第3話 人間の欲望


そいつは、猫に化けてた狐だった。


わざと人間に拾われて、ぬくぬくと飼い猫的なポジを確立していたらしい。


そしてその後、人間に飼われる猫ポジに飽きたのか、それともその人間に飽きたのかなんなのか、また本来の狐の姿に戻っていたため見つけることが出来なかったというわけだ。


が、俺がどうやって見つけたかというと……


俺はその日、その猫を捜しながらよく行く出店のたい焼きを食っていたんだ。

すると突然、サッと手元からたい焼きが消えた。

ふと視線を落とすと、小狐が俺のたい焼きを咥えていた。


「あぁ……」


こいつも妖怪か神かなんかの類か。

そう思いながらため息を吐くと、狐はたい焼きを咥えたままくるりと背を向けて歩きだした。


「え……」


そのシッポ……!!


シッポだけ、なぜか俺が探している猫だったのだ。

その猫の特徴は、毛色は茶なのになぜかシッポだけ白と黒が豹柄のように混じっていることだった。


なるほどな……。

狐っつーのはすぐ化けるしな。



「おいこら待て」


俺は瞬時に狐を捕まえ、たい焼きを食わせながら彦の前に差し出したというわけ。

幸いなことに、こいつはたい焼きに夢中で俺に抱えられていることにも気付かず?だったため、余裕で連れてくることができた。



「まさか……ちょっ!困りますよ狐大神様!」


狐を差し出し説明すると、彦は驚愕の表情で声を出した。


「え、なに、彦の知り合いなの?」


「知り合いもなにも!このお方は"殿月之御魂狐大神" ですよ!!」


「んんっ?なっ、なに?でんつきの……は?」



どうやらこの狐も何かの神らしいと知った。

狐はたい焼きを食い終わると、ようやく口を開く気になったようだ。



「あぁ〜、美味かった!なぁこれはなんという食いもんだったんだ?魚みてぇな面してやがったくせに中は甘々だったぞ」



え……口悪。なにこいつ。


人のことあまり言えないかもだけどその時俺が感じた第一印象はそれだけだ。



「よぉ、彦、久々だな。つかこの人間はなんだ?

お前の新しい使いか?」



「そんなことより狐大神様!なぜ猫なんかに化けて人間の飼い猫やってたんです?!」



「そりゃ、美味いもん食うために決まってんだろう」



「「?!?!?!?」」



「近頃人間の食いもんにハマっていてな。

人間というのは神には出し惜しみするケチ野郎なのか、油揚げやイナリばかり供えやがるから飽きていてだな……」



ペラペラと愚痴を言う狐だが、猫に化けてさんざん人間界の美味いものを食べることが出来たからか、満足そうな顔をしている。



「とくにアレは不思議な味で美味かったな、なんだったかな、あのサメの卵が乗った鴨の肝臓のソテーに丸っこい西洋黒キノコをすりおろした……」



「あぁ?嘘だろ……猫にどんなもん食わせてんだよ……

俺だって食ったことないのに……」



まさか世界三大珍味のキャビア・フォアグラ・トリュフなどというものまで与える愛猫家と呼ばれる人間たちには畏れ入る……。




「はぁ……勘弁してくださいよ全く……」


「なぁ、彦。コイツって神様のくせに暇なの?」


俺は彦にコソッと耳打ちする。

すると彦はうーんと腕を組み難しい顔をした。



「狐というのは基本的に神の使いなんだよね。

だから他の狐様たちはものすご〜く忙しい。」


確かに思い返してみれば、いつも遊んでいるメンバーの中に狐が来たことはあまり無かったな。


「でもね、このお方は違うんだ。

このお方自身が大狐の神様として存在していて、自身の稲荷神社もいくつかお持ちになっておられるからね。」


「だから?つまりは暇ってことだろ?」


「ん……んん……まぁ……」


彦は言いにくそうに言葉を濁した。


へぇ……そりゃあ理不尽だな。

神様の世界にもこーゆー上下関係的なアレコレや真面目なのとテキトーなの、差があるんだなぁ〜



てことで、この食にこだわりの強いテキトーな狐の神が、今での俺のパートナー。

「デン」である。




「まぁ、なにはともあれ、今回はありがとうすばる!さすが僕の友達!」



それを言われると若干照れる。

俺は緩んだ表情を隠しながら、「別に」と言った。



「あ、そうそうちゃんと約束通り御礼をするね!

何がいい?」



「えっ、何がいいってなんだよ、そんなこと言われても……欲しいものとか、別にねぇし……」



俺は本当に困ってしまった。

正直言って、神がどこまでのことができるのか知らないしそもそも欲しいものも今は無い。

友達はいないが、この界隈の皆がいるし、親はいないが祖父と兄と妹がいるし……

多分俺は、必要なものを十分に与えられている、幸運な奴なんだろう。



「俺……昔からあんまり欲が無いのかも。

他人とそんなに関わってこなかったからかな……

人と比べたりとかしないから、欲が湧かないっていうか……」



「そこが、昴が神たちに愛される所以ゆえんだね」



彦は、いつもの美しい笑みを携えて俺を見つめた。



「人間という生き物は、この世のどんな生物よりも強欲なんだ。私利私欲でのみ動く利己主義者。

腹の底では自分さえ良ければといつも傲慢で、既にあるものを常に渇望していつまでも満たされない、哀れな生き物なんだよ。」



「可哀想で可愛いんだ」

と言うひこの細まる瞳が、全てを見透かしているようで初めて不気味に感じた。


今まで対等な立場みたいな感じで接してきたけど、考えてみたらこいつは人間よりずっと高次元な存在。

人間たちを常に遠くから見下ろしている、それこそ雲の上の存在なんだ。



「昴はさぁ、何か、叶えたい夢とかってないの?」



「夢……?」



夢なんて……


そうだな……俺は……

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