第4話 神は無敵じゃない



「普通に……平和に生きていきたいかな。

一生何にも脅かされずに、普通に飯食って寝て、将来はテキトーに働いて悪くない程度に稼いでさ。

そんで、いつまでもお前らと笑いあっていられたら、それでいいかな。」



俺は、本当に普通でいい。

今みたいに、好きなように自由気ままに過ごせたら。

願わくば、ずっとこいつらと……。




「そっかぁ。それは……良い夢だね。

でも……」



と彦は目を細めた。



「それは、難しい夢でもある。」



「え……そうなの?なんで?」



「世の中、そんなに平和じゃないからだよ。

毎日いろんなところで人が死んでる。事件が起きたり犯罪が起きたり、天災が起きたり……

世界のどこかでは今日も戦争をしていて、人も動物も植物もたくさん死んでいるんだ。

僕らの明日も、いつ壊れるかは分からないよ。」



そんなふうに考えたことのなかった俺は、自分の将来に一気に恐怖した。



「でっ、でもそれは神様のお前らがどうにかすればいいんじゃ」



「人間は、神というものをとても勘違いしているようだけど。

神は、無敵じゃないし最強じゃない。

神にだってどうにもできないことはある。

それでも我々は、人間を愛してる。

なるべく人間に寄り添ってあげたいと思っているから、日々こうして頑張っているんだ。」



「それは……そうだな。

人間を代表して礼を言うよ。

でも……だったらどうすれば世界は平和になるんだよ?

どうすれば俺は一生、なんの心配もせずにお前らといられるんだ?」



その問いかけに、彦は眉をひそめた。



「正直、人間がいる限りは……」



「………だろうな。」



「こういう言葉を知っているかい?

"人間は神の失敗作に過ぎないのか、それとも神こそ人間の失敗作に過ぎないのか"」



難しい話だと思った。


人間という作品を神が作ったのなら、その作品に"感情"を持たせたことによって世界はなにもかもが複雑かつ残酷になっている。


神というものが存在しないのならば、それはただの酔狂じみた人間の心の拠り所であり、間違いだらけの思考の産物かもしれないが、実際にはこうして数多の神が存在していることを、俺は知っている。



「誰が……人間を作ったんだ?」



「さぁ?僕らよりもっと高次元の神様だよ。」



「何のために?」



「さぁ?ひょっとして娯楽だったりして」



「それはどこにいるんだ?」



「さぁ?会いたいの?」



「……あぁ。会いたい。」




会って聞いてみたい。いろんなことを。

俺にしか会えない神に、俺にしか聞けないことを。



「今、夢ができた。

俺、神の頂点に会う。」



彦も狐も、ギョッとしたような顔をしている。



「こ、狐大神様……天照大神あまてらす様にお会いになったことは?」



「ねぇな……このオイラでも……

引きこもりって噂だしな。」



「あぁそういえばそうでしたね……

まだ引き篭っておられるのでしょうか?」



はぁ?なんだそりゃ。



「おい、なんで二人共会ったことないんだよ?神のくせに。」



「アマテラス様は日本の全ての神の頂点に立つお方だよ!そのような最高次元の方とお会いするのは、あちらからお呼ばれし、お迎えにきていただかない限り不可能なんだよ。」



「はっ、かぐや姫かよ」



まぁなんだっていい。

俺は人間なのにこんなレアすぎる目を持って生まれたんだ。

どうせだったらそれを最大限に楽しまないと損だろ!

てか、純粋に気になりすぎるぜ!神の頂点なんて!

会えたらこれは、人類史上初に違いないだろう!


中学生の俺はフツーにワクワクしていた。


早く会いたい……!!




「で、どこ行きゃ会えんだ?」



「だから人の話聞いてた?昴!

誰も知らないんだよ!呼ばれた者しか行けないんだから!」



「はぁっ?こっちからは行けないのかよ?!

じゃあどうすりゃ呼ばれんだよ!!」



「あぁ、それはもちろん……」



彦は人差し指を立ててウインクした。



「神様としての務めをより多く、より真心込めてきちんと果たすことだよ。僕みたいにねっ」



なるほど……

だからこいつら皆、いつも頑張ってんのか。

きっとアマテラスさんていう頂点の神様に会ったら、何か物凄いことがあるんだろうな……


俺は先程よりもますます胸が高鳴っていた。

これぞまさしく厨二病というやつかもしれない。



「よし!俺も今日みたいに、これからは神の手伝いいっぱいしてやるぜ!!」




………なんて、この時の俺はやる気に満ち溢れ、ぶっちゃけ人生の暇つぶし程度に気長に考えていたわけなんだけど、本題はここからだ。



俺が彦の仕事を手伝ったことが神界隈で知れ渡ったらしく、なんと馬鹿みたいに仕事のオファーが舞い込んでくるようになった。


まぁそれは願ったりで良いとして、

当然のことながら神ではない俺は、人間として自分の足で、しかも全国を回らなくちゃならない。

参拝に来るのは近所の人間ばかりなわけないからな。

あと、神社も全国に死ぬほどあるんだから神もそれだけいるということだ。


そこで、俺はこのいつも暇そうな狐の神、デンを使うことにしたわけだ。


デンは知ってのとおり、仕事にやる気は全くない。ということはイコール、アマテラスさんにも会いたいとは全く思っていない。


彼の考えていることは常に、「美味い飯を食う」ことだけなのだ。


だが相手の欲求がハッキリしているということほど好都合なことは無い。

それさえ与えれば従順で、管理がしやすいからだ。


というわけで俺は、神様たちの手伝いから得たお賽銭(つまりは給料)の一部でしっかりデンに美味いものを食わせるという契約の元、めでたくパートナーシップを結んで今に至るわけだ。



中学一年生からこのバイトを始めた俺は、今ではもう大学受験を控えている18歳。


ここまで長年やっていれば、神界隈で俺を知らない者はもういない。

何しろ俺は、そもそもな話をすれば神ではなく人間なわけだし、神のバイトをしている人間なんて激レアな存在、名が広まるのはあっという間だった。



俺も、初めは良かった。


だが、 最近では少々ウンザリ気味になっているのが正直なところ。

なぜなら前述した通り、神はどいつもこいつも本当に面倒くさがりなのでなんでもかんでも押し付けてくる。



だから今日もこうして、受験勉強の合間を縫ってデンの背に乗り、一生懸命自分と同じ受験生の元を回っているというわけだ。


俺も受験生なのに。





しかし、この時の俺はまだ知らなかった。



これから始まる怒涛の地獄への入口が既に開いていたことを。



日本の終焉が、戦いの足音が、

着々と近づいていることを。



これから俺に、次々と降りかかるヤバすぎる出来事を。





そして俺の……本当の正体を。






これは、俺が歴史に名を刻むほどの伝説を残した、怪異奇譚だ。


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