第15話 ウタと塩爺


学校が終わり、帰るため校庭に出ると、待ち構えていたようにデンがいた。

また口元を汚しているのでどこかで何かを貰い、食っていたに違いない。


俺はハァと1つため息を吐いてから、すぐさまデンを抱えあげ、誰にも見られない隅へ移動した。


「今日は誰に何恵んでもらったんだ?」


デンの口を拭きながら一応聞いてみる。


「今日はまぁ、軽〜くだな。

2組の果穂の卵焼きと……そーだ、今日も4組の章宏と麻衣がオイラだけのために弁当作ってきてくれたんだぜ!いーだろ!

あぁさっきそういやメロンパンも食ったな。お前のクラスの有紀が食う暇なかったからってくれた」


「おまっ……あんま人の弁当にたかるなよ。

4組のあいつらはカップルなんだから邪魔しちゃ悪いとか思わないのか?

だいたいどこが軽〜くなんだよ」



彼氏の弁当と共についにデンの弁当まで作るようになったのかあの人…

ムカつくななんか!

女の子の手作り弁当なんてどんだけ価値のある物か分かってないこんな狐野郎に!



「あと俺のクラスの筑波有紀さんは生徒会長でいつも忙しいんだから食いもんとっちゃダメだろ!」


「向こうが勝手にくれるもんなんだぞ?!

人間の諸事情なんかオイラが知ったことじゃねえ!」


「どうせデンがそんな顔してわざと甘えたんだろ?

お前は少し遠慮ってものを学べよ!」


「今日はだいぶ遠慮した方だ!

なんたってこれから宮城県へ美味いもん食いに行くんだからな!」


「おいグルメ旅じゃないんだぞデン!

俺らは塩老翁神しおおじのかみに会いに行くんだろ?!」


全く……と言いながら、とりあえずデカくなったデンの背に乗る。

ビュオンー!と勢いよく飛び立ち、この瞬間から、俺らは透明になって消えた。





数十秒で到着した宮城県。


両親が最後に行った場所。

俺がずっと避けてきた場所。


宮城県も、数々の有名神社や名の知れた神々のいる地。

今まで何度か仕事を依頼されたこともあったにはあった。

しかし、多忙故に気持ち的な問題もあり、ずっと断っていたのだ。


「ここかぁ……塩釜神社……」


なんだか異様な空気が立ち込めている、思っていたよりも綺麗めな神社だ。

しかし、今まで感じたことのないなんとも言えない不思議な感覚がする。


ミッチーの言葉を思い出した。


" あそこは凄いで〜。なんたって日本三奇と呼ばれてる場所やからな〜。"




「ちょ、ちょっと怖いな。

とりあえず御神体の方へ……っておいデン?!」


デンが……消えている!!!

こんな所に突然1人にするなよぉ〜もぉ〜っ!


「おーい!デーーン!」


俺は足早に境内をくぐり、神社内をウロウロする。

先程からなんだか妙な匂いがするのは気のせいだろうか?



「んっ?あ!いた!!おいデン!勝手に置いてくなよ!……えっ?」


なんとデンは、デンと同じくらいの大きさの小さなたぬきとなにやら会話していた。


「ちょーどよかった、ウタ。

紹介するぞ。コイツがさっき言ってた人間の昴だ。

な?馬鹿面だろう?」


「だっれが馬鹿面だコノヤロウ!!」


「昴さんは有名人ですから、お噂はかねがね。

初めまして。ワタクシ、宇訑之御魂神うたのみたまじん、ウタと申します。どうぞお見知り置きを。」


「あ、ここんにちは。はじめまして…」


律儀にペコリと頭を下げるウタは、デンとは違ってとてもお淑やかな雌狸のようだ。

デンと見た目は似たような小動物なのに、デンは見慣れてしまっている上にかなり生意気なせいか、この子がかなりかなりかなーーり可愛く見える。


しかし……この子は狸の神様ってことか!

なぜこんなところに?!



「おいウタ!!テメェ何猫被ってやがんだ!気色悪ぃ!」


「おっ、おいデン!何失礼なこと言ってんだよレディーに向かって!」


俺はヒヤッとしながらデンを咎めた。


すると……


「あっははは!アンタ、デンって呼ばれてるの?!

ちょーーウケるんですけどぉ!!」


先程とは別狸のようなウタに、俺は目が点になる。


「しっかもなにぃ〜?アンタが人間に飼われてるですってぇ〜?やばぁっ爆笑!しかもまさかの坂東昴さんなんてっ!驚き!」


ケラケラと笑い続けているウタに、デンはキレ顔だ。


「飼われてんじゃなくて俺がコイツを飼ってんだよ!

だいたいテメェにゃカンケーねぇだろ!この下品な女狸が!」


ピキっ!とウタのこめかみに青筋が立ち、ボワワッと凄まじいオーラをめらめら滾らせたので、俺はヒッと声が出た。



「なん…ですってぇ……?」


シュワワワワワワー…



「えっ?!?!」



なんとウタは、人間の形をした神々しい女神の姿に変わった。


宇訑之御魂神うたのみたまじん

どうやらこの子の本来の姿は狸ではなく、こっちらしい。



「ほおぉん?やんのか女狸!」


ボワワッー!!


「お、おいっ!」


なんとデンまで本来の大狐神の姿になってしまった。

ピリピリとした空気に、大きく吹く風、禍々しい2人の神のオーラに俺は背筋が凍る。


神という存在が本格的に目の前で力を出していると、やはりその人智を超えた圧には圧倒されてしまう。



「あ…あのぅ〜、う…ウタさん?

うちのクソ狐が大変失礼しました。

よーく言って聞かせときますので、とりあえずあの…用事を済ませてきてもいいですか?

俺、塩老翁神に会わなきゃならなくて」


するとウタは「あぁっ!」と叫んだ。


「アタイも塩爺しおじいに会いに来たんだった!

突然現れたこいつに邪魔されたから危うく忘れるとこだったわ!」


「んだとコラ!てめぇが話しかけてきたんだろぉがっ!!」


「まっ待て待て2人とも!!」



今にも戦いが始まりそうなので俺はあたふたする。

巻き込まれたら絶対に死ぬ。

ある日ニュースで宮城県の神社で高校生不審死…なんてニュースに出んのはごめんだぞ!



「双方とも鎮まらんか馬鹿者!!

儂の神社を破壊するつもりか!!」



突然のその声に、ハッとすると、

なんと傍には見るからに厳格な佇まいの老人が立っていた。


この人が塩老翁神に違いないだろう。

が、ものすっっっごく怖そうだ。

俺は既に先が思いやられていた。



「きゃ〜っ!塩爺ぃ〜!ご無沙汰でぇ〜す♡」


突然この神に抱きついたウタに俺はギョッとする。

しかも…しおじい…とか言ってすごいなこの子……



「んなっ……う、ウタちゃんんんー…!

おぬしまた塩をせびりに来たんか」


「せびりになんて酷くなぁ〜い?

だって塩爺の塩がいっちばん効くんだも〜ん!

塩爺もホントはアタイに会いたかったくせに♡」


「べ、別に儂は…じゃな…そのまぁ、なんというかの……」



しどろもどろな塩爺に、

ポンッ!とウタは拗ねたようにまた狸の姿に戻った。



「ああああっ、すまんすまんウタちゃん!

儂の前ではいつも見目麗しい女神の姿でいておくれ〜」



俺はシラ〜とその状況を見つめる。


こんな怖い顔した厳格な御老人神様なのだが、美人には弱いようだ。


やっぱり神でも、こーゆーのは人間と同じだな……。


俺の経験上、確かに実際そういう神は少なくない。

自分たちから見て美人やイケメンの参拝者には贔屓しようとする神や女神とか。

神曰く、見た目は中身の写し鏡。

中身が良いと、神からは顔も良く写るらしい。


それが、人間と神との違いかもしれないとたまに思う。

神に気に入られる人間というのは、見た目ではなく中身が重要なのだ。



「おぉ、おぬしがミッチィの言っておった坂東昴じゃな」


「……はい、どうも。

さっそくですけど、塩、分けてください。」


とっとと帰りて〜……

昨日の疲れも溜まってるし、兄貴に連絡して由香里さんの日程聞かなきゃだし、何より昼寝してぇー……



「…………。」


「…?」


なぜかジィっと爺さんに見つめられている。

神の目って全てを見透かしてる感じで、ものすっごく居心地悪いんだよな……


てか……突然図々しすぎて怒らせたかな?

や、やべえ……しくったわ!出だし重要なのに!


俺は急いで言い訳を考え口を開こうとした。

が……



「ふむ……人間が儂の塩を持っていく理由はだいたい同じ。邪気や悪念を祓いたいといったところじゃろう」



あれ、なんだ。怒ってないじゃん良かった。

でも何だったんださっきの奇妙な間は……。

まぁいーや。



「まぁ、まさにその通りだと思うんですけど……

俺の場合は飴玉を…いや、負の玉を作るために負を集めなきゃならないんす。」


「ほぅ……なるほどのぅ。

なら儂の塩を使った特別な呪具をやらんこともない」


「じゅ、じゅぐ……?」


「大量に塩を持ち運ぶより効率的だと思うがの。

何度も何度もここへ来られても手間じゃし」


「………。」


神ってホント、どいつもこいつも面倒くさがりなんだな。

まぁ俺もぶっちゃけ、何度もここへ来るなんて絶対ごめんだけどさ。

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