第3話 天文部への刺客
勝利した彼方を生徒会室から見下ろす影──
「帰って来たわね、空野彼方。予想はしていたけど、やはり一筋縄ではいかないか」
窓に手をあてつつ溜息を吐く長い黒髪の女生徒。そんな姿が実に絵になるほど、彼女は端正な顔立ちと引き締まったプロポーションをしていた。彼女こそ、この学園の生徒会長である
「どうします、生徒会長?」
そう問うのは、どこか猫を思わせる雰囲気を持ったショートヘアの女生徒。常に生徒会長の側に金魚のフンのごとくくっついている彼女は、生徒会の副会長である。
その副会長の言葉に、麗奈は含みのある笑みを浮かべながら、人を寄せつけない雰囲気を持った切れ長の目を、窓の外から室内の会議用の椅子に座っている者達に向けた。
そこに並んで腰掛けているのは、一様にただならぬ雰囲気を持った連中。
一人は、モデルと見まがうばかりのスタイルの美少女。一人は、羽織袴を身につけた堅苦しそうな男。一人は、腹話術の人形を抱えたおとなしそうな生徒。一人は、ふてぶてしい顔をした小太りの男。
「大丈夫、こうなることは予想済み。だからこそ、彼らを集めたのよ」
麗奈の鋭い視線が、椅子に座る者達の顔を順に滑って行く。
「ご安心を。天文部一つ潰すくらい、このアニメ同好会にとっては造作もないことです」
制服のブレザーを着た美少女が自分のふくよかな胸をポンと叩いてみせた。その行為で、制服の上からでもわかるくらいに胸が揺れ動く。
「
この変な笑い方をするのは、羽織袴の男。顔はポーカフェスカを装っているが、瞬きの少ない細い目と、皮肉以外の笑みを浮かべそうにないへの字口は、頑固で頭の堅そうなイメージを与える。
「ちょっと、オタク同好会ってどういうことよ! その言葉撤回しなさい!」
「では、アニメのような幼稚なものを見て喜んでいる人間をオタクと言わずして、何をオタクと言うのかな?」
「暗くて地味な将棋をやってる人にそんなこと言われるなんて心外だわ!」
「――――! 将棋を馬鹿にする気か!?」
女の言葉で、それまで静かな顔で相手をしていた羽織袴の男の顔付きが一変した。見開いた目でアニメ同好会の女を睨め付ける。もっともその目は、見開いてやっと普通の人くらいの大きさだが。
この男は生徒会付属将棋部の部長だった。部長として、将棋を愚弄する言葉を許すわけにはいかない。
「もう。隣でうるさくされると迷惑だよねぇ、みーくん」
『ホント、ホント。いやになっちまうゼ』
険悪な雰囲気になる二人の横で、彼らを宥めるでなく、むしろ余計に怒らせそうな発言をするのは、制服を着た特にこれといって印象に残る特徴を持たない大人しそうな生徒。
その二つの声は高さも質も違っており、まるで二人で会話しているように聞こえるが、それはその生徒一人によるもの──正確には、彼と、その子が「みーくん」と呼んだ腹話術の人形によるもの──である。
「その通りだな。こんなところで言い争っていても、実力の程はわかりはしない。口でどうこう言っているよりも、実際に天文部を潰してくれた方が君らの実力を証明できるというものだ」
興味なさげにアニメ同好会と将棋部の話をそれまで、黙って聞くとはなしに聞いていた小太りの男が腹話術部に続いた。彼らの言葉に、アニメ同好会の女は将棋部相手にムキになる愚かさに気づき、睨み合いを解く。
「確かにその通りね。だったら、このアニメ同好会会長、
「
将棋部の言葉で二人の視線が再びぶつかり、火花を散らし出す。
「……会長、何だかすごく険悪なムードなんですけど。大丈夫でしょうか?」
不安げな顔で副会長が麗奈の顔を窺う。
「心配ないわ。こうやって互いに刺激しあって競争した方が、力を発揮できるものなのよ」
副会長の不安な視線を受けても全く気にした様子を見せない麗奈。だがそれは、彼らを信用しているからというよりも、彼らの間のチームワークなど最初から期待していないためであるように感じられる。
「それよりも、阿仁盟子さん。空野彼方の始末はあなたにお願いするわね。くれぐれも失敗のないように」
「ご心配なく。あの程度の技に遅れをとるアニメ同好会ではありません。それよりも、天文部を潰したあかつきには部への昇格と、部室の方を……」
「わかってるわ」
頼もしい盟子の言葉を受けた麗奈。だが、その顔はどこか不満げだ。
「……それよりも、アニメ同好会でなく生徒会付属アニメ同好会でしょ。ちゃんとフルネームで言ってもらわないと困るわ」
しかし、すでに彼方に勝った後の幸せを思い描き、それに浸っている盟子にはその声は届いていなかった。
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