第34話 対腹話術部

 開く人形の口。そしてそこを満たす光。

 次の瞬間、みーくんの口から光の奔流が放たれた。


「うわあぁっ?」


 奇跡的な反応というか、勘というか、とにかく幸運にも彼方その攻撃をなんとか横っ飛びに回避することに成功した。だが、光がかすめた袖口は見事に焦げている。


「な、なんなんだよ、今のは?」


 地面に倒れたままの姿勢で、無惨な袖口を唖然とした顔で見つめる。


「ぶ、部長! あれ~!」


 震える声のとろりんが指さす方向に目を向け、彼方はさらに驚愕した。

 彼方の後ろの壁。それの、みーくんから放たれた光がぶつかったと思われる箇所が、見事に風穴を空けていたのだ。その穴から見える外の景色が、この場とは違うごく普通の日常の風景であるのが、その穴の存在の非常識さをさらに際立たせている。


「おい! こんなもん食らったら普通死ぬぞ! お前、正気か?」


 血管を浮かせて叫ぶ彼方を前にしても、操はそんな抗議どこ吹く風といった様子で、みーくんの頭を撫でている。


「……他人のことなんて、どーでもいいんだ。……でも、みーくんのことをバカにする奴は絶対に許さないよ」

「おい、盟子。こいつはマジでやばいぞ。今までの奴らも充分に異常だったけど、こいつは異質だ」

「わかってる! 本気でかかって、速攻でケリをつけましょ」


 二人はアイコンタクトで意志を通わせる。


「天文部奥義、惑星召喚!」

「アニメ同好会奥義、コスプレチェーンジ!」


 彼方や操を宇宙空間が包み込む。そして、その世界に九つの惑星が飛来し、彼方を守るかのように彼方の周囲を回り出した。

 一方、盟子の方も、自分の身長近くの長さのあるロッドを持った、赤い服を着て頭に赤いリボンをつけた女性にコスプレしていた。


「それじゃあ、戦闘開始といきますか」


 彼方と盟子は目配せした後、左右に別れて駆け出す。敵の攻撃の起点は人形一つ。どちらかに攻撃を向けられても、その間にもう一方は敵の間合いへと入り込める。

 だが、そんな目論みくらい、敵も読めていたようだった。


「……いくよ、みーくん」

『おおヨ!』


 みーくんが両手を前に前に突き出し、それぞれを迫り来る彼方と盟子に向けた。


『いけッ! ロケットフィンガー!』


 みーくんの十本の指がいきなり火を吹き、それが彼方と盟子目がけて飛んで行く。


「このくらいっ!」


 盟子はロッドの中心を持って、それを高速で回転させることにより盾とし、飛んでくる指を弾いた。


「木星シールド!」


 彼方は最も大きくて重い惑星・木星を自分とみーくんとの間に入れ、盾とした。ロケットフィンガーはもちろんそれに弾かれる。圧倒的な大きさと質量を持つ木星。それを前に置くということは、強力な盾を作るということにもなるが、しかしそれと同時に、自らの視野をも遮り、スキを生み出すということでもあった。

 そして、操はともかく、みーくんはそれを見逃してくれるほどお人好しではない。

 再びみーくんの瞳に怪しい赤い光が宿る。

 そして、光の奔流。先程はなんとか回避できたが、視野を塞がれていては、反応できるはずがない。直撃を受けた木星ごと、彼方は跳ね飛ばされた。

 だが、その間に盟子の方は攻撃を仕掛けるのに充分な間合いへと踏み込んでいる。仲間がやられたのを気にして注意を逸らしてしまうほど盟子は愚かではない。盟子は回転させたロッドの勢いを生かし、遠心力を加えた一撃を操目がけて振り下ろした。

 頭は致命傷になるので避ける。狙いは肩。脱きゅうするなり、鎖骨が折れるなりの被害は覚悟してもらう。そのくらいしないと操は止められない──本能的にそう感じて。

 そして、狙いすました盟子の一撃が操の肩を打ったと


 ババコーン


 全力で床を叩いたがために、その衝撃がモロに手に返ってきた。握力がなくなってしまう程の痺れが手を襲う。だが、それでも盟子はロッドを根性で離さなかった。


「ふぅ。なんとか間に合ったわね」


 声は横から聞こえてきた。盟子と操は同時にそっちに目を向ける。

 そこに立っていたのは、覆面レスラーがつけるような、顔全体を覆うマスクを被った女生徒だった。何故女生徒だとわかるかといえば、この学校の制服であるブレザー(女性用)を着ていたからだ。しかし、品のいい制服にマスクという姿はかなり異様である。


「な、なんなのよ、あなたは?」

「……もしかして?」


 後から援軍が来ることを聞いていたために、操には一応の心当たりはあったが、その女のあまりの非常識な姿故にいぶかしげな視線を向ける。


「文学部の謎の美少女仮面よ。美人で有名な生徒会副会長に頼まれて、援護に来てあげたわよ」


 なんだか無性に虚しくなってきた盟子は、天井を見上げ額に手を当てる。

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