第7話 とろりん
「ホント、ここに来るのも久しぶりだな」
家出した息子が数年ぶりに我が家の前に立つ気分っていうのはこんなんだろうなと勝手な感慨を持ちながら、彼方は一週間ぶりに天文部の部室の前にやってきた。
人数は少ないが気心の知れた部員達と、見ているだけで楽しくなってくる天体観測グッズとの再会を期待して彼方は部室のドアを開く。
「あれ?」
しかし期待を裏切りその部屋にいたのは、とろりん一人。さらに、前まであった天体望遠鏡やら簡易プラネタリウムやらの備品がなくなっており、その部屋は殺伐としていた。
「とろりん一人? 他の連中はまだ来てないのか?」
何もない狭い部屋を見渡しながら部屋の中へと入って行く。
「いえ、多分、もうず~っと来ないと思います~」
「へっ? どういうこと?」
「みんな~辞めてしまったんですぅ~」
「う、うそっ?」
「本当です~。今朝、風紀委員の人達が言ってたように~、うちも廃部が決定して~、部費もゼロにされて~、備品も没収されてしまったんですよ~」
そう言われても、にわかには信じられない。
「けど、うちの部の連中は、部費がなくなったり、アイテムがなくなったくらいでへこたれるほどヤワじゃないはずだが……」
「はい~。みんな最初はこんなことで負けられるか~って言ってたんですけど……。でも~、そのうち色々と嫌がらせを受けるようになってきたそうなんですよ~」
「嫌がらせ?」
「ええ。それで~、もう耐えられなくなって一人、また一人と辞めていって~、今残っているのは部長と私だけなんです」
「嫌がらせって、具体的にどんなことをされたんだ?」
とろりんは自分の記憶の棚をひっくり返そうと、遠い目をして頭を巡らす。
「え~と。みんなが言うには~、不幸の手紙が送られてきたり~、イタズラ電話がかかってきたりしたそうです~」
嫌がらせと聞いて、猫の死体を放り込まれたり、ヤのつく職業の人達に家に押し掛けられたりする絵を頭に描いていた彼方は、その幼稚さにずっこけ体勢を崩す。
「な、なんかセコイ手だな。……でも、とろりんはそういうことされてないのか?」
「はい~。何故かはわかりませんけど~、私は平気です。むしろ幸福の手紙を貰ったりして~ツイテるくらいなんですよ」
「幸福の手紙?」
「はい~。『これは幸福の手紙です。あなたに幸福をあげます。その代わり、三日以内に十人の人にこれと同じ文面の手紙を出さなければ、幸福はあなたから一生離れてしまいます』って感じのやつです~」
「それって不幸の手紙のバリエーションの一つなんじゃ……」
「えっ、そうなんですか~? 私はてっきりいいものだと思って~、みんなのところにも送ってしまいました」
軽い目眩を感じた彼方は、おでこに手を当て何回か首を振って頭を正常化させる。
「もしかして、電話の方も気づいてないだけで、実はイタズラ電話をされてるんじゃないのか?」
「……多分大丈夫だと思いますよ~。ただ~、時々故障することはありますけど」
「故障?」
彼方は嫌な予感を感じつつ、問いかける。
「相手からの声が~聞こえなくなるんです。こっちがいくら呼びかけても~何の返事も返ってこないし~」
「…………」
「特に~夜中の二時や三時くらいにかかってくる電話がそうなるんですよ。故障だから仕方ないと思って電話を切るんですけど~、向こうの人はよっぽど伝えたいことがあるらしくて、切ってもすぐにまたかけてくるんです」
(それって思いっきり無言電話じゃないか!)
心の中では関西の漫才師ばりのツッコミを入れたが、声には出さなかった。平気でいるとろりんに、わざわざイタズラ電話であることを教えて不安がらせる必要性はない。もっとも、たとえ教えたとしても、とろりんが不安がるかどうかは甚だ疑問だが。
「今度~一度壊れてないかスマホをみてもらおうって~家の人とは話してるんですけどね」
(家族そろってそんなんかい!)
心の中で絶叫する。ツッコミしたがる右手を左手で押さえ、彼方はなんとか心を落ち着かせようと深呼吸を繰り返す。
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