Challenge the GAME!

鏡の前でチェックする。


決闘礼装、ヨシ!

デッキセット、ヨシ!


学内ネット、リンク完了!


鏡面に映る丸い瞳と、私は目を合わせた。


≪登録名:ユーア・ランドスター。決闘礼装「コモン・メンタルガード」をアクティブします≫


「学園」の生徒に配給される支給品。

左腕に装着された、グローブ型のグレーの決闘礼装を見つめる。


「この「学園」がお金持ちの生徒ばかりだっていうのは、お兄様から聞いてたけど……びっくりしちゃったな。みんな、すごい決闘礼装ばかりなんだもの」


アスマ王子の長剣型決闘礼装「ドラコニア」。

イサマルさんの自走車輪型決闘礼装「チャクラ・ヴァルティーン」。

ミルストン先輩の自律飛行型決闘礼装「アグネスヘクトール」。


そして、ウルカ様の籠手型決闘礼装「メーテルリンク」――きらびやかな宝石があしらわれた、まるで宝石箱のような素敵な決闘礼装。


これまで見てきた様々な決闘礼装を思い返して――私は決意した。


「今日の昇格戦で勝って、『ラウンズ』に入れば……オーダーメイドの決闘礼装が無償で支給される!私も、ウルカ様みたいな素敵な決闘礼装が作りたい!」


よーし、がんばるぞ!


私は意を決して寮の部屋を出る。いざ、決戦の地へ!



……………。



「――で、デッキの枚数が1枚足りなかったのね」


「そ、そうなんです……ちゃんとチェックしたはずだったんですけど」


うう……何が「デッキセット、ヨシ!」だったのか。

何を見てヨシ!って言ったんでしょう、私は?


寮の共用スペースでウルカ様やシオンちゃんと合流した私は、昇格戦の会場である修行場を目指して校舎に向かっていた。

その途中で、登録したデッキリストを確認していたんだけど……。


「困ったわね。今から寮に戻ったんじゃ、開始時刻には間に合わないし」


ウルカ様は胸を支えるように腕を組んで考え込んだ。

制服を内側から押し出す大きくずっしりした鞠のような膨らみが強調されて、私は思わずドキリとする。


「……?どうしたの、ユーアちゃん」


「い、いえ!なんでも、ありませんッ!」


逃れるように目を逸らすと、そちらにも弾力ある二つのプリン……じゃなかった、メイド服を着たシオンちゃんがいた。


「うぇあッ!」


「……ユーアが心配。挙動不審だよ、試合前の緊張で」


「大事な昇格戦の前ですもの。緊張するのは仕方ないわ……」


ち、違うんです。

私が考えてるのは、もっとよこしまなことで……!


――なんてことが言えるわけもなく。


「(あぁ、どうして私の周りにいる人は、こんなにきれいな人ばっかりなんだろう……)」


私はあらためて目の前の二人を観察した。


ウルカ・メサイア。

アルトハイネス王国の侯爵家令嬢にして、その正体は異世界から来た大人の女性だという。

それもあるのだろうか――元から同い年とは思えないほどの大人びた容姿の美人だったのが、さらに磨きがかかっているような気がする。


そして、もう一人。


シオン・アル・ラーゼス――またの名をザイオンX。

『ダンジョン』で出会った、知性がある特別なスピリットカード。

今はウルカ様のお付きのメイドとして働いているけど、初めて出会ったときの印象的な姿は忘れられない。色んな意味で印象的だった。そのハレンチ一歩手前のボディスーツ姿も、いきなり誘拐してきたことも……。


こうして二人が並ぶと――包容力ある大人の女の人といった印象のウルカ様と、女性としては背も高くスタイルが良いモデルさんのような美しさのシオンちゃんとで、同じ美人でもまったくタイプが違う。


この二人と一緒にいると、どうしても自信を失ってしまう。

だから、せめて――決闘デュエルでは並び立てるようにしないと。


――なんて、そんなこと考えてる場合じゃなかった!


「ど、ど、ど、どうしましょう。今からデッキの代わりになるカードを入れるなんて……!もう昇格戦が始まっちゃうのに……!」


「ちょっと、ユーアちゃん落ち着いて!」


「提案する。本機を入れるのはどう?」


シオンちゃんは扇のようにカードを広げる。

そこにあるのは大量の《「神造人間ゲノム・コア」ザイオンX》だった。


カードのイラストはどれも無表情のまま両手でピースをしているシオンちゃん。

――こうしてみるとシュール極まりないですね……。


ウルカ様は「たしかに、シオンちゃんのカードはいっぱいから予備はあるわね。でも……」と思案する。


「1枚だけ入れる、という意味では事故要因になってしまうかもしれないわ。シオンちゃんの効果は、コストにすることで同名カードを手札に加えるもの――私のデッキのように、3枚積みしてシオンちゃんに特化した構築にしないと意味が無いから」


私も頷く。


「それに、シオンちゃんのエレメントは地属性ですから。私のデッキは光のエレメントのスピリットにしか使えないサポートカードが多いので……」


「肯定する。本機はあまりユーアと相性が良くない。……我慢する、悲しいけど」


ぷいっ、とねるようにシオンちゃんはいじけた。

私はあわてて彼女に言う。


「相性が良くないのはデッキだけです!私とシオンちゃんは相性バツグンですよ!」


Reallyマジ?」


「マジです!」


Best Friendマブ?」


「マブダチですッ!」


「嬉しい。マブでいようね、ずっと」と、彼女はピースサインをした。


シオンちゃんは表情が変わらないけど、その分だけ言葉はストレートだ。

私はちょっとだけ恥ずかしくなる――自分で言った言葉なのに。


ウルカ様は「それはさておき……どうしましょうね」と話題を戻す。


「ユーアちゃんしか光のエレメントを扱えない以上は、他の人から光のスピリットを借りることはできないし」


「そうですね。スペルかコンストラクトでデッキ枠を埋めるしかないと思います」


「……入れるカードは1枚でいいのか?」と、横から慣れ親しんだ声がした。


そこにいたのは、浅黒い肌をした見上げるような長身の男性。

「学園」の序列第二位の実力者にして、私の大切な家族。


制服の肩にかかるのは漆黒のマント――ジェラルド・ランドスター。

私のたった一人のお兄様!


ここで会えると思っていなかったので、私は嬉しくなった。


「お兄様!今日は用事があって観戦に来れないのではなかったんですか」


「図書館に向かう途中でお前たちが目に入った。それより……デッキのカードが一枚足りないと言っていたな。足りないカードは何だ?」


「えっと……《フォークルヴァングの司祭》を1枚入れ忘れていまして」


「そうか」


お兄様はデッキケースを開けて、一枚のカードを取り出した。


「……なら、このカードはどうだ?」


「これは……!いいんですか、貴重なカードなのに!」


「お前のデッキはすでに完成されている。スピリットが抜けた穴をスペルやコンストラクトで埋めることは、バランスを崩すことになる……。加えて、光のエレメント以外のスピリットが混ざることは事故の要因になるだろう。となれば……俺が出せる選択肢はこの程度しかない」


「この程度、なんて――とんでもないです!ありがとうございます、お兄様!」


「……では、俺はここまでだ」と、去ろうとするお兄様をウルカ様が引き止めた。


「ちょっと待ちなさい。ジェラルドはユーアちゃんの昇格戦を見に行かないの?」


「……ウルカ・メサイア。ユーアが言っていただろう。俺には用事があると」


「用事……って。そんなに大切な用事なのかしら」


お兄様は目を合わせずに言った。


「一学期の学期末が近い。試験に向けて、いくつか調べものをする必要がある――今日はその学習に当てることにする」


「そんなっ……!勉強なんて、一日くらい休んでもいいじゃない。今日はユーアちゃんの大事な日なのよ!?」


ウルカ様はお兄様に食らいついた。

――私のために。

それは嬉しい……けど、お兄様の邪魔をするわけにはいかない。


「いいんです、ウルカ様」


「ユーアちゃん……」


「お兄様。勉強、がんばってください」


「ユーアも頑張ってくれ。……もし『ラウンズ』に昇格すれば、父さんや母さんが喜ぶだろう」


そう言って、お兄様は図書館に向けて去って行った。

ウルカ様は目を三角にする。


「なによ。せっかくの妹の晴れ舞台なのに勉強優先って……」


「お兄様にとっては、それが大事なことなんです」


私が引き取られた家――ランドスター家は貴族ではない平民の家系だ。

義理の父はムーメルティアの中小魔道具メーカーの社長を勤めており、平民といっても生活は苦しくない。こうして「学園」にも通わせてもらっている。


けれども――アルトハイネス王国の『スピリット・キャスターズ』による精霊魔法が多くの国で重要なインフラを担うにつれて、ムーメルティア独自の魔術体系である『Edithイーディス』――魔法を扱えない者でも魔力を充填することで使用できる魔道具の需要は、徐々に低下していっているのが現状だ。


お兄様はランドスター家の跡継ぎを担う者。

「学園」で『スピリット・キャスターズ』を学ぶのも、いずれは義父の会社を背負う身として、アルトハイネスの技術を自分の国に持ち帰るためだ。


「(……ランドスター家が私を施設から引き取ったのも、私が『光の巫女』である兆候をいち早く突き止めたからだと聞いています。家族がいない私を育ててくれた恩を返すためにも――お兄様たちの力にならないと)」


私たちは昇格戦の会場に向かうことにした。

その途中、ウルカ様がぽつりと漏らす。


「……以前、プリンをタダ食いされた時のことを思い出したわ。ジェラルドは言ってたわよね――ユーアちゃんの望みなら、出来るだけ力になるって」


「はい。お兄様は自分も忙しいのに、いつも私を見てくれているんです」


「それなら、ユーアちゃんが「試合を観に来て」って言ったら……観に来てくれるんじゃないかしら?」


「それは……」


――そうなのかもしれない。

私が望めば……お兄様はそうするかもしれない。


「でも、それは出来ません」


私がきっぱりと言うと、シオンちゃんも心配そうな声色をした。


「……ユーアは、応援されたくないの?ジェラルドに」


「応援はしてほしいです。私が決闘デュエルするところを見ててほしい。……だけど、そのためにお兄様の時間を邪魔することはできません」


お兄様は、とても優しい。

仕事が忙しくて家を空けがちな父母に代わって――幼い頃から面倒を見てくれた。


言葉がぶっきらぼうで、口下手だから誤解されやすいけど。

今だって、私が困ってるときには必ず横にいてくれる。


だから、これ以上のワガママは言っちゃダメ。


むしろ――私がこれまでにお兄様にしてもらった分だけ、お兄様に応えなきゃいけないんだ。

お兄様もランドスター家も、『光の巫女』としての私を必要としているのだから。


「(昇格戦。これに勝てば、私もウルカ様やお兄様に並び立てる……!)」


――大丈夫。その期待に、応えてみせます!



☆☆☆



「学園」の本校舎、いくつかある修行場の一つ。

室内スポーツのために作られた体育館のように広い施設――試合の舞台となる一階には、すでに両選手が揃っていた。


『光の巫女』――ユーア・ランドスター。

「学園」の誰もが知る一年生であり、世界で唯一の光のエレメントの使い手。


それに対するのは、現『ラウンズ』序列第四位の実力者だ。

まったくの無名から一か月少しでランキングを駆け抜けてきた、期待の新星である一年生。


エル・ドメイン・ドリアード。

異名は「四重奏者カルテット・ワン」。


それぞれの選手の後方には、それぞれ応援に駆け付けた面々――ユーアの背後にはウルカ、シオン――エルの背後にはイサマル、ドネイト、ウィンド――が集う。


その様子を一望できる、二階の柱の陰に一人の男が立っていた。

まるで隠れ潜むかのように――事実、選手たちからは死角になる位置に屹立している。


隠者の元に、金髪の貴公子が現れた。


「ウルカたちと一緒に応援すればいいじゃないか。どうして、こんなところにいるんだい――ジェラルド?」


「……アスマか」


柱の陰の男――ジェラルドに声をかけたのはアスマ・ディ・レオンヒートだ。

「学園」復帰後、あっという間にその実力を見せつけたアスマの肩には白いマントが飾られている。『学園最強』の証――『ラウンズ』の頂点たる「覇竜公」。


アスマはジェラルドの横に立って、修行場を見下ろした。


「今年の一年生はすごいものだね。僕に勝ったがために、実力不相応に『ラウンズ』入りしてしまったウルカはともかく――イサマルは元より、聖決闘会カテドラルに入ったエルっていう子も、あそこの応援席にいるウィンドっていう子も、連戦に次ぐ連戦で一学期のあいだに『ラウンズ』入りだ。それにユーアさんも続く……といいんだけどね」


ジェラルドは声を潜めて答える。


「ウルカ・メサイアの『ラウンズ』入りは妥当だ。実力不相応などではない」


「へぇ。ジェラルドはずいぶんとウルカを買っているんだな」


「……ウルカ・メサイアのことになると、お前は冷静な判断力を失う。彼女がお前に勝った理由を分析してみたのだが、どうやら間違いはなかったらしい」


ジェラルドは「ふっ」と一瞬だけ笑みをこぼして、真顔で言った。


「惚れた弱みか」


「…………っ!き、君がそういう冗談を言う男だとは思わなかった」


「冗談ではない。残念だったのは、お前の弱点はウルカにしか突けないものであるということだ。……まだミルストン・ジグラートの戦術の方が参考となる」


――ミルストン・ジグラート。


その名前を聞いて、アスマの表情が曇る。


「……先輩が行方不明という話。君も聞いたかい?」


「表向きは家業の都合で休学、ということにはなっているがな。ジグラート家の嫡男が「学園」の管理下で行方不明というスキャンダル――俺やイサマルのような他国の留学生ではなかったから、なんとか隠蔽できたようだが。次はどうなることか」


「おそらくは――『闇』の侵攻が早まったものと見ていいはずだ」


『闇』――ジェラルドの目つきが険しくなった。


「『ゼノンの予言』には、ミルストンのことは記されていたのか?」


「マロー先生に確認してみたが、まったく。……『ゼノンの予言』は万能じゃない。予言が外れることはないはずだが――予言できていない事件は山ほどあるさ」


「……結局、かなめとなるのは『光の巫女』か」


ジェラルドとアスマは、修行場で決闘礼装を構えるユーアに目を向けた。

まだ、あどけない雰囲気の少女にしか見えない……だが、彼女の行く手にあるのは史上最大のアンティ――世界の滅亡を賭けた決闘デュエルなのだ。


「……俺も、ユーアを守りきれるかはわからない。あいつには強くなってもらう必要がある」


「ところで、どうして君はこんなところに隠れているんだ?」


かけられた問いに対して、ジェラルドは口を閉ざす。


「…………」


アスマは不思議そうな顔をしたまま見つめている。

逃げきれないのを悟り、ジェラルドは観念したかのように呟いた。


「……ユーアの弱点だ。あいつは、俺が見ているとプレイミスをよくする」


「そうなのかい?」


――アスマは思い返す。


「言われてみると――たしかに「学園」の退学を賭けたウルカとのアンティ決闘デュエルでも、応援席にジェラルドの姿は無かったね。……まさか、あのときもこっそり隠れていたのか!?」


「そうだ。不正を告発したユーアにお前が声を荒げたときには、思わず飛び出しそうになったが。ウルカ・メサイアに矛先が移ったのでタイミングを逃した」


「あ、あぁ……そんなこともあったな、ははは」


「……今、殴っていいか?」


「暴力反対!だが、あのときはすまなかった」と、アスマは決闘礼装の波動障壁バリアーを起動しながら頭を下げた。


その様子を見て「変わるものだな」とジェラルドは言う。


「お前が人に頭を下げるとは。これも惚れた弱みというのなら、ウルカ・メサイアには存分にお前を篭絡してほしいものだ」


「ジェラルド……!」


「……ユーアも。ウルカと一緒にいるようになってからは、ずいぶんと笑うようになった。俺が応援しなくても、彼女が応援するのなら大丈夫だろう」



やがて、ユーアとエル――二人の決闘者デュエリストが対峙する。

いよいよ昇格戦が始まろうとしていた。



試合に向けて集中するジェラルド――。

アスマは、そんな彼に対して独り言ちた。


「――ユーアさんが変わったというなら。

 君も変わるべきじゃないのかい、ジェラルド?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る