第二章[灼熱炎獄領域イグニス・スピリトゥス・プロバト]

恐れていたアスマ王子の反則宣言

彼女との決闘デュエルは、すでに最終局面。

私にカードを向けるのは一人の少女だった。


栗色の頭髪は、くせっ毛気味の天然パーマのためにふわふわとしたミディアムロング。

くりくりとした丸い瞳と、その細っこい身体つきもあり、一見して小動物じみている子だ。


私と同じように、白と翠で彩られた上質な生地で織られた丈の長い決闘術学院アカデミーの制服に袖を通してはいるが、どうにも決まっていなく、服に着られている――といった印象を受ける。


平民の出と聞いても頷ける、飾りのない素朴なたたずまい。


だが、彼女はただの学生ではない。

この「学園」で唯一、光のエレメントを操る力を持つ伝説に謳われた救世主であり――この世界、乙女ゲーム『デュエル・マニアクス』の主人公でもある。


そう、彼女こそ『光の巫女』――ユーア・ランドスターだ。


「《戦慄のワルキューレ騎士ナイト、ランドグリーズ》で、メインサークルの《金殿玉蝶ブリリアント・スワローテイル》を攻撃!英断のタクティカル・スラッシュ!」


ユーアちゃんの命令を受けて、華麗なる戦乙女ワルキューレは宙を舞い、手にした剣に戦死者の魂エインヘリアルの力を集中させ、一直線に急降下する。

向かう先には黒々と縁どられた蒼銀色の大翼――エンシェント・スピリット、ブリリアント・スワローテイルが待ち受けている。


自身の特殊効果によって墓地からスピリットをゲームから取り除いたことにより、取り除いたスピリットの力を得たランドグリーズのBPはスワローテイルを上回っている――先日のアンティ決闘デュエルのときと同様に――。


だが、【ブリリアント・インセクト】デッキは常に進化している。


今度こそ、スワローテイルを倒されはしない!

私は呪文スペルを手札から唱えた。


介入インタラプト!スペルカード《女郎蜘蛛の計略たばかり》を発動するわ。効果対象はユーアちゃんのサイドサークルにいる《聖輝士団の盾持ち》!」


その瞬間、カードから幾千もの蜘蛛の糸が出現して、《聖輝士団の盾持ち》を絡めとっていった。

粘着質な糸は捕獲したスピリットを引っ張り、そのままクレーンゲームの景品のように空中を運んで、私のサイドサークルへと配置する。

鎧姿の少女兵士の細腕は強靭な糸の力に操られ、抵抗むなしく、手にした盾をランドグリーズへと向けた。


「そのカードはスピリットの制御権を一時的に奪うことで、攻撃対象を他のスピリットに肩代わりさせるスペルカードですね。……そうか。このままではランドグリーズと盾持ちの二体で、同士討ちになってしまいます……!」


「《女郎蜘蛛の計略たばかり》を使用したとき、対戦相手は現在進行中のバトルを中断して、ターンを終了する選択肢が与えられるわ。さぁ、どうするかしら?」


わずかな時間だけ逡巡したが、彼女の判断は素早かった。


「ターンエンドします。《聖輝士団の盾持ち》、戻ってきて!」


ユーアちゃんがターンエンドを宣言し、私にターンが回ってくる。

そのあいだに蜘蛛の糸に捕らえられたスピリットは、懐から自らの小剣を取り出すと、糸を切り裂いてユーアちゃんのフィールドへと戻っていった。


「ユーアちゃんならそうすると思っていたわ。《女郎蜘蛛の計略たばかり》の効果がスピリットに適用されるのは1ターンかぎり。それなら、無意味な同士討ちを続行したりはせず、バトルを中断するってね」


「それでも……これでウルカ様は終わりです」


「それはどうかしら?まだまだ、決闘デュエルはこれからよ!」


「いや、終わりですって。デッキをよく見てください」


デッキ?

彼女の言葉に従い、私は自身の決闘礼装にセットされたデッキに目を落とす。


あれ……デッキが、無い?


ゲーム開始時は45枚のデッキがセットされていたはずのそこには、一枚たりともカードは残されていなかった。こ、これは……!


「ウルカ様のデッキ切れです。『スピリット・キャスターズ』ではデッキがゼロとなってカードが引けなくなった場合には敗北となるわけで……ふふっ……やったー!私の勝ちですー!」


「く、くそぉーっ!あと1ターンあったら勝てたのにーっ!」


王立決闘術学院アカデミー、女子寮の庭園にて。


私は明日のアンティ決闘デュエルに向けて【ブリリアント・インセクト】デッキの再調整をしていた。

ユーアちゃんは、調整用の対戦相手として付き合ってくれていたのだ。


「しかし、ウルカ様も粘りましたね。デッキ切れが起きるほどの長期戦なんて、私も初めてです」


「なにせ、相手は『』だもの。とにかく、まずは生き延びることを考えた調整にしないと……瞬殺されちゃうわ」


「瞬殺……。そんなに強いんですか、アスマ王子って」


「ええ。私とあいつは一応は幼馴染だから、何度か決闘デュエルしたこともあるけど……今のところ、その全ての決闘デュエルにおいて私は先攻2ターン目以内に敗北しているわ。あいつが後攻の場合は、最初のターンから攻撃可能だから――その場合は1ターンキルね」


「1ターン、キル……ですか」


アスマ・ディ・レオンヒート。


このゲームの舞台――アルトハイネス王国の王子にして、王位継承権第二位を有する男。

私やユーアちゃんから見ると一学年上の二年生だが、三年制の「学園」においても二年生ながら『学園最強』を誇ると言われている。


圧倒的な戦術とデッキのパワーから、付いた異名は「覇竜公」。


そして私の明日のアンティ決闘デュエルの対戦相手は何を隠そう、その『学園最強』――アスマなのである。


もし私が敗北した場合は――。


退……!うぅ……どうして、どうしてこうなっちゃったのよー!」


「ウルカ様、大丈夫です!自分のカードを信じれば、きっと勝てます!」


「無茶よー!『学園最強』なんて無理ゲーよぉー!私にはユーアちゃんみたいな(主人公)補正は無いのよー!?」


確実に元の『デュエル・マニアクス』には無かったであろう、ウルカ・メサイアに待ち受ける新たな破滅の未来――それは『学園最強』との退学を賭けたアンティ決闘デュエルだった。


さて、では何故こうなったかというと……。



時間は先日――。

ユーアちゃんとのアンティ決闘デュエルが決着した瞬間まで巻き戻る。


「決着!勝者は――ウルカ・メサイア!」


立会人であるアスマの宣言によってアンティ決闘デュエルは幕を閉じた。


「やったわ……勝った……勝っちゃったわぁ!」


『デュエル・マニアクス』の第一話におけるチュートリアル決闘デュエルで、主人公であるユーア・ランドスターに敗北した悪役令嬢ウルカ・メサイアは、学園を退学し、そのまま破滅する定めにあった。


破滅の運命は――回避された!


決闘デュエルが終わり、対戦相手のユーアちゃんが私を激励する。


「おめでとう、ございます……ウルカ様。ひっく」


「ユーアちゃん……?」


「ひっく……うえぇぇ……うえぇぇぇーん!ごめんなさい、お兄様ぁ……!せっかく、「学園」に入れてくれたのにぃ……ユーアは、兄不幸者ですぅ……!」


ユーアちゃんが大泣きし始めてしまったので、私は必死になだめた。


「どうしたの、ユーアちゃん!?何があったの?」


「何ってぇ……だって、この決闘デュエルは退学を賭けたアンティ決闘デュエルで……ウルカ様も強かったし、私も頑張ったし、最後はとっても楽しかったけど……負けちゃったんだから、私は、これで……退学です……!」


……あ。


そういえば、そうなのか。


自分が破滅の未来を回避することばかりに必死になって、ユーアちゃんが負けたときのことを考えてなかった!


えーと、こういうときは……そうだ、立会人がいたんだった!


「アスマ、何とかならない!?私、ユーアちゃんに退学してほしくなんかないのよ!」


「……はて。僕の記憶が正しければ、この退学を賭けたアンティ決闘デュエルを持ちかけたのは――ウルカ。君じゃなかったかな?」


「そ、それはそうなんだけど……!」


そのときはまだ「わたし」はウルカじゃなかった。

乙女ゲームを遊んでいたはずの「わたし」の意識がウルカ・メサイアと合流したときには、すでにアンティ決闘デュエルが始まっていたのだから。


アスマは、やれやれ――と嘆息する。


「アンティ決闘デュエルの勝敗を覆すことはできない。決闘者デュエリストが賭けるプライドは、そんなに軽いものであっていいはずがない。たとえ非公式であろうと、この僕が立会人を務めているのだしね」


「そこを何とか!」


「……勝敗を覆すことはできない。だが、勝者が決闘デュエルで得たアンティをどのように使おうが、そんなことは立会人である僕が知ったことじゃあない」


……ん?


「え、どういうこと?」


「ったく、相変わらず面白くない女だな、君は!アンティの内容をもう一度確認してみたまえ」


「アンティの内容……」


決闘礼装に魔力を込めて、直前の決闘デュエルの記録を呼び出す。

ええと、なになに?


『アンティ獲得:敗者(ユーア)に「即刻退学」を命じる権利』


アンティは、退学を命じる権利……。そうか、なるほど!


「あくまで得たものは権利だから、私がこれを使わなければユーアちゃんが退学しなくて済むのね!そうなのよね!?」


「ふん。ついでに言えば、権利である以上は放棄することだってできるぞ」


「そっか!じゃあ、放棄するわね!」


ポチポチ、と礼装を操作して、私はアンティ報酬の破棄を決定した。

まだ泣き腫らしているユーアちゃんの肩を揺らして、このことを報告する。


「ユーアちゃん、よく聞いて。アンティのことだけど、権利は放棄したわ!」


「え……?」


「だから、安心して。もう退学しなくて大丈夫なのよ!」


「な、なんでですか?」


ユーアちゃんは喜ぶどころか、純粋に困惑しているようだ。


「なんでって……だって、ユーアちゃんも退学なんてしたくないでしょう?」


「いや、そうじゃなくて……そもそもウルカ様が私に退学を賭けた決闘デュエルをしろって言ったんじゃ……」


「あ」


アスマは首を振って、「だから僕も言ったじゃないか」と横でこぼす。

こ、これは……なんて説明しよう!?


ウルカ・メサイアとして生きてきた15年の記憶をたどるかぎり、この世界には魔法や精霊といった神秘は存在するが――別の人間の意識がいきなり他人の中に入り込むなんて現象は、私が知る範囲では存在しない。

あったとしたら、それはもはや魔法の域を超えているといっていいだろう。


当然ながら、一介の学生の身にそんなことが起きるなんて信じてもらえるわけもなく――ど、どうしよう!?


ユーアちゃんは目を鋭くして私を糾弾する。


「納得いく説明をしてください、ウルカ様。退学しろって言ったり退学しなくていいって言ったり……私に一体、どうなってほしいんですか!?」


「そ、それは……そう……そう……」


「そう?」


「そう……相変異よ」


そうへんい?


ユーアちゃんも、アスマも、大広間に集って観戦していた学生たちも、一同が頭に「?」マークを浮かべているのが見える。

ええい、こうなったら突き進むしかない!


「いいこと、ユーアちゃん。ある種のバッタは長い時間のあいだ個体群の密度が高まった状態にいると、長い羽根と高い飛翔能力を持った「群生相」と呼ばれる姿に変身することがあるの。こういった姿に変身したバッタは時に数百億匹もの群れとなって空を飛び、農作物や自然植物を食べ尽くしてしまうわ。いわゆる『蝗害』ね。昆虫の中にはこういったバッタのように、生活条件によって通常とは異なる習性を獲得する生き物がいて、これを相変異と呼称するのよ。わかるかしら?つまり、一夜にして一人の人間が正反対の異なる人間になってしまうことも、大自然の理のことを考えればごく自然な現象なのよ。私も変身したのよ。一夜どころか決闘デュエル中にね。だからユーアちゃんは退学しなくていいのよ。ね?

 理解できたかしら!!!」


「は、はい???理解、できました???」


ユーアちゃんはまんまるな目をグルグル回しながら頷いている。


おっと、そうだ。

そんなことよりも、やらなきゃいけないことがあったんだった!


「ユーアちゃん……ごめんなさい!」


私はバッタのように跳ねると、地面にスライディング着地しながら土下座の姿勢を取った。

「わたし」が前の世界にいた頃にもよくやっていた、伝統的な謝男シャーマンによる謝罪の姿勢だ。


「ウ、ウルカ様!?」


「教室で足を引っかけたり、上履きに画鋲を入れたり、すれ違い様にはやし立てたり……ユーアちゃんのデッキに、勝手に寄生虫パラサイトカードを仕込んだりして本当にすみませんでした!二度としません!ごめんなさい!」


侯爵令嬢が衆目の下で土下座したことで、大広間はどよめきに包まれた。

たしかに、これでメサイア家には何かしらの噂がいくかもしれない。


だが、そんなことは知ったことか。


たしかに「わたし」はウルカ・メサイアになったばかりで、ウルカが嫌がらせをしていたときのことは「記憶で知っている」というだけの状態――言ってしまえば、現実感が伴わない状態だ。

それでも、そんなことは被害者であるユーアちゃんには関係ない。


ユーアちゃんが傷ついて、そのことで謝ることができるのがウルカわたしだけなのだから、まずは彼女に謝らなければいけない。

そして、二度とそんなことをさせないために、今度は取り巻きの人たちにも話しておかなければ……。


ウルカ・メサイアである自分から逃げないこと。

まずはそのことを果たしていかなければならない。


これは破滅の未来を回避しようと回避しまいと、私がやらなければいけないことだ。


そうして私が土下座していると――ふと、目線の先の地面に影が差す。

顔をあげると、そこでは――ユーアちゃんが、くすくすと笑っていた。


「私、さっきの相変異っていう話のことは、その、よくわかりませんでしたが……今のウルカ様が、別の人になったっていうのはわかる気がします」


「ユーアちゃん……!?」


まさか、今の私に起きている現象について知っているのだろうか。

と、思ったが――どうもそうではなかったらしい。


「正確には、別の人に見えるようになりました。さっきの決闘デュエルで、本当のウルカ様がどういう人だったのか――そのことがわかった気がしたんです。どんなときにも諦めず、自分のカードとスピリットたちをまっすぐに信じる。自分で言うのもなんですけど……私たちって、似た者同士なのかも」


ユーアちゃんは私に手を差し伸べた。


「私はウルカ様を許します。もう、カードを勝手にデッキに仕込んだりしちゃダメですよ?」


「……ありがとう!」


私はユーアちゃんの手を握り、立ち上がる。

良かった。全てが丸く収まったみたい。


と、そんなところで――わざと調和した空気を乱すように――。

くっくっく、と耳障りな音を立てて笑う男がいた。


「……アスマ。何よ、まだ言いたいことがあるの?」


「別に。ユーアさん、良かったね。これで君が退学することは無くなった。もっとも、仮にウルカが退学させる権利を行使したとしても、『光の巫女』を退学させるなんてことはさせなかったけどね。たとえ、どんな手を使おうとも、さ……」


「さっきまで『決闘デュエルの勝敗を覆すことはできない』なんて、御立派なことを言ってたくせに」


私が毒づくが、アスマは気にもしない。


「さて。ユーアさんがめでたく退学を免れたところで、僕からも一つ、報告させてもらおうかな。今回のアンティ決闘デュエルにおいて、立会人であるこの僕――アスマ・ディ・レオンヒートの名の元に」


アスマは、ここで初めて敵意のようなものを露わにした。

その眼光に貫かれ、私は悪寒を感じた。


嫌な予感がする。


緊張感が周囲へと伝播していく。

ざわついていた周囲の学生たちも、徐々に静かになっていった。


静寂に包まれた大広間。

音一つ無い空間。


冷たく無機質な王子の声が、そこに託宣の如くに響き渡った。



「ウルカ・メサイア。君を決闘デュエル中ので弾劾する」



これが、私の元にやってきた――次なる破滅の未来の姿だった。

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