第4話 マジック部

「ちっ、やっぱりこいつらもそうか」


 校門での一件を終え、とろりんと別れて自分の教室へ一週間ぶりにやって来た彼方は、その中にたむろする制服姿のクラスメート達を見て、怒りを通り越して呆れ果てていた。

 この前まで好き勝手な格好をしていたのに、ちょっと権力で攻められただけでこうも簡単に従ってしまうその意志の弱さを見せられれば、それも仕方ないかもしれないが。


「この学校には根性のある奴はいないのか?」


 彼方は放るように鞄を机の上に置き、ヒップアタックでも仕掛けるかのような勢いで椅子にどかっと腰を下ろした。

 その彼方に皆の視線が集中する。それはそうだろう。一週間ぶりの登校で、さらに一人だけ私服姿。浮かないはずがない。


「彼方、お前その格好はマズイだろう。いきなり風紀委員の奴らともめてたみたいだし、早く謝りに行っておかないと、どうなっても知らないぞ」


 彼方を心配した級友の言葉も、今の彼方には負け犬の遠吠えにしか聞こえない。


「うるさい。ゴーイング・マイ・ウェイ。『我が道を行く』だ。俺は自分が正しいと信じることをする。お前らみたいな軟弱者とは違うんだよ!」

「そんなこと言ってて、呼び出しくっても知らないからな」

「お前らがそんな臆病者だとは思わなかったぞ。同志の一人くらいはいないのかよ……」


 お前とは喋ってられん、とでも言いたげに、彼方は頬杖をついてその友達のいる方とは反対側──すなわちドアの方に顔を向ける。何気ない行為で、見るとはなしにそっちの方に目を向けたのだが、その目の端に他の存在とは異質なものが映った。


「おおっ、同志か!?」


 思わず立ち上がってそれに目をやる。

 確かにそれは彼方の同志だったかもしれない。ブレザーの制服が溢れる教室の中に、それらとは違う服装をした男が入ってきたのだから。

 しかし、彼方は歓喜の声を上げるでなく、意外なことに溜め息一つ吐き、がっかりした顔──というか、今見たものをなかったことにしようする表情で椅子に座り直した。

 何故彼方はこんな反応をしたのだろうか?

 理由はその服装だろうか?

 その男は黒いタキシード姿で登校してきていた。学校にこんな格好で来るような奴はろくな奴ではあるまい。

 だが、そんなことを気にするほど彼方は狭量な男ではない。普通なら、その男に飛びついて抱擁していたかもしれない。そう、もしそれがこの男でなかったなら!


「あっ、彼方君! やっと戻って来てくれたんですね!」


 タキシードの男は、教室に入って一週間ぶりの彼方の姿を目にとめるや否や、ジャニーズ系の美少年顔をほころばせながら走り寄って来た。しかし、当の彼方はその男とは反対側の窓の方を向いて頬杖をつき、だんまりを決め込んでいる。


「寂しかったんですよ、この一週間。毎日学校来る度に、『彼方君が今日は来るかな、今日は来るかな』ってずっと待っていたんですから」


「…………」


「……耳でも悪くされましたか?」


「……お前とはあんまりかかわりたくないんだよ」


 顔を反対側に向けたまま、つっけんどんに言い放つ。


「ふふっ、照れてるんですか」


「ンなわけないだろ!」


 声を荒げつつ、ここで初めて彼方は男の方に顔を向けた。その姿を見て、呆れた顔をしつつ嘆息する。


「それよりお前、一段とキてるその格好はともかく、鞄も持たずに学校に来たのか?」


「あれ? 忘れてしまいましたか? 僕がマジック部だってことを」


 そんなことを彼方が忘れているはずがなかった。この男、名前を|大手おおで品緒しなおといい、部員が一人しかいないマジック部で部長をしている(一人だから当たり前ではある)。

 この品緒と彼方とは幼なじみで、幼稚園の頃からの付き合いである。

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