第23話 どっちが欲しい?
兄と由香里さんは、絵馬を書いているところだった。
ここの神社の絵馬はザクロの絵が描かれている。
ザクロは赤い実がぎっしりと詰まっていることから、古代から子孫繁栄をあらわす縁起の良い果実の象徴とされている。
「由香里さっ……えっ……」
話しかけようとした瞬間、俺は気がついてしまった。
由香里さんに……かなり大きい負がついている。
それは黒いモヤが彼女の周りで毒々しい渦を巻いていた。
いつの間に?!
狼狽えていると、横から鬼子母神が声を出した。
「ほぉ……まぁ不思議でもないわ。
ここに来ている女らは誰しもあらゆる強い欲望を持って来る。
おおかた、その幸福な態度が嫉妬を買ったのじゃろう」
……そうだった。
ここはほかの神社よりも人の念が強い危険な場所だ。
「おい昴。今こそあのジジイに貰った真珠を使う時じゃねーのか」
デンの言葉に、俺はハッとして自分の腕を見た。
そうか、これが使えるんだった。
俺は由香里さんの背後へひっそりと佇み、塩玉真珠のブレスレットをしている方の手で影を掴むように動かした。
俺は目を見開いた。
なんとそれは、ブワワワワッと吸収されるようにして俺の手の中に入った。
恐る恐る手を開くと、黒い塊の破片のようなものが乗っていた。
「おぉ、まさかこれが……ミッチーの言ってた影玉の破片……」
俺は初めての成功に胸が高鳴った。
これさえ集めて飴玉にすれば仕事中めんどくさい小妖怪がくっついてる奴がいても簡単に対処できるってわけだ!
「ふむ……それは
「あ、はい。貰ったばかりなんです」
「……なるほど。塩神の塩は強力だからな。
どれ昴よ、見ての通り、ここにいる人間らは影をくっつけて歩いている者が多い。
それを全部祓ってみよ。」
「えぇっ?!全部っすか?!」
まぁ正直、そういう人たちが沢山いるのはここに入った時点から気がついてはいた。
こういう場所は負が溜まりやすいから……
「まぁ腕試しにもちょうどいいか。
じゃあ鬼子母神様、これ終わったら、義姉のこと頼みますよっ!」
俺は超特急で負を集め回った。
まぁ考えてみたら、これはかなり良いことをしているのでは?という気分にもなる。
神社だけでなく、学校でも街でも、人間のいるところには負は必ず存在する。
それを何度も見てきたが、今までは完全にスルーしていた。
でも今ではこうして俺は、人助けができるようになってる。
コレって……俺超偉くね?
「ふーっ。このブレスレットがあれば楽なもんだな。」
結果、飴玉は5つも出来た。
「じゃあ約束通り、お願いしますよ、鬼子母神様。」
鬼子母神は、由香里の絵馬をジィっと覗き込んだ。
兄と共にいろいろ話し込んでいたようだが何を書いたのか気になった俺もそっと覗き込む。
" 元気な赤ちゃんが生まれますように。
親子でまたここに来られますように"
「ほぅ……随分と健気なことを書いてくれるではないか。
ところで昴、この者たちは男女どちらの赤子を希望しておるのだ?」
ザクロキャンディをボリボリと食べながら尋ねてくる鬼子母神に、俺は「えっ」と声を出す。
まさかそんなことまでできちゃうのかこの神は……?
「ねぇ、由香里さん。
男の子と女の子、どっちが欲しいとかあるのー?」
俺はあえて朗らかに由香里さんに聞いてみた。
「あぁ……うーん、私はどちらでも嬉しいかな。
でも女の子だったら、いろんなお洋服着せて一緒に買い物行きたいなんて考えたことあったなぁ。
大也くんは?」
「俺は……いや…どちらも捨て難いな……
昔は、いつか息子とスポーツをしてみたいなんてありきたりな願望があったりしたけど、娘なんかももう可愛くてしょうがないだろうし……
だけど娘だときっと、いつか俺は泣くことに……」
「ふふふっ、もう大也くんてば気が早いんだからぁ〜
もう娘を嫁に出す心配〜?」
「いやそれ以前に!いつか彼氏なんか連れてきてみろ!
俺はきっとショックで頭がおかしくなる!!」
「えー、じゃあ息子が欲しいってこと?」
「んんんっ、いや……娘も欲し……いや、息子の方が……や……うーん……やばいどうしよう……こんなに悩んだことないぞっ!」
「まぁまぁ、こればっかりは私たちが決められることじゃないからね。」
「…………だそうです、鬼子母神様……」
「・・・」
鬼子母神は相変わらずザクロキャンディーをボリボリと食べながら無表情で黙り込んでいる。
あんなにあったキャンディーが、もう半分になっていて俺は目を丸くする。
「……よかろう」
「えっ?よかろうって何が?」
鬼子母神は、まだイチャついている兄夫婦にスっと手を翳した。
すると、小さな光がキラキラと迸りはじめたかと思えば、それが由香里さんの腹の中に吸収されるようにして溶け込んで行った。
まぁとりあえずはこれでもう、由香里さんの赤ちゃんが無事産まれてくることは間違いないだろう。
俺はホッとした。
「良かったですね昴様!」
「うん!鬼子母神様、ありがとうございます!今度は俺もザクロキャンディーを持って御礼に……」
「そちの持っているその剣……もしや田村麻呂のものではないか?」
「えっ、あ、そうですよ。実は俺……」
俺は全てを説明した。
「ついに時が来たか……。」
やはり鬼子母神も大嶽丸のことは知っていたようだ。
「……まぁ、そちがあの田村麻呂の子孫だったことは知っていたが。」
「はいっ?!?!えっ、なんで?!」
「雰囲気を見れば一目瞭然じゃ。
あやつは……田村麻呂は……我の友人じゃった。
いや、厳密に言えば、その妻である
俺が目を見開いていると、鬼子母神は「来なさい」とだけ言って歩き出した。
「あっ…、兄さんたち!俺もう少し散歩してから出るから、先に帰ってて!」
「おい昴っ?……ったく相変わらず一人行動が好きな奴だな。いつまでもあんなだから友達できないんだアイツは。」
「でも良い子じゃない。
なんだかここへ来てから身が軽くなった感じがするし……
昴くんのおかげよ。御守り買って帰りましょ」
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