第5話 神に振り回される


俺はデンの背の上で、菅原さんから渡された参拝者リストを眺める。


神々が持っているものは基本的には不思議なものばかり。

たとえばこんなふうに神社で何か神頼みをした者たちの名が連なったリストは常に更新されていく。


つまり、願いが叶えばリストから名が消え、また新たな参拝者がいればリストに自動で追加されていく。


というわけなので……


「おいおいおいおい終わらないよこれじゃあ!デン!」


リストの名を消しても消してもどんどん新たな名が追加されていくのだ。



「オイラそろそろ腹減ったんだが。」


「俺だってそーだよ!

はーっ、とりあえずコンビニでも寄るか」


「なぬっ?!コンビニは嫌だ!

キルメボンの白苺ホワイトチョコタルトがいいっ!」


「はぁ?ったくもー……狐のくせにますます舌が肥えてくんだから」



デンは最初の頃、コンビニスイーツにもかなり感動していた。

なのに年々贅沢になっていくし、ましてやこんな感じで特定の店名や商品名まで熟知し指定してくる始末だ。



とりあえず俺はキルメボンの店舗に寄り、外のカフェエリアで休憩することにした。


小狐の姿になったデンが向かいの席にいるが、もちろん一般人には見えていない。

デンの背に乗っている間も、俺ごと見えていないから安心だ。


しかしそれは姿を眩ませられるコイツの術的なアレなため、見せようと思えば見せられる。

ただこういったペット可じゃない場所ではたいてい隠すように言っている。



「えっと……白苺ホワイトチョコタルトと、この季節のタルト……あとアールグレイティーのアイスを2つお願いします」


「かしこまりました。どちらかはお連れ様がいらしてからお持ち致しましょうか?」


「あ……いえ。どちらもすぐ持ってきてもらっちゃって大丈夫ですー」


「?かしこまりました。」


まぁこういったやりとりはいつものことだ。

どう見ても男一人が2人分頼んで、独り言を言いながら最後まで1人で食べ終えていくように見えるわけだから謎すぎるだろう。

もしかしたら恋人に約束をすっぽかされた可哀想な男か、ヤバい妄想男に映っているかもしれない。

が、もう慣れっこだ。




「んん〜!やっぱいつ食ってもここのタルトは一番うめーな!」


しっぽを引きちぎれんばかりに振りながらさぞご機嫌に汚く食い散らかしているデン。


「ハイハイよかったね」


考えてみたら、6年もこいつにいろんなものを食わせてきたが、それでも飽きずに食い足りないでいるのはなかなか凄い。

もう全て食い尽くしたから仕事辞めるとかいって契約解消されるんじゃないかと2年目にはもうヒヤヒヤしていたのだが……。

気がつけばあれからこんなに月日が流れてしまった。


目の前の見た目だけ可愛らしい小狐は、今日も食欲旺盛だ。


「しっぽフリフリしやがって」



ピリリリリリリリ〜♪


タルトを食べていたら、俺のスマホが鳴った。


画面を確認し、その人物に嫌な予感しかしない。



「……はい、もしもし。昴です」



「ハロー!ミッチーでぇ〜す☆

元気しとるぅ〜?昴くん!

えっらいご無沙汰やなぁ〜」



やっぱり来ると思った。

大阪の学業の神様と言えばこの人だもんな。

東京の亀戸天神社・菅原道草さんの親戚、菅原道満すがわらみちみちさん。

通称ミッチー。


ちなみに神も、スマホを使いこなせるのだ。



「仕事の依頼される前にハッキリ断っておきます。

無理っす。さーせん。失礼します。」



「チョイチョイチョイチョイ!!!

待ちぃって!んなこと言わんでぇ〜な〜

今年はお駄賃弾むでぇ〜」



「や、そういう問題じゃなくて、俺、道草さんからのも受けてるし、」


「え、去年は兄さんのもワシのもやってくれたやん?なんで今年はダメなんよケチィ〜」


「ケチとかじゃなくて!今年は俺も受験生なんだって!」


「あっはは!なんだンなことかぁ〜!そんなら安心せぇ!ワシが合格させたる!!これで受験勉強なんてせんくてえぇやろ?じゃっ、大阪道天満宮に集合な!」


「あぁっ!待ってっ」



プープープー……



「うぁああ"〜〜っ!!」


ドンッー!!


こめかみに青筋を立ててテーブルを叩く俺。

相変わらず美味そうにタルトに食いついているデン。

俺の雄叫びを聞き不安そうに様子を伺ってくる店員。



「どいっつもこいつもぉおお……!!

人材募集でもかけた方がいいんじゃないのか神業界はぁっ!!」



「ンな誰彼できる仕事じゃねぇからな。

妖怪たちは基本イタズラ好きだから、妙なことされたら困るしな。だから神とは良い仲ではあるが仕事の仲ではねぇんだ。」



そう言ってデンは俺のタルトにまで口をつけ始めた。

美しかったタルトがみるみる崩れ無惨な姿になっていく。


まぁ今の電話でもう何も喉を通らない気分だからいーけど。



「はぁー、あっそ。

内容的にはわりと誰でもできそうなんだけどなぁ」



俺らの具体的な仕事のやり方は、

神様の恩恵という名のパワーを、参拝に来た人物たちに配って回るのだ。

配り方は、その神から拝借した御守りからパワーを取りだし、一人一人に貼り付けていくという極シンプルなもの。


しかしこのように、あるシーズンとなると急に普段の100倍も200倍も大変になるから神たちは俺や他の使い狐たちに頼むということなのだ。



「はーぁ。俺、受験勉強マジで全然できなそうだわ……」



「だからいいじゃねぇか。合格確定なんだから」



「だからこそ受かった時の嬉しさが全くないんだぞ?

大学合格の感動ってのは人生でベストスリーに入るほどとか言われてるんだぜ?

そんなの味わえないなんて勿体ないじゃんか」



「あぁん?馬鹿かお前は!

そんなもんが人生ベストスリーなんつーつまらねぇ人生送る気か!?」



ハッ……確かに……!


俺は神の中の神に会う予定の男なのに!

大学受験がなんだってんだろう。



「よし!俺、大学受験は菅原さんたちに任せるわ!」



「おう、そおしとけ。(チョレェ〜)」



「あ〜……でもなぁ〜これから大阪かぁ〜

新幹線乗ってるだけっつってもダルいな〜」



「別にそんなもん乗らなくても大阪くらいの距離ならオイラが30秒くらいで連れてってやれるが」



「あぁ"?!なんだって?!

なんっでそれ今更んなって言うんだよ初耳だろ!

今までの苦労なんだったんだよ!交通費返せ!」



「だってオイラ新幹線の弁当や菓子や乗り心地が好きなんだも〜ん。まぁそろそろ飽きてきたからいっかな〜って」



「ふざけんなマジで!

どいつもこいつも神ってのは勝手だなぁっ!」



たまに思う。

俺って何やってるんだろうって。


神に振り回されすぎじゃね。


他の人間たちとは違う意味でさ。

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