第11話 エリート課長、呂蒙を動かす

強大な魏と争っても勝ち目は無い。わかっていたことだが、避けようとしても避けられないその日は必ずやってくる。


呂蒙『呉の未来に思いを馳せれば、必ず魏との戦に辿り着く。魏との戦を避ける手段は無いものかな…』

伊籍『貴国と同じ悩みを我が国も抱えております。』

呂蒙『まぁ、そうだろうな。だが貴国は約束を違える。約束を違える国と同じ未来を見ることはできん。』

伊籍『孔夫子(孔子のこと)のお名前を聞いたことはございますか?』

呂蒙『さすがに孔夫子くらいは知っている。』

伊籍『孔夫子はその書の中で【過ちて改めざる是を過ちと謂う】と言っており、また【過ちては改むるに憚ること勿れ】とも言っています。約束を違えた我が国は過ちております。憚ることなく改むる所存でございますれば、真の過ちに至るかどうか、都督のその目でご覧いただきたいと願わずにはいられません。』

呂蒙『伊籍殿は貴国が我が国に何をしてきたかご存知であろう。いかに改める機会を与えたとて、本当に改めるか疑わずにおられん。疑念というものはそう簡単に払拭できるものではないのだ。』

伊籍『魯粛殿は貴国と我が国の架け橋でございました。私も都督同様、これを過去形で語らねばならないことが残念でなりません。魯粛殿がなぜ我が国が過ちても寛大に譲歩を繰り返してくださったのか、その意に思いを馳せると私は蜀の将として恥ずかしくて仕方ありません。それは軍師諸葛孔明も同じでございます。諸葛孔明はこの過ちを改め、魯粛殿に報いるため荊州をお返しすると約しております。』

呂蒙『なんと!再三に渡って応じなかった荊州を返すと言うのか!さすがにそれは信じられぬ。』

伊籍『都督もご存知の通り、荊州は交通の要所。平野と水運に恵まれ、実りも多き地にございます。魏の曹操も許昌、洛陽に近いこの地を要所と認識しておりますれば、兵力を割かずにはいられません。ゆえに軍師は樊城と襄陽を二国で攻める策をすでに思案しております。』

呂蒙『攻めるにしてもそれでは荊州を返すことにはならぬであろう。』

伊籍『魏にとって一番嫌なことは何だと都督はお思いになられますか?』

呂蒙『それは貴国と我が国が手を取り、対抗してくることであろう。曹操も一度に二国を相手にするのは苦しいと見ている。度々、我が国に使者を送ってくるのはその証左であろう。』

伊籍『では、樊城と襄陽に貴国の旗1つ立てるのと、襄陽に貴国、樊城に我が国の旗を立てるのとでは曹操はどちらを警戒するでしょうか?』

呂蒙『………、後者であろうな。目と鼻の先にある城に他国の旗があれば常に警戒せねばならぬ。どちらかの国を懐柔し、自軍への協力を約させねば迂闊に手は出せぬであろう。貴国が裏切らぬ保証は無いがな。』

伊籍『それが裏切れぬのでございます。』

呂蒙『その保証は無いであろう。』

伊籍『我が国は樊城のみ領有を認めていただきたいのでございます。その他の地はすべて貴国にお返しいたします。』

呂蒙『何を馬鹿な。樊城は孤立し、何もできぬではないか。我が国が裏切れば樊城は容易に落ちるばかりか、樊城に留まる者には死が待ち受けるだけではないか。』

伊籍『大王はなぜ関羽の子を望まれたのでしょうか?』

呂蒙『!!!なるほど、そういうことか。樊城は我が国への裏切らぬ証ということなのだな。子ではなく、城一つ丸ごととはなかなか怖いことを考えつくものだ。』

伊籍『巴蜀への自由な交通をお認めいただけるのであれば南郡はすべて貴国にお返しいたします。無論、貴国との交易のためでございますが。』

呂蒙『いやはや、諸葛孔明殿は面白いことを考えつくお方だ。交通については保証しよう。交易は必要であるしな。自由な交通は街を発展させる。』

伊籍『ありがとうございます。しかしながらそれも樊城と襄陽が落ちれば…という前提のことです。』

呂蒙『子敬殿の遺した言葉と未来の我が国のためには魏と組むのは下策ということは理解した。ならば私の行うべきことは一つだ。貴国との同盟を復活させ、荊州を我が手にすることだ。』

伊籍『魯粛殿がお嘆きにならぬよう、此度の約定には諸葛孔明が自ら貴国へ参上いたします。魯粛殿が遺された架け橋、無駄にはいたしません。』

呂蒙『よし!伊籍殿はこのまま我が君の元へ参られよ。私からの添え状を用意しよう。』


同盟復活は成った。蜘蛛の糸ほど細い道を渡りきった伊籍は呉蜀同盟の立役者として、後世に語り継がれるであろう。

………って課長の一人舞台なのに見入ってしまった。呉の未来を思えば魏がちらつき、魏がある限り呉には明るい未来が無い。そこを呂蒙にどのようにわからせるか、同盟という言葉を出さず、最後まで走りきった伊籍には感嘆を覚えざるを得ない。

残すは孫権。課長は王手をかけたのである。

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