第9話 セーラー服美少女闘士

「……どういうことなんだ、あの一瞬で? それに、何か普通のセーラー服とは少し違うような……」

「ああ! あの格好は~!」


 急に声を上げたとろりんの方に彼方が顔を向ける。


「何か知っているのか、とろりん?」

「はい! あれは~『セーラー服美少女闘士セーラー月』のセーラー火星ですよ~! 格好いいです~!」


 とろりんの言葉により、彼方の頭にも、かなり昔に放送され、懐かしのアニメ特集のような番組でも見たことがあるアニメのキャラクターの姿がおぼろげに浮かんできた。


「ほほほほ、よく知ってるわね。これこそがあたしの力なのよ!」


 とろりんにコスプレしたキャラをわかってもらえた上に格好いいとまで言われちょっと満足気な盟子が、腰に手を当てて胸を張った。ただでさえ大きな胸が更に強調される。普通の男なら思わず見とれること間違いない。

 だが、それを見つめる彼方の目は冷めていた。

 大きな胸は露骨すぎてあまり好きじゃない──という個人的な趣味による部分もあるが、それだけではない。


「『これこそがあたしの力なのよ』って、ただ一瞬にしてコスプレできるだけだろ。そんなに自慢できるほどのものではない……というか、どちらかと言えば、かなり恥ずかしいのでは?」

「おだまり!」


 彼方の物言いにコスプレイヤーとしてのプライドを傷つけられたのか、盟子は目くじらを立てる。


「アニメ同好会奥義をただのコスプレだと思ったら大間違いよ!」


 そう言ったかと思うと、アイドル歌手の訳のわからん振り付けのような踊りを始める盟子。とろりんには、それがセーラー火星が必殺技を撃つ時にするのと全く同じポーズであることが一目でわかった。


「食らいなさい、火の鳥!」


 叫びながら決めのポーズをとる盟子。まっすぐ彼方に向けて伸ばされる右手。その手からまさに鳥の形をした炎が現れ、それが彼方に向かって飛び立つ。

 その鳥は、翼を羽ばたかせるたびに火の粉を撒き散らしながら、光る眼を彼方に向けて獲物を狙う鷹のような鋭さで一直線に襲い掛かって来た。


「なにぃぃぃ?」


 いきなりの予想もしていなかった展開におったまげた彼方だったが、慌てながらもなんとか横っ飛びに跳んで逃げる。だが彼方の代わりに、その後ろの壁にかかっていたカーテンが火の鳥を食らって問答無用で炎上した。


「お前、室内なんだぞ!」


 いきなり火の鳥を放ったことよりも先に、室内で火を使うことを咎めるあたりは、さすが天文部の秘技をマスターした男である。


「部長、そんなこと言ってる場合じゃありませんよ~。早く逃げないとみんなヤキトリになっちゃいます~」

「……いや、とろりん。鳥が焼けるから焼き鳥なんであって、人間が焼けても焼き鳥には……」


 くだらないツッコミを入れていた彼方だが、目の端に映る炎がますます盛んに燃え上がってきたことに気づき、言葉を途中で飲み込んだ。


「──なんてことを言ってる場合じゃない! アレをなんとかしないと大事な部室が火の海になるじゃないか! 天文部必殺、氷舞海王星ひょうぶかいおうせい!」


 宇宙空間の一点から、校門で召還した地球のように青く輝く氷の星・海王星が現れた。そしてその海王星は、夏の夜の虫けらのように、何のためらいもなく自ら燃え盛る炎に中に飛び込む──って言うか、彼方がそうさせているのだが。


 じゅぅわじゅわじゃぁぁ


 そんな鉄板に水滴を落としたような音を立てながら、無駄死にをする虫けらとは違って、神の怒りを沈める人身御供のごとく、海王星は自身の体を犠牲にして炎を鎮火させた。

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