組み替えて弦楽器の形を作ることで、エルちゃんは『ストラディバリウス』に思わせてたんやろうな」
「……エルちゃんは徹底的にウィンドくんのフリをする準備を整えてたってわけね。でも、その『動機』は何かしら?」
と――ウルカが口にした途端。
「『動機』……!そう、『動機』ですね……!」と、突然ドネイトが立ち上がる。
これまで成り行きを見守っていたドネイトが豹変したので、ウルカは面食らった。
「どうしたの、この人!?」
「あー、気にせんといてや。ドネイトくんは『動機』とか『トリック』とか『密室』とか聞くと、おかしくなるタイプの人なだけやから」
「『動機』ッ!『トリック』ッッ!『密室』ッッッ!」
「いやいや、どういうタイプの人!?おかしい人すぎるわよ!?」
どうどう、とイサマルはドネイトの背中をなでる。
興奮して立ち上がった長身の青年は、桃色の少年になでられると落ち着きを取り戻して座り込んだ。
――大人と子供ほどの体格差があるのに、まるでイサマルくんの方がお母さんみたいね。
冷静に戻ったドネイトにイサマルは語りかけた。
「そんで、そろそろドネイトくんも説明してや。エルちゃんは何をしてるん?」
「……はい。これは推理――ではなく、小生たちによる自白となりますが」
ドネイトはエルの意図を解説する――その一方で、盤面は次の展開を見せていた。
●●●
――箱の中。
「壺中天」の世界の第一ターンにて、ウィンドになりきったエル。
エルは対戦相手であるユーアを「ウルカ」と呼び、
もっとも、おこなったのはカードを引いてターンエンドしただけ。
フィールドには、これまた箱の形をした奇妙なスピリットが鎮座していた――。
先攻:「壺中天」のエル
メインサークル:
《完全生命体「RINFONE」》
BP0
後攻:「壺中天」のユーア
メインサークル:
《「
BP1500
〇〇〇
――こちらは箱の外の世界。
私は奇妙な展開に翻弄されるばかりとなっていた。
「
「これで、ボクたちはターンエンド。さて、次はユーユーたちのターンだよ♪」
先攻:エル・ドメイン・ドリアード
メインサークル:
《「
BP1000(+1500UP!)=2500
サイドサークル・デクシア:
《「
BP1000
サイドサークル・アリステロス:
《「
BP1000
エクストラサークル:
《「
BP3000
後攻:ユーア・ランドスター
メインサークル:
《聖輝士団の盾持ち》
BP1000(+1000UP!)=2000
「私たちの、ターン……?」
「そうだよそうだよ?《
「二つの盤面の同時進行……!?しかし、あの世界の私は……」
こちらの声は届かないが、箱の中の進行は見ることができる。
箱の中では――なぜかウィンドさんの恰好をしたエルさんに「ウルカ」と呼ばれた私は、自分のことをウルカ様だと思い込んでいるようだった。
「(一体、何が起きているの……?)」
にひひ――と、エルさんは意地の悪い笑みを浮かべた。
「ユーユーに教えてあげる。”こちゅうてん”の世界のボクとユーアは、それぞれ記憶を失ってるんだよ」
「記憶を失っている……?それは、どういうことですか!」
「《
でも、よくよく考えてみてみて?それって、おかしいよね?」
「……私も、変だなとは思ってました。21gを二分割したら10.5gになるはず……わざわざ11gと10gといった偏りをつくる必要はありません」
そこまで口にして、私はエルさんの真意に思い当たった。
「……まさか!」
――10g側に抜け落ちた0.5gの重量。
「欠落した魂――そこにあったのは記憶だったということですか!?」
「正解、正解!にひひ、そういうこと」
デッキとは
故に、記憶を失った状態で他人のデッキを――それも、よく見知ったウルカ様のデッキを握った状態で対戦相手から「ウルカ」と呼びかけられたとしたら、自分がウルカ様だという都合のいい思い込みをしてしまうことは……充分ありうる。
なぜなら――ウルカ様は、私の憧れの人。
否、運命の片割れなのだから。
「……いいえ、それでも説明がつかないことがあります。記憶を失うという条件はエルさんにも適用されてるはずです。そうでなければ、あの強力なカード効果に説明がつかない――だとしたら、なぜエルさんだけが記憶を失った
「にひひ、その答えは……これだよ!」
エルさんは自らのてのひらを向けた。
そこにあったのは――。
”事実1:私はウィンド・グレイス・ドリアード”
”事実2:記憶は奪われている”
”事実3:姉の服を着せられている。目が覚めたら必ず着替えること”
”事実4:対戦相手の名はウルカ”
”事実5:互いのライフコアが砕けることはない”
”事実6:完全なる地獄を目指せ”
”事実7:奴を倒せ”
手のひらから腕にかけて、びっしりとタトゥーが彫り込まれている!
「(そういえば、箱の中で目覚めたエルさんは自分の手を見つめていた!)」
――そういうことだったのか。
ここにきて、ようやく私はエルさんの狙いに気づいた。
「「壺中天」の世界のエルさんも、記憶を取り戻してるわけじゃない。箱の中の私が、あなたにウルカ様だと思い込まされているのと同じように――箱の中のあなたも、外の世界にいるあなたに騙されて、自分をウィンドさんだと思い込まされていた……!」
――でも、わからないことがある。
「あなたの狙いは「壺中天」の世界の私とあなたを、それぞれウルカ様とウィンドさんだと思い込ませること……でも、それはどうして?一体、そんなことをして、何の意味があるというんですか!」
「そこまでは教えてあげないあげない。さぁ、ユーユーのターンだよ♪」
「私の、ターン……!」
決闘礼装に手をかけて、ドローする。
同時に「壺中天」の世界でも、インセクトデッキを手にしたもう一人の私がカードをドローする。
果たして、ここからどうするべきか……!
一つ、気になることはあった。
彼女が見せたメモ書きの一つにあった一節――”互いのライフコアが砕けることはない”とはどういうことなのか?
まずは試してみるしかない。
「私はスペルカード《遥かなるナグルファル》を発動します!」
死者の爪が重なることで建造された、魂の運び手たる亡霊船ナグルファル。
神話に謳われたその力の断片を、呪文として解き放つ……!
私はデッキに魔力をこめて、その効果を宣言した。
「《遥かなるナグルファル》が発動したとき、光のエレメントを持つスピリットをランダムに10体選び、それらのカードをデッキから墓地へと送ります!」
「にひひ、すごいすごい!一枚のカードでそれだけのスピリットを墓地に送り込むなんて、いんちきカードもいいところだね!」
――私だけが操ることができる光のエレメント。
「光の巫女」――光のエレメントの力が強力なのは確かだ。
だけど、
本当に大切なのは――その力を何のために、どう使うか。
それを教えてくれたのは他ならぬウルカ様だ。
「ダンジョン」でシオンちゃんに捕らえられた私を助けてくれたときも。
アスマ王子のカードを守るためにイサマルさんに立ち向かったときも。
ウルカ様は、いつだって自分よりもずっと強い相手に立ち向かっていた。
それができるのは、ウルカ様が自分のためだけに戦っているわけじゃないからだ。
「……
「にひひ。なになに、何を示してくれるのぉ?」
「示すのは、力です。私はあなたよりも強いかもしれません」
「……は?」
エルさんの声が冷たい響きとなって修行場にこだました。
空気が冷えわたるのを感じる――それでも、私は彼女に告げる。
「私は「光の巫女」です。私の力を必要としてくれる人が、たくさんいる――それに応えるのが苦しいと感じることもありました。この力をうとましく思うこともありました……それでも!」
”――友達だからよ!この世界で初めて出来た「わたし」の友達だから!”
今でも、この耳に残っている――「光の巫女」ではない私のことを、あれほどまでに強く求めてくれた愛しい人の言葉が。
あれは告白だった。
実際、その後に仲人を務めてくれたシオンちゃんは、ウルカ様を
その言葉で充分。
誰から何と思われようと戦うことができる――そう。
個人的な想いは、もう貰っているのだから。
「私は自分の力から逃げない。その力で、これから全力であなたを殴ります!」
力では私が上回っている――私みたいな、「光の巫女」である以外には何も無かった女が。
――だからこそ、決闘至上主義は間違っているんです。
――私が強いことに、
――エルさんの敗北をもって、そのことを示すッ!
「私はメインサークルの《聖騎士団の盾持ち》をサイドサークル・デクシアに配置転換。続けて手札の《極光の
「手札のスピリットをコストにするスピリット……!知ってるよ、そいつは」
そう――ご存知のはず。
このカードはコストに光のスピリットを使う場合、フィールドではなく手札からコストを支払うことができるグレーター・スピリット。
戦場に輝く
「”それは光り輝く存在で、太陽よりも美しい”――導いて!
《戦慄のワルキューレ
亜麻色の長髪をたなびかせた鎧姿の少女精霊がフィールドに舞い降りた。
ここでランドグリーズの
「《遥かなるナグルファル》で墓地に送った光のスピリット……そのうちの3枚を除外して、ランドグリーズのBPを1500アップします!」
死者の魂――エインヘリアルを解放することで、ランドグリーズは英霊の力を受け継いで剣を研ぎ澄ます。
さらにフィールドに
私は《ヴァルホルの角笛》を唱えることで、墓地に送った《極光の
これで現在の盤面は――。
先攻:エル・ドメイン・ドリアード
メインサークル:
《「
BP1000(+1500UP!)=2500
サイドサークル・デクシア:
《「
BP1000
サイドサークル・アリステロス:
《「
BP1000
エクストラサークル:
《「
BP3000
後攻:ユーア・ランドスター
メインサークル:
《戦慄のワルキューレ
BP2000(+1500UP!)=3500
サイドサークル・デクシア:
《聖騎士団の盾持ち》
BP1000
サイドサークル・アリステロス:
《極光の
BP2500
――ランドグリーズのBPがエルさんのエーススピリットを上回った!
反撃の準備は充分。
この状況で――「壺中天」の世界でも、事態に変化があった。
●●●
先攻:「壺中天」のエル
【ライフコア破壊状態――ゲーム継続!】
アルターピースサークル:
《
BP2000
後攻:「壺中天」のユーア
メインサークル:
《カノン・スパイダー》
BP1700
〇〇〇
箱の中の世界のエルさんは「RINFONE」という奇妙なスピリットを変形させることで、次々に形態変化させていく戦術を取っていた。
向こうの私は変幻自在の「RINFONE」に翻弄されていたけれども……そこに光明が差す!
ザイオンX――シオンちゃんが動く。
スピリットである彼女にしか打てない一手……!
●●●
柔らかな手でユーアの手を取ると――手のひらに指を添えて字を書く。
これって――ひょっとしたら。
「ユー……ア?」
○○○
シオンちゃんは、箱の中の私にコンタクトを取ることで、ウルカ様ではなくユーアであることを思い出させてくれたのだ!
――その代償として戦闘で破壊されてしまいましたが……。
背後の応援席を見やると、ちょうどシオンちゃんが帰ってきた。
眠りから目覚めた彼女はピースサインをする。
いつもながらの無表情だけど、どこか誇らしげな様子である。
私も、こっそりと指でVの字を作った。
「(ありがとうございます、シオンちゃん!)」
ここで記憶を取り戻したためか、箱の中とこちらの視界が繋がったようだ。
――透明な壁越しに「ユーア」と目が合う。
「(私が私を見つめてます……!)」
思わず(遅いよ、私)と目線で抗議した。
その意図が向こうに通じたのか、箱の中で「壺中天」の私が苦笑している。
「壺中天」の盤面では――なぜかライフコアが砕けたエルさん(ウィンドさんの恰好をしている)が
まだエルさんの狙いの全てが理解できたわけではないが――ひとまず、エルさんが箱の中の自分に送ったメッセージについては意味が分かった。
「”互いのライフコアが砕けることはない”。それは、ライフコアも二つに分かれているから……そうですよね?」
「……にひひ。さてさて、どうなのかなぁ?ユーユー、自分で確かみてみたら?」
☆☆☆
「あっ、そういうことなのね?どっかで見たと思ってたんだわ!」
ポン、とウルカは手を叩いた。
「壺中天」の世界でライフコアが破壊されても
――本来は一つのコアが二つに分かれているということは……!
――破壊も同時におこなう必要があるということ!
ウルカの様子を見て、イサマルも楽しげに笑う。
「そや、ウルカちゃんも好きやったやろ?」
「ええ、私もお気に入りなのよ。あれってつまり……」
二人の声が揃う。
「「第7使徒イスラフェル!」やね!」
「そうそう、『瞬間、心、重ねて』!なんだかんだで一番好きかもだわ」
「新劇場版でカットされるのは、当然といえば当然なんだけど。あの辺の真っ当にラブコメしてる感、いいよねー!あと、やっぱり使徒って結局は怪獣だからさ、怪獣を倒す流れが面白いってのがエヴァの大前提だと思うわけよ、うちの考えでは!」
「エヴァンゲリオンはウルトラマン、ってしのぶちゃんに聞いたときはあまりピンとこなかったのだけれど。よく考えたら毎週怪獣が現れて、作戦を立てて倒して、っていうのは確かにウルトラマンっぽいのよね」
「いやいや、エヴァがウルトラマンなのはマジなんだって!アンビリカブルケーブルが抜けたエヴァの稼働時間に制限があるのなんてまんまカラータイマーのオマージュだし、有名なところで言うと第5使徒ラミエルの無機物っぽいデザインは『帰ってきたウルトラマン』に登場する光怪獣プリズ魔をモデルにしてるんだよ。このプリズ魔っていうのが全然動かないのにめっちゃ強いの!というか初代のブルトンや平成の魔デウスなんかもそうだけど、そもそも着ぐるみじゃない造形物系の怪獣はウルトラでは強くなりがちで」
「……あら?」
「……ん?」
ウルカとイサマルは顔を見合わせる。
「「え」」
一拍、置いての静寂。
静寂は――すぐに困惑と衝撃の声に染まった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます