第2話 エリート課長、退却の理由を語る

于禁と龐徳に勝ち、これから!という一番勢いがある時の退却。兵士はもちろん、他の武将にも理解が得られない気がする。

課長に聞いてみた。なぜ?と。


「お前なぁ、自分とこの兵士だけで三万もおるのに、捕虜で追加で三万やぞ。どうやって食わしていくねん。まして兵糧を追加で輸送してくるのは糜芳と傅士仁や。ある日俺がお前に『あ!予算倍になったから明日追加予算の手配よろしく!期限は三日後な!頼むで!』って言ったらどうするよ?『ふざけんなアホ上司が!追加予算なんてどこから捻出すんだよ!クソが。』と思うだろ。それくらい無茶な話なんだよ。三人が六人になるのとは規模が違うからな。補給が確保できないってのはイコール負けだ。負け確定で戦を続けるのはアホのすることや。でも関羽は戦を継続した。なんでやと思う?」


課長の問いにうーんと考えてみたが、答えが出てこない。関羽は孔明加入前は軍師の役割もこなしていたし、良識ある武将だと言われている。なんでですかね?と課長に返した。

「お前の言う通り関羽はアホやない。勝ち負けの算段ができる部類の武将やと俺も思う。でもな、戦に勝つ三要素『天の時、地の利、人の和』の一番重要な人の和が欠けとることに気づいてなかってん。俺らは歴史を知っとるが故に人の和が欠けとることに気づけたが、当の本人は問題ないと思っとったんとちゃうかな。まさか糜芳が裏切り、呉が攻めてくるとは思ってなかったんやろ。呉の陸遜が関羽を油断させとったっちゅう話もあるしな。せやから何とか補給が間に合い、ギリギリいけると考えたんやろな。」


戦い続ければ負ける理由はよくわかった。でも樊城を落とすために一時退却しても前進はない。工作員潜入だけでも上手くいく保証は無い。退却の先に何を見ているのか?課長に聞いてみた。

「この退却にはな二つ理由があんねん。一つは劉備と孔明への報告、もう一つは呉との同盟復活や。別に樊城を落とすのが蜀である必要は無いんや。もともと荊州は呉に返す約束やったんやし、呉が樊城と襄陽を落とせばええねん。

あのな、三国志は魏の国力が蜀と呉を足しても上回ると言われとる。蜀が魏と呉の二国相手に戦って勝てるわけがない。蜀が漢中から長安、呉が荊州と徐州から許昌を狙うのが最善なんや。魏と組むのは下策中の下策やと孫権にわからせ、荊州をくれてやるのが同盟復活の鍵やと俺は思うとる。」


いや、課長、孫権にとってみれば曹操と組む方が有利ですし、約束を反故にした劉備と再度組む必要ないんじゃ?と言いかけたら

「アホか。三国のパワーバランスが一強とその他二国の場合、一見、一強と組む方が楽に見える。でもな、その他二国のうち一国が潰れたら、一強とその他一国や。強者が弱者に遠慮する理由がどこにあんねん。その他一国も滅亡するか属国になるかに決まっとる。戦国の世にそんな甘さは無いで。それくらい孫権にもわかっとるはずや。要は落とし所なんや。孫権に『しゃーないな』と言わせ、周りの配下どもにも納得できる落とし所をくれてやれば同盟復活は不可能やない。」


この課長、やはり只者ではない。

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