第8話 アニメ同好会会長の阿仁盟子

「ここがそうね」


 170センチを越える程の身長の上、出るところは出て引っ込むところは引っ込んでいる理想的なプロポーション。そんなモデルのようなボディに加え、長く艶やかな黒髪と端正かつ知的な顔立ちをした女生徒が、天文部の部室の前で足を止めた。

 その女生徒こそ、生徒会長からの天文部潰しの命を受けて目的地へとやって来た、その完璧に近い容姿の割にいまだ彼氏ができたことのない、生徒会付属アニメ同好会会長の阿仁あに盟子めいこだった。


「アニメ同好会が放課後の教室しか使わせてもらえないのに、どうして星を見て喜んでる連中に部室が与えられるのよ! 星を見るのも、アニメを見るのもそうは違いはないじゃない! それなのに、どうしてあたし達ばっかり偏見の目で見られるのよ!」


 憧れの部室を前にし、盟子は興奮のあまり握りこぶしを震わせる。


「駄目駄目。頭に血が昇っていては、勝てるものも勝てなくなるわ。落ち着かなくては」


 深呼吸を何度か繰り返した後、盟子は気を取り直してドアに手をかけた。


「でも、その天文部も今日で終わり。このあたしが潰してあげるんだから。……そう考えると、納得もできるわね」


 心を落ち着かせたはずだったが、また余計なことを考えたせいで、手にいらない力が入り、横開きのドアは盟子が思っていた以上に勢いよく開かれた。


◇ ◇ ◇ ◇


 とろりんの天然ボケに反応したがる右手をなんとか落ち着け、彼方は平静を取り戻す。

 と、その時、部室の扉がパシャンと大きな音を立てて開かれた。中の二人はその音に一瞬ビクンと体を強ばらせ、すぐに扉の方に目を向ける。

 その視線の方向に立っていたのは、学校指定のブレザーを身にまとったロングヘアーの女生徒──もちろん、ほかの誰でもない阿仁盟子その人。

 二人の視線を向けられている盟子は、予想もしなかった大きな音に、自分自身が一番びっくりしてキョトンとしている。


「あっ、あの……」


 そのせいで頭の中真っ白。


「すいません。間違えました」


 そう言って思わず扉を閉めてしまう盟子。


「って、間違えてないわよ!」


 再び勢いよく扉を開けて、盟子が怒鳴り込んできた。


「……なんなんだ、こいつは?」

「……なんなんでしょうねぇ~」


 盟子の一人舞台に、彼方ととろりんは疑問符浮かべ合いながら顔を見合わせる。


「私は生徒会付属アニメ同好会会長の阿仁盟子。いきなりで悪いけど、天文部には今日限りで潰れてもらうわ!」

「はぁ? 藪から棒に何言い出すんだよ」

「あなた達に直接恨みはないけど、これも生徒会からの命令。悪く思わないでね」


 その言葉を受け、彼方の瞳が真剣にものに変わった。


「……そういうことか。だいたい事情は飲み込めた。嫌がらせだけじゃ事足りなくて、力尽くということか」

「さすが、理解が早いわね」


 盟子の方にも、彼方に負けない鋭い眼光が灯る。


「しかし、女の子一人の力でどうにかなるとは、君も、生徒会も、少々うちの部を甘く見すぎだな。校門での一件を知らないわけでもないだろうに」


 彼方から宇宙が広がり、半径十メートル程の空間──つまり部室中を支配する。さっきまでただの部室だったものが、今や全面プラネタリウム状態。しかし、机や椅子といったものが消えずに残り、その宇宙の中に浮いているのはどこか滑稽だった。


「甘く見ているのはどっちなのかしら?」


 普通の人間なら常識を疑いたくなるこの現象。だが、当事者たる盟子は全く動じた様子を見せていない。


「何が言いたい?」


 怪訝な表情を浮かべる彼方を、盟子はびしっと指さす。


「そういう力が使えるのはあなただけじゃないのよ!」

「なんだとっ?」

「見せてあげるわ。アニメ同好会奥義! コスプレ・チェーンジ!!」


 盟子がそう叫ぶと同時に、彼女の姿が光に包まれた。直視できない程眩い光に、彼方ととろりんは手で光を遮りながら目を逸らす。


 そしてその光が収まった時、そこには、それまで学校指定のブレザーを着ていた盟子が、一瞬にしてセーラー服姿に変わって立っていた。

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