第33話 腹話術部部長の腹原操

「そうか。そんなことがあったのか」


 とろりんの話を聞き終えた彼方は、倒れている波佐見に目をやった。


「11人を相手によくやったよ、ホントに」


 そうは言うものの、後頭部をモロに打ちつけたまま倒れている波佐見を誰も助け起こそうとしないあたりはなかなか薄情だった。あるいは波佐見の人徳のなさ故か。


「でも、どうするの?」


 盟子も彼方と同じように波佐見の方へ目をやる。彼女の言う「どうする」とはもちろん、この倒れている波佐見をどうするのか、という意味である。


「怪我して気を失っている波佐見をこれ以上一緒に連れて行くわけにはいかないな」

「そうね。保健室に連れて行ってあげないといけないわね。……誰かが」


 一同の視線が一人に集中する。


「どうして皆さんそこで僕の方を見るんですか!」

「べーつにー」


 言葉とは裏腹に、彼方と盟子の目は「お前が連れていけ」と雄弁に語っていた。


「なんだか、僕の扱いってぞんざいすぎません?」

「だって、あなたってろくに活躍してないじゃない」

「それに、お前がいるとこっちまでペース狂わされるしなぁ」


 冷たい言葉だが、事実だから仕方なかった。


「……仕方ありませんね。こうなったら僕がなんとかしましょう」

「運んでくれるんですね~。ありがとうございます~」


「いえいえ。違いますよ、とろりんさん。僕はマジック部の部長です。僕が本気になれば、わざわざ運ばなくとも、手品で移動させるくらいわけないってことです」


 品緒はタキシードの胸ポケットからいきなり、体積的にとても入っているとは思えない縦横共に二メートルはゆうにある布を引っ張り出すと、それを倒れている波佐見の全身を覆うようにかけた。


「そんな便利な方法があるのなら、最初っから言ってくれりゃあいいのに」

「ははは。ちょっとした問題があったので、普段は少し使うのを控えているんですよ」


 乾いた笑いをしつつ、今度は同じポケットから、やはりどう考えてもポケットの深さより長い指示棒を取り出した。


「あとは、これで三回布を叩けば、中の波佐見さんはあっという間に瞬間移動です」

「ほほう。訳はわからんが、たまには役に立つな。……ところで、ちょっとした問題っていうのは何なんだ?」


 それはなにげなしの問いだった。


「いや、たいしたことじゃないですよ。自分が瞬間移動する時は全く問題ないのですが、ほかのものを移動させる時は、二回に一回くらい目的地に到着できず、どこかの異次元空間をさ迷ってしまうだけで──」

「それじゃ、あかんやろが!」


 ボコッ


 彼方の強烈なジャンピングニードロップを食らい、品緒は吹き飛んで背後の下駄箱に叩き付けられた。そしてそのまま気を失ったかのように地面に倒れ込む。


「……いかん。あいつと一緒にいると、こっちまでホントにおかしくなりそうだ」


 彼方はポケットからハンカチを取り出して、額の汗を拭った。

 ポンポン

 そんな彼方の肩を誰かが叩いた。


「んっ?」


 振り向く彼方。そこにいたのは鎧をまとった男。額には「王」の文字が輝いている。


「お、お前は波佐見の呼び出した武将か?」

『ええ』


「しかし、いつの間に現れたんだ? さっきまでそんな姿どこにもなかったのに」

『普通の駒に戻って力を温存していたのです──が、今はそんなことはどうでもいいことです』


「……まぁ、それはそうだが」

『それより、彼方殿。波佐見様は、拙者が責任を持って保健室まで運びます』


 武将は倒れている波佐見の前にしゃがみ込み、波佐見に被せられていた布を取る。そして、波佐見の体の下にその太い筋肉質の腕を入れて、彼の体を丁寧に抱き上げた。


『波佐見殿は拙者に任せて、彼方殿らは先を急いでくだされ。それでは、御免』


 その武将は波佐見に負担がかからないよう、ゆっくりとした足取りで進み出した。その途中、わざとかどうかはわからないが、下に倒れている品緒を踏んづけていったが、誰もそんなことを気にはしなかった。


「……なんかよくわからんが、とりあえず波佐見も無事に保護されたようだ。すべて丸く収まったということで、再出発しようか」

「そうね。そうしま──」

『悪いが、そうは問屋がおろさないゼ』


 盟子の言葉を遮った声。その方に目を向けると、そこに立っていたのは、小柄なおかっぱ頭の無表情な生徒と、その腕に抱かれている腹話術の人形。


「あ、あなたは!」


 新たに現れた刺客。盟子はその相手に対してちょいとばかり因縁があった。


「知り合いか?」

「腹話術部部長、腹原操。昨日、あたしを襲って来た奴よ」


「それじゃあ、また敵ってわけか。懲りもずによく出してくる。……それで、こいつはどんな奴なんだ?」


 敵に対する情報はあって困るものではない。


「特技は人形を意のままに操ること。昨日はマネキンやマスコットに襲われて大変だったけど、町中ならともかく、学校の中じゃ使える人形なんてたかが知れてるわ。せいぜい理科室の人体模型くらいかしら? ここでの戦いなら、そんなに恐れる必要はないわね」

「……その考えは甘いね。昨日は僕はまだ本気を出してなかったんだよ。だって、人形を操るなんていうのは、僕にとっては付加的な能力ちからでしかないんだから」


 この操という相手は、はったりをかますような人間には見えなかった。それだけに、盟子も警戒の色を強める。


「……そういえば、阿仁さん。僕のことは紹介してくれたけど、大事な人の紹介を忘れてるよ」


 操は手にした人形の頭を撫でながら彼方達の方に突き出した。


「……こっちが僕の親友のみーくん。よろしく……とは言っても君達と仲良くする気なんてないんだけどね。僕にみーくんがいれば後は何もいらないから」

「おいおい。人形が親友ってか? ちゃんとした友達も作れよな」


 その言葉で操の顔が豹変した。まるで龍の逆鱗に触れてしまったのかように、感情の乏しかったその顔に憤怒の感情に宿る。


「言ったな! 言っちゃいけないことを言ったな! ……お前、嫌いだ!」


 みーくんの目が赤く輝いた。

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