第12話 我が家



ようやく帰宅する頃にはもう日は暮れていて、しかもパラパラと雪が降ってきていた。


家の扉を開ければ、まず最初に必ず出迎えてくれるのは愛犬のプヌ氏。


そう。かつて俺を裏切ってデンの弁護人、いや弁護犬になったあの犬だ。


そのくせこうして毎回、引きちぎれんばかりに尻尾を振って出迎えてくれるから、可愛すぎて結局俺は癒され続けている。




「遅かったじゃないお兄ちゃん!どこで何してたのよもう!連絡も無視するしー!」


「あーごめん」


中学3年生の妹、真珠まじゅ

こいつは幸いなことに、俺と違って普通の人間だ。

最近は化粧なんかを覚え始めたりしていて妙に色気づいてきたいわゆる年頃の今どき女子だ。


「雪降ってるから心配したんだよー!もうー!

それに今日は大事な日って、朝言ったよね?!」


「えー?そんなこと言ったっけ、なんの日?」


俺はスマホを開いてゲッと声が出た。

真珠からの着信が30件も来ていた。

メンヘラか、こいつは。



玄関に飾ってある両親の写真に視線を移す。


真珠は、両親を亡くしてから極度の心配性になった。


俺らの両親は幼い頃に死んだ。

両親はとても仲が良く絵に書いたような善人だったと思う。

ある日2人で旅行に行くといって出かけていき、帰らぬ人となって戻ってきた。

突然の事故だった。

その時の警察からの電話は、俺が受けたことを覚えている。

内容は覚えていない。

ただ呆然と、受話器を握っていたことしか。


2人が旅行に言った場所は、宮城県だった。



ずっと自覚がなかった。

いや、もしかしたら、今も無いかもしれない。

両親がある日突然居なくなるという現実。

なぜか未だにそのことで涙が出たりしたことがない。

両親との楽しい思い出はいっぱいあるはずなのにだ。


どういうわけか俺は、両親とのことを考える時、突然記憶がぼやけて曖昧になる。


たまに思う。

これは全部、夢なんじゃないかって。

俺が普通じゃないのも、両親が死んだのも、祖父と妹と3人暮らしなのも、全部全部……



「……ん?」


俺は靴を脱ぎながら気がついてしまった。


「え!まさかっ!」


俺のでも真珠のでも祖父のでもない靴が2つ、玄関に並んでいた。


大事な日ってまさか……


恐る恐るリビングに入ると……


「おう、昴。遅かったじゃないか」

「お邪魔してます昴くん。待ってたわ」


「あ…兄貴……由香里さん……こ、こんばんは……」


6つ上の兄・大也だいやと、妻である由香里ゆかりさんがダイニングテーブルに座っていた。


兄は昔から成績優秀で、俺の志望校K大よりも偏差値の高い難関大学へ入学し、そこで出会った由香里さんとずっと付き合っていた。

卒業してから兄は税理士、由香里さんは大手企業に就職。

世間では少し年齢的に早い気もするが、相変わらずラブラブだった2人は2年前に結婚し、今では近くのマンションに二人で暮らしている。

由香里さんは美人だし性格も非の打ち所がない。

俺たちに親がいないため、兄が突然抜けることを大いに懸念して、せめて俺たちの家の近くに住もうと自ら提案したそうだ。



「もうほらお兄ちゃん、食事運ぶの手伝ってよ!何ボーッとしてるわけ!使えないんだからァ!」


「あっ!真珠ちゃん、私もやるわ!」


「えぇっ!ダメダメ!由香里さんは座ってなくちゃ!!」


俺は急いで真珠を手伝いながら頭の中で回想する。

そーだったそーだった。

確か先週、次の日曜日の夜は食事会を開くだかなんだかって言って真珠が張り切ってた気が……



「はーい、デンちゃんの分もちゃーんとあるからね〜

っと、プヌちゃんの分もね〜」


デンの存在は一応、ある日俺が拾ってきた狐のペットというポジションで定着している。

デンは家族や親戚から一応気に入られているのでそこはホッとしているが、本当の正体を知ったら驚愕するだろうな。


デンはもうバカスカと食い散らかしている。

狐だろうが神だろうが、礼儀というものは弁えていない。



今日のメニューは和食か……。

ちらし寿司に、鯛の煮付けに、お吸物に……

って……え?!

なんかめちゃめちゃ御祝い御膳的じゃ……


あ……そゆこと。


俺は目の前の兄夫婦を見た。



「あ、えっと……待ちきれずにもう話しちゃったから、今は昴くんだけへの報告になるんだけど……」


由香里さんの言葉に、俺はゴクリと生唾を飲み込む。


「実はね、ようやく授かったの。大也君との子。

今、妊娠4ヶ月。安定期に入ったら報告しようって2人で決めてて……」


やっぱり。と俺は思いつつ、笑顔を作る。


「おめでとうございます」


「キャーっ!もうどーしよーっ!私ついに叔母になるの?!こんなに若くて可愛いJK叔母ってどうなんだろう?!」


真珠は案の定興奮している。


「なんだよJK叔母って……」


「だって私来年からついにJKだよ?!

そして叔母にもなるなんてなんだかワクワクするの!」


「儂もワクワクするのぅ♡来年は儂もついに傘寿!

80歳なんじゃぁ〜。まさかこの手にひ孫を抱ける日が来るなんてのぅ〜♡儂ゃ幸せもんじゃあ〜♡」


「ねぇ〜♡おじいちゃん♡」


真珠と爺ちゃんは性格が似ている。

明るくてお調子者で、すぐにこうしてはしゃぐ。

まぁこんな二人がいるからこそ俺は……両親がいなくても寂しい想いなんかせずそこそこ楽しく生きてこられたんだろう。


「ん〜?なんだ、昴、黙り込んで。

嬉しくないのか〜?あ、もしかして自分が叔父になるのが不安で仕方ないんだな〜?」


「はぁ?!違うし!そんなん余裕だわ!」


「ははははっ!またまたぁ〜」



兄も由香里さんも幸せそうに笑っている。




俺はただ……知っているんだ。


子供がちゃんと生まれ、ちゃんと育つことは奇跡に近い。


この仕事をやっていると、まだ結婚や子供やましてや恋愛なんかに疎いこの歳でも、嫌というほど人間の醜い部分を見てきた。


妊婦は他者からの嫉妬や邪念を受けやすいし、またそれを吸収しやすい。

体調とともに情緒不安定になる時期の妊婦は人からの影響を受けやすいし、それは腹の中の赤子にもマイナスに作用する。


全国に数え切れないくらいある、安産祈願、子宝祈願といった神社では、仕事を請け負う度に俺は、人間の脆さと儚さ、そして醜さを嫌というほど学んできた。


こうして俺や家族が無事に暮らしてそれなりの幸せを享受して生きられていることが奇跡に近いことなのだということも知ったし、同時に、それらはいつどこで突然に消えてもおかしくないのだということも理解した。


こんなに悟ってしまっている高校生なんて珍しいとは思うが、これが人間社会の現実だ。


だからいつだって、目の前の笑顔は大切にしなければいけないんだってことを知ってる。

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