第53話 腹の子に迫る危機



しかし俺は後日、衝撃的なことを目の当たりにすることになる。


兄からの連絡で俺は急遽、デンに乗って超特急で東京へ帰った。


そこは病院。


兄の妻、由香里さんが倒れたというのだ。


院内には既に、兄と妹と祖父、がいた。



「昴……!随分と早かったな……」



嫌な予感は的中していた。



「やられたな……」


俺の耳元でデンがボソッと呟いた。



「な……なんだよこれ……っ……」


俺とデンには視える。


ベッドに横たわっている由香里さんは、

黒くおどろおどろしいオーラに包まれていた。


一目見て直ぐにわかった。


これは、大嶽丸の仕業だと。




「散歩していたら突然倒れたんだ……

今まで具合が悪そうな予兆なんて一切なかったのに……

医者も、全く異常がないと言ってる。

一体何がどうなって……」


「大也兄ちゃん落ち着いて。

由香里さん疲れちゃってるだけかもしれないし……」



兄と妹のやり取りに俺はギュッと胸が締め付けられる思いがした。


違う……。これは俺のせいなんだ。

ごめん……




" 全部知ってる……"



ふいに、ヤモメの言っていた戯言を思い出した。



" お前らの顔も…家族も…場所も…

何をしようとしているのかも…全部…全部……"



「………。」


俺はゆっくりと由香里さんに近付いた。


寝ている彼女に、塩玉真珠を付けている左手をスっとかざす。


影は、ズズズ……と何度も引き込まれるような押し引きを繰り返す。


「っ……」


なんだこれっ……

すっげー重い……っ……



「昴……?」

「昴兄ちゃん……?大丈夫?」



少しずつ塩玉がそれを吸収していくのがわかるのだが……


痛くて息苦しい……!

今までにないほどの重圧……!



普段はこの手を近づけるだけで簡単に吸収できるのに……

これは完全に規格外!いや……そもそもの種が違う……!



「っ!!はぁっ……はぁ……」


3分の1も吸収できなかった……!



「は……さすがは奴の妖術といったところか。

何度も宣戦布告されてやがるな昴よ」


デンの声が、耳鳴りと共に聞こえる。


くそっ……

家族にまで手を出すなんて!!

両親まで殺した上に今度は……


このままじゃお腹の中の子も……!

どうすれば……っ!



兄と妹と祖父がこちらを心配そうに伺っているのに気が付き、ハッとする。



「あ……ごめん……

おまじないでどうにかできるわけなんかないのにな」



「あぁ…おまじないなんかしてたのか…

意味の無いことはやめておけ。何度俺が祈ってることか……」


兄の言葉に皆が視線を落とす。



俺は一度病室を出ると、デンに言った。


「デン、鬼子母神様を連れてきてくれ」


「は?」


「由香里さんを鬼子母神社に連れていった時、鬼子母神様の御加護を受けたろ。

なのに大嶽丸の力を前にするとそれも適わなかったわけだよな?

だから鬼子母神様本人に直接来てもらってこれを対応してもらわないと。俺の力なんかじゃどうにもできない。」


悔しくて、血が滲むほど下唇を噛む。

デンは無表情でそれを見つめている。


「早く行ってくれ!!

一刻も早くしないとこのままじゃ由香里さんもお腹の中の子も死んじゃう!

兄貴のこれからの幸せが全部残酷な思い出になる!」


「わーったわーった。騒ぐなよ病院で。

気が触れた奴に思われちまうだろ」


「……気なんかとっくに触れてるよ……」


「オイラ的には、鬼子母神を連れてきたところでどうにかなるとも思えんがな。

まぁ由香里にはオイラもよく美味いもん貰って世話になってるから、どうにかしてやりてぇ気持ちはある」


そう言ってデンはビュンーと一瞬で消えた。



たった5分後に、デンは鬼子母神と共に現れた。

俺がなにか言葉を発する前に、鬼子母神は壁を通り抜けて由香里さんの病室へと入った。

俺もドアから病室へ戻る。



「大也……ここにいてもいいが、何か食べんと……」


「そうだよ、お兄ちゃん」


兄は祖父と妹に宥められている。


「こんな状況で何か喉を通るわけないだろ…!」


「それでも食わなきゃダメだ。」


そんなやり取りのさなか、由香里さんをじっと見つめる鬼子母神が呟いた。


「これは……妾の手には負えん」


「そんなっ!」


「だが、これ以上取り憑かれなくさせる守護を施そう」



鬼子母神はそう言って瞬時に守りのオーラで囲った。



「どっ…どうすれば……いいんすか……っ

だって前回は鬼子母神様…子供の性別まで配慮してくれただろ?その子供にまでこれが影響していたらっ」


「妾が今止めたので、子にまで毒が回ることはないだろう。

しかし母体が目を覚まさん限りは子も生まれぬ。」


俺が顔を強ばらせると、鬼子母神は冷静沈着な態度のまま口を開いた。


「大昔もあったのだ。このようなことが。

何千人もの人間が、奴によって生気を吸い取られたり、影をつけられたり。

だが妾は基本的に、子を守ることしかできぬ。」



「やっぱり……早く奴を退治しに行かないと……」



「天照大御神様に会いなさい」



俺は目を見開いて鬼子母神を見る。

冷淡な声色と態度だが、真摯を込めて言っているのがわかる。



「断言する。あの御方ならば、この状態を救える。」



その言葉に、俺は希望と恐怖の両方を感じた。

しかし賭けるのはもちろん希望のほうに決まってる。



「……わかった。由香里さんだけじゃなく、こないだの大学の被害者たちも助けてもらわないとだからな。」



俺は拳を強く握って息を吐いた。


やはり天照大御神様に会うことは、今の最優先事項。


何がなんでも、絶対会わねば。

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