猫のハルと陽

立樹

猫のハルと陽

 仕事が押して、夜遅く家に帰ってきた。

 一月もこのあいだ終わった思ったのに、もう二月も半ば。あっという間に三月だ。

 このところ、寒暖の差が激しい。四月かと思うような陽気だったのに、今日は底冷えのする寒さ。天気予報では、明日の天気は雪だそうだ。


 触ると氷のような、ドアノブをに手をかけて、マンションの部屋へと入った。

 扉を開けると、

「みゃーん」

 と、猫の声。俺を見上げながら顔をすりつけてくるのは、飼い猫のハルだ。

「みゃみゃ」

 手の甲でそっと頭をなでると嬉しそうに鳴いた。くつを脱いで中に入る。ハルは歩く俺の足の間を縫うように歩いてく。踏みそうになるけれど、踏むことはない。でも、つまづくことはよくある。

 手を洗ってからリビングで、ぐるぐるのどをならすハルを、ひとしきり撫でていると、チャイムが鳴った。

「お、来たな。よかったな、ハル。ご飯がきたぞ」

「にゃー」

 ハルは、俺の膝の上に手を乗せて抱っこをせがんできた。

 抱き上げ、玄関へと向かう。


 扉をあけると、ビニール袋を下げた、あきらが藍鼠色のコートの下はパーカーといったラフな格好で立っていた。

 俺はといえば、まだ、スーツだ。

「いらっしゃい」

 と出迎えると、陽の目線は俺じゃなくて、ハルへと注がれている。しかも、やにが下がったゆるい笑みを向けて。

 

「おう、ハル。ごはんだよ」

 と言うので、

「おい、こっちに挨拶なしで、ハルかよ」

 内心、ハルにやきもちを焼いた。


「ハル」

 陽が声をかけて一歩近づくと、ハルは俺の腕からスルッと抜け出し、リビングへと駆けていった。

「まだだな」

「あー、いつになったら、慣れてくれるんの」

 ガックリと肩を落とす陽の背を押して、中へと促す。


 ハルはといえば、キャットタワーの箱の中から顔だけ覗かせていた。

「ハル、ご飯」

 俺がハルを呼ぶと、行きたそうなそぶりはみせるものの、動こうとはしない。

 陽は大の猫好きだ。けれど、実家では猫が飼えないから、こうして頻繁に俺の家へと通い、餌づけ作戦を実行している。

 ハルは警戒心が強く、来客があると、必ずどこかへ隠れてしまう。

 今、顔だけだしているのは、少しは慣れてきた証拠だろう。

「陽、猫缶あげたら?」

「おう!」

 コートを脱いで、腕まくりする陽が可笑しくて笑う。

「笑うな」

「へい、へい」

 俺は、着替えるために隣の部屋へと移動した。

 陽がハルを呼びながら猫缶をあける音が聞こえてきた。


 リビングに行くと、勢いよく食べているハルを、嬉しそうにしゃがんで見ている陽の姿があった。

 

「明日も来るんだろ?」

 俺も陽の隣にしゃがみながら聞いた。

「いや、明日は来ない」

 ここのところ、毎日来ていたから、戸惑った。

 戸惑うこと自体おかしいのだが。

 あれ、なんで、来ないだけで寂しく思うんだろ。

 寂しいって何だ?


 陽は、柔らかく笑った。

「そんな顔してくれるなんて、これも餌づけ効果か?」

「……。ちょ、ちょっと待て。陽。餌づけってハルだろ?ん?俺?」

 動揺する俺に、嬉しそうな顔をしている。


「両方。来ないって聞いてがっかりしてくれた?」

 分かってて聞いてくる顔に、ムカッとしていると、ご飯を食べ終わったハルが、俺と陽の方へ顔をこすりつけてきた。

 いつもは、俺の方にだけ来ていたのに、今日は陽の方へも愛想を振りまいている。

 陽は、初めてのハルの頬ずりに、顔を紅潮させ、ハルに抱きつこうとしたところで、猫パンチをくらっていた。

 笑うと、陽も嬉しそうに笑う。


「がっかりなんてしない。だって、また来るんだろ?」

 膝に乗ってきたハルを撫でつつ、陽を見ながら聞いた。


「ああ、来るよ。俺が寂しいからね」

 陽は、いとおしそうにハルを見ながら言った。

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猫のハルと陽 立樹 @llias

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