第58話 強くなること

「皆を探しにいくぞ!!てゆーかお前らも目ぇ覚ませって!

もともとお前らだって、アマテ……女王に会いに来たんだろ本当は!」



猫又と河童は相変わらず鼻歌を歌いながら言った。



「私たちはもう諦めたんだってば。

もう今となっては、なぜクイーンにお会いしたかったのかも思い出せないよ〜」


「この森に長いこといると、自我がなくなるのさ。何もかもがどうでもよくなるんだ。」


「だからもう僕らは楽しいことしかしないことにした!」


「うんうんそのとーり!諦めることは幸福への入口さっ」



俺はグッと歯を食いしばり、まずは虎太郎に向き合った。

ボーッとしていてどこを見ているのか分からない目だ。


「なぁ虎太郎。お前のことは確かに……俺が半ば強引に引き入れたようなとこはあるよ。でも、やっぱり俺には虎太郎が必要なのは本当だから……だから最後まで一緒にいてほしいし、」


「最後まで……?」


「うん、そうだよ、もちろん……」


虎太郎は数秒沈黙したあと、呆然とした表情のまま小さく話し出した。


「俺は……仲間なんて要らないんだよ」


俺はずっと疑問に思っていた。

一番最初に虎太郎を誘った時も、二度目に説得した時も、虎太郎は頑なに仲間入りを嫌がった。

それがやけに不自然で、「なぜそんなに仲間に拘る」と言ってきたわりには、虎太郎のほうがむしろ拘っているような気がしてならなかった。


「よかったら聞かせてくれないか?

どうしてそんなに誰かと行動することを拒むの?」



いつもの虎太郎だったら確実に、うるせぇと一蹴するのだろうが、この空間にいると誰もの真の心の内をさらけ出すようだ。



「俺の母親は、俺を産んですぐ死んだらしい。

……誰でも当たり前にいる母親の存在が、俺には無いことがずっとコンプレックスだった。」



あれ……?虎太郎の母親は安達家の正妻なはず……

まさか生まれた時から母親を感じたことすらなかったとは思わなかった。



「俺が小3くらいの頃、親父が女を連れてきた。

一緒に遊んでくれて勉強してくれて飯を作ってくれて……

一緒に暮らし始めて、俺にとっては生きてて一番嬉しい出来事だった。ようやく俺にも母親ができたんだって。

ずっと望んでいた、欲しかった存在を手に入れたと思った。」



言葉を失う俺に聞かせる感じではなく、ただ呟くように虎太郎は続ける。



「でもある日帰宅したら……突然居なくなってた。

たった半年も経たずに、俺の前から姿を消したんだ。」



その時の気持ちは、多分俺にも少しはわかる。

俺だってある日突然、両親が消えたから。



「その衝撃は、俺には強すぎた。

今でもあの頃の喪失感と絶望感が、トラウマみたいに離れない」



虎太郎の声は、静かながら少し震えていた。



「だから……それから俺はずっと……

戻れなくなるのを恐れてる。」



「戻れなくなる?」



「元々1人でいた頃の、あの感覚に……。

急に自分のそばから、今まで一緒にいた奴がいなくなって、1人に戻れなくなるのが怖いんだ。」



俺は、出会った時に和巳が言っていた言葉を思い出した。


" 誰ともつるまずたった1人で喧嘩請負いとかしてて、ここらじゃ誰もに恐れられてる、一匹虎だって……"



「だから俺は、仲間なんていらねえ。

そこら辺のクソみたいな連中とのテキトーな付き合いだけでちょうどいいんだよ。

お前らみたいなのを、これ以上知るのは……はっきりいって怖い。

今ならまだそんなに傷つかないでいられるんじゃないかって思うから……だから、」



「なぁ虎太郎。だったら誰も失わない力をつけて、少しでもその不安を減らせばいいんじゃないか」



「……あ?お前に何が分かるんだよ」



「分かるよ。俺だってガキの頃、突然父親も母親も同時に亡くしたからさ。」



虎太郎の目が、強ばったように見開かれる。



「だから分かる。失うくらいなら、初めから何も手に入れない方が楽だって思い込むこと。

でもそれは違うって、俺は最近ようやく気が付いたよ。」



俺の中に、和巳や駒子やユーゴの笑顔が浮かんだ。



「大丈夫だよ、虎太郎。大丈夫。

俺らはこの先、もっともっと強くなる。

虎太郎のそばからいなくなったりなんかしない。

強いんだよ、俺たち。」



" 弱い奴らと群れるな虎太郎。

お前は強くあらねばならない"


幼い頃からそう言われて扱かれてきた

父親の姿が虎太郎の脳裏に浮かぶ。


欲しいものはいつだって脆い。

脆いものはすぐに壊れる。無くなる。いなくなる。


だったら初めから、欲しなければいい。

失うのが怖いから。


" 強さだけがこの世で唯一信用できるものだ。"


ずっとそう信じて疑わなかった、父親の言葉。


自分さえ強ければ、何があっても傷つかない。

何かを失うことを恐れるのは、自分がまだまだ脆くて弱いからなのだと思っていた。

そんな自分に常にイライラしていて、他者にそれをぶつけていた。




「俺らは皆、"仲間" がいるから強くなれるんだ。

誰かと親しくなることは、弱くなることじゃない。

大切なものを増やし、守るために、強くなることなんだよ。」


恐怖と戸惑いと希望……

それらが全部入り交じったような虎太郎の顔を真っ直ぐと見つめる。


俺はきっと、虎太郎じゃなくて

本当は自分に言い聞かせている。



「未来なんて怖くない。仲間がいるから。」



恐れることは唯一、自分の可能性を潰すことだと。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る