第39話 玉藻の前


次の日……


俺たちは部活を早めに上がらせてもらい、さっそく玉藻の前に会いに行くことにした。



玉藻たまもの前というのは、平安時代後期に存在したと言われる最強妖怪である。

若い女性でありながら大変な博識と美貌の持ち主であり、天下一の美女とも、国一番の賢女とも謳われた。


しかしその正体は九尾の狐。

美貌と博識をもって、各国の諸王を破滅させた大妖怪。




「しかしその後、陰陽師に正体を見破られ、白面金毛九尾の狐の姿となって逃亡、その行方を眩ませたんす。」



と、物知りなフクロウのフクは語る。




「幾人かの武士によって討伐されたんすけど、

その九尾の狐の怨霊が殺生石となり、近づく人間や動物等の命を奪い、人々を恐れさせたっつー伝説があるんすよ。」



「いや、普通に怖すぎだわ……

場所は本当に確実なんだろうな?フク」



「そのつもりっすよ。

日蓮宗のあの日蓮さんによって、法華経の力で玉藻前の怨念は浄化され、守護神「九尾稲荷」になったらしーんで、そんな怖がることないっすよ、今は。」



「あ、そう……でもまぁ……松竹ちゃんの言う通りにすればなんとかなるかな」



「はい!ですから今日はこの方に来ていただいたのですよ!これでもう完璧!」



松竹がいつも選ぶ手土産が、今日は特殊だ。


なんとそれは………



「もぉ〜勘弁してくれよぉ〜。僕あの人少し苦手なんだってぇ……」



彦なのである。


なぜ彦なのかは分からないが、

おそらく玉藻の前に気に入られているとかそんなんだろう。



「ありがとな〜彦!俺にも会いたかったんだから良いだろ〜?」


「はぁ……まぁそりゃあ昴には会いたかったけどさぁ。なんであの人のとこなんか……」


「まぁ協力してよ〜。三種の神器持ってるらしいから会わないわけにいかないんだ。」


「はぁ〜……」


にゃ〜と彦の使い猫、テトが鳴いた。



今、俺と松竹と彦とテトがデンの背に乗り、

駒子と和巳とシロがフクの背に乗って移動中だ。



「けど、彦がそんなに嫌がるって、相当やばい妖怪なんだろうな……はー、俺だって本音を言えば普通に怖いし会いたくないわ。日本三大妖怪なんて。」


「玉藻の前様には久しく会っておりませんが、怖い方ではありませんよ?」



いつもの美しい顔を苦くして黙り込んでいる彦を無視して、松竹が朗らかにそう言った。



「えー、ホントに?どのくらい会ってないの?」


「んーーとぉ…………ざっと100年はお会いしていないかと」


「100年んんん?!?!ちょっと大丈夫なのそれ?!もう松竹ちゃんのこと忘れちゃってんじゃねーの?!」


「ふふふふ、たった100年ごときで忘れるような方ではありませんよ玉藻の前様は」


「いやそれにさ……日本三大妖怪の一人だろ?

……あ、もしかして酒呑童子寄りの妖怪?」


「全然違いますが、まぁ少し変わった趣向をお持ちの方ですね」


「えっ、なにそれなにそれ、怖すぎなんだけど」


「念の為、好物の稲荷寿司も持参しました!まぁ彦さんがいれば問題は生じないかと思いますけど」


「おぉ〜。さっすが松竹ちゃんだなぁ。そういうところ抜かりなくて助かるよ」


「すっ、昴様のお役にたてるのならなんでも……」


顔を赤くしてモジモジとし出す松竹。

いやマジでこの子が味方で本当によかったわ。



「げ〜っ!九尾の狐のくせして稲荷寿司かよ!」


「デン、やっぱ絶対お前が変わってるだけなんだよ。

狐はみんな、お稲荷さんが好きなんだって!これ決まってんだよ」


「ンなわけあるかぁ〜っ!パフェ食いて〜!オムライス食いて〜っ」


「おおおおおっと、ちょっとデン揺らすな!ちゃんと飛べよ!ったく!」




「絶世の美貌と絶大な妖力を持つ大妖怪かぁ〜

早く会ってみたいなぁ〜」



こんなふうにウキウキ気分になれるのは和巳だけだろう。

その天然でポジティブな人たらし性格は真面目に羨ましい。


「問題は、玉藻の前が三種の神器の八咫鏡を持っているかどうかですね」


「そのとーりだよ、シロ。

仮に持ってたとしても、普通に渡してくれるかどうか、だ。」



そうこうしているうちに、その場所に到着した。


「え……なにここ……」


え、普通に薄気味悪い山なんですけど。


「うっわ〜お。肝試しに持ってこいだね!」


和巳はまた呑気なことを言っている。

が、本当にその通り、肝試しに最適な場所だ。

感じる雰囲気も明らかに普通じゃない。

まるで1度入ったら二度と出してもらえないような……



「ここの頂上に、九尾の稲荷神社があるっす」



ちょ、頂上て!!



「やっべー。俺今、マジで引き返したい気分なんだけど……」


「オラ、とっとと行くぞ。山登りだ。」


デンはそう言ってシュッと小さくなって俺の肩に乗った。


「はーっ、自分ばっか楽しやがって。」



ひとまず登っていくほか方法はないので俺たちは無言でとぼとぼと山登りをする。

さすがの和巳も最初は何かをベラベラと喋っていたものの、10分後くらいからは荒い息使いに変わっている。

まぁむしろよく登りながら10分もノンストップで喋れていたもんだ。


チラと駒子を見ると、いつものすました顔で息すら切らさずスタスタと先を行くので、マジでコイツバケモンじゃねと真面目に思ったりした。



「うわぁあっ!なにあれっ!」


和巳の声に視線を走らせると、


「あー、なんだヒトダマか。」


通称、火の玉、鬼火。

俺はこういったものには慣れている。

そんな人間いないと思うが、俺はガキの頃からなんでも視えるたちだったので、ヒトダマなんてごまんと見てきた。

それは青白い炎だったり黄色だったり真っ赤だったりそれぞれだが、別にそこに興味は無いから一番最初に見た時も完全にスルーだった。



「にしても多いな……全部赤いし。」


「ありゃヒトダマじゃねえ。狐火だ。」


「きつねび?」



なるほどな。

さすが九尾の狐の最強妖怪。


きっと警戒牽制の意味と守護として灯しているのだろう。


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