第10話 エリート課長、呂蒙の憂いを呼び起こす

第二幕、ここから呂蒙は諸葛孔明の真意を探るべく、伊籍に仕掛ける。同盟のどの字でも口に出した時点で伊籍は負ける。だがしかし、伊籍は同盟を復活させねばならない。果たして伊籍は同盟という言葉を用いず、呂蒙に同盟復活を納得させられるであろうか。


呂蒙『帝位のことは前都督の思いとして受け止めるとしよう。して伊籍殿が参られた理由はそれだけかな?』

伊籍『と、おっしゃいますと、それ以外にあるように聞こえますが。』

呂蒙『なに、貴国が関羽殿を筆頭に樊城攻めをしたと聞き、また荊州に何か起こそうとしておられるのかと思ってな。』

伊籍『偶然…にしてはよくできておりますな。都督の思いもよくわかります。しかしながら私が参りました理由は魯粛殿の思いをお届けするだけにございます。』

呂蒙『そうか、それならば良い。して前都督は我が国に何を遺そうとしておられたのか。法を以てすとはどのような意図があるのであろう。』

伊籍『都督は韓の国と秦に仕えた韓非をご存知でしょうか?』

呂蒙『寡聞にして知らぬ。前都督からは会うまでアホだと思われておったしな(笑)』

伊籍『魯粛殿はなかなか厳しいお方なのですね。』

呂蒙『厳しさもあるが何より国を思う素晴らしい方であったよ。過去形で語らねばならんのが残念で仕方ない…』

伊籍『魯粛殿は国を統治するには法の力を借りるべきであるとおっしゃっておられ、韓非もまた法を大いに利用すべしと説いた人物でございます。』

呂蒙『法というのは決まり事のことであろう。決まり事であればすでにある。今更何が必要と言うのだ。』

伊籍『その決まり事は身分を問わず適用され、緩めたり厳しくしたりされておりませぬか?』

呂蒙『ふむ…その時々によって異なることもある。だがそれは悪いことではなかろう。機を見、人を見、適切な判断を為すのは将の務めでもあろうよ。』

伊籍『では愚者が将であった時、都督はその判断に身を委ねることができましょうか?』

呂蒙『愚者はそもそも将には成れぬ。』

伊籍『都督は袁家をどのように評価なされますか?』

呂蒙『………どちらかと言えば愚者であろうな。なるほど愚者でも将には成り得るか。』

伊籍『法とは都督のように的確に判断ができる方を基礎として、その方の判断を明文化したものでございます。そして愚者でもその文書に従い、的確な判断を下せるようにするのでございます。』

呂蒙『伊籍殿の言わんとすることは承知した。つまり我が君がまだご顕在の時に、我が君の考え方を法にして、将来に渡り我が君の考え方から外れぬようにすることが国にとって重要であると言いたいのであろう。』

伊籍『ご明察畏れ入リます。あえて一つ付け加えるなら、そのお考えを身分や状況に関係なく、絶対的に執行していくことが法の一番難しいところでございます。』

呂蒙『子が名君である保証は無い。名君であってほしいが、過去の歴史を見るに暗愚な君主は多くおったからな。なるほど法が国を救うか…まだまだ私は前都督には敵わんな。』

伊籍『魯粛殿は貴国内の地方豪族たちを統制するには強い力が必要であり、強い力は名君にのみ備わる資質のようなものであるとおっしゃっておられたそうです。』

呂蒙『孫家が末永く続くように、子がたとえ暗愚であっても法により判断を誤らせぬ体制を作ることが国を安定させるということなのだな。そしてそれは私の仕事なのであろうな。何と大きな仕事を遺してくれたことか…。子敬殿をうらめしく思うぞ(苦笑)』

伊籍『魯粛殿は貴国の末永い繁栄を願っておられたのでしょう。死してなおその言葉により国を動かす偉大なお方です。』

呂蒙『末永く…か。伊籍殿は魏と我が国が戦えばどちらが勝つと思われる?固い話は抜きにして、この時代に生きる一人の将としての意見を聞きたい。』

伊籍『恐れながら、魏が勝ちましょう。すでに魏は強大になり過ぎております。』

呂蒙『実は私もそう思うておる。末永く…か…』


呂蒙(課長)の目には憂いが浮かぶ。魯粛は末永く呉が繁栄することを望み、呂蒙自身も同様であった。しかし強大な壁が目前にそびえ、その壁を乗り越える力が呉にはないことを呂蒙(課長)は悟っている。

一方、伊籍(課長)は法を語り、法の目的が人によらない統治であることを呂蒙(課長)に気づかせる。そして呂蒙から意味深な「間」を引き出すことに成功する。

あと一歩、いや、あと半歩で第二幕は閉幕しそうである。


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