第2話 天文部の必殺技

「くくく。天文部部長か……。過去の栄光など早く忘れることだね」

「……してたまるか」

「君もあんまり異端なことばかりしているとこの学校にいられなくなるよ。早く心を入れ替えたまえ」

「……廃部になんてしてたまるか」

「どうせなら君も我らが風紀委員会に──」


 調子に乗って彼方に言葉を浴びせようとしていた風紀委員だったが、彼方のただならぬ気配を感じとり言葉を止めた。


「……空野君?」


 風紀委員が恐る恐る呼びかけた瞬間、それまでうつむいて握り拳を震わせていた彼方が、がばっと面を上げた。その顔は絶望に打ちひしがれる者の顔ではない。堅い決意の色を瞳にたたえた前に進む者の顔だった。


 ふいに彼らのいる空間が異質なものへと変化する。彼方の足下に闇が生まれ、そこを中心として、闇がX軸、Y軸、Z軸の全方向に、三次元的に広がりだした。

 空は青。輝く白い雲は形を変えながら空を流れていく。雲を運ぶその心地よい風が頬を撫ぜ、清々しい朝の香りが鼻をくすぐる。

 そんな日常の風景。

 しかし、そこだけ──彼方ととろりんと風紀委員のいる場所だけが、漆黒の闇に覆われているという異常な状態だった。

 だが、漆黒と思われた闇の中に、だんだんと黄色、青、赤の様々な光がキラキラと輝き出す。そう、そこはまるで宇宙空間。


「な、なんだこれは!?」


 地面さえ、宇宙のような底なしの闇に姿を変え、そこにいる者達はまるで宙に浮いているような感覚に捕らわれる。

 そんな特異空間の中で、風紀委員達は慌てふためく。それはこんな事態に出くわした人間のとる自然な反応ともいえるが。


「天文部をなめるなよ」


 それとは対照的に、彼方の声は落ち着いてしっかりしていた。怒りを押し殺すようなその声からは、自信と風格さえも感じられる。


「だてに一週間もハワイで天体観測をして来たわけじゃない! そこで身につけた技を見せてやる!」


 彼方が右手を高く突き上げると、その腕の先に、宇宙空間のどこからか直径三十センチ程の青く輝く球体が一つ飛来してきた。大昔の人間ならともかく、現代の人間ならそれが宇宙から見た地球の姿に酷似していることがわかるだろう。


「部長~、わざわざ~ハワイにまで行って来たんですか。凄いですねぇ~」


 隣でとろりんが雰囲気を壊すような発言をしているが、彼方はそれを無視して意識を集中させた──というよりも、その集中力の前にはとろりんの言葉など耳に入っていないと言った方が正しいか。


「天文部必殺、地球百烈拳!!」


 彼方は上げた右手を下げて腰の後ろまで引き絞った後、空手の突きのような感じでその手を勢いよく前に突き出した。その動きにともない、彼方の近辺を浮遊しながら待機していた地球が、風のような早さで風紀委員達目がけて突っ込んで行く。


「な、なんだ――ぐふっ!」


 すべてを言い終わらないうちに、一人目の風紀委員は地球のボディーブローを食らっていた。だが、地球の攻撃はそれだけでは終わらない。ジャブのような早くて軽い攻撃を、今度は顔面に何発も叩き込んでボコボコにする。そしてトドメはアゴへのアッパーカット。

 その昔矢吹をノックアウトした力石のアッパーのごときキレを持ったその一撃に、男は小さく弧を描いて吹き飛ばされ、受け身もとれずに背中から地面に落ちた。

 そして一人目の目標をぶっ倒した地球は、すぐに次の標的へと向かって行く。


 ボコボコボコボコボコ


「うぎゃぁ、なんだこれ!?」

「や、やめてくれー!」


 たこ殴りにされる風紀委員達。


 数分後。惑星はもちろん宇宙空間も跡形もなく消失し、そこには、ぼろぼろになって倒れている風紀委員達と、それを見下ろしている彼方ととろりんの姿があった。


「天文部を馬鹿にするからだ」


 虫の息の風紀委員達に向け、この上まだ冷たい言葉を吐く彼方。いい根性をしている。


「でも、部長~。廃部が決まってしまってますけど、これからどうするんですか~?」


 今起こった不思議な現象には全く触れないとろりんもたいした神経をしている。


「とろりん、さっきの話は本当なのか?」


 一癖も二癖もあるこの学園の教師及び生徒。両者の関係は、不仲ではないが、互いの破天荒極まりない主張や要求故に常に衝突が絶えない。それでもこの学園を平穏ならしめていたのは、両者の間に入りクッションとなる生徒会があったればこそ。生徒会がなけば、この学園が今までのような自由な形をとれるようにはなっていなかったのは間違いない。

 だが、それだからこそ彼方には生徒会の突然の変貌ぶりが信じられなかった。

 確かに、生徒会は、生徒と教師の間のバランスをとるため大きな権力を与えられており、生徒はもちろん、教師に対しても大きな影響力を持っていた。その力を使えば風紀委員達が話した暴挙も実行可能であろう。だが、今の生徒会にはそれをなさしめないだけの良識──つまりは、生徒会長──が存在したはずだ。あの生徒会長がいる限りは間違ってもこんな事態にはなるはずがないというのが、彼方の正直な思いであった。

 しかし、とろりんは彼方の問いに対して首肯した。

 彼方は戸惑いを隠せない様子で、校舎を見上げる。彼方の視線の先にあるのは生徒会室。

 窓ガラスが太陽の光を反射し、中を覗くことはかなわないが、それは一週間前とどこも変わらない様子でそこにあった。

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