第26話 音羽リュウジとショッピングモール④

 僕が辞める、

 ただそれだけですべての問題が片付く。

 役者としてシサはいまや演劇部にとって必要不可欠な存在で、

 雑用の僕はそうではない。

 誰にでも代替できる仕事しかやっていない役立たずは退場させていただく。


 今からでも手伝ってくれる生徒を見つけだすことはできるはず。

 女ばかりの演劇部に入ったのが間違いだった。

 彼女たちの舞台は部外者として気楽な立場で観賞させてもらおう。

 その場から去ろうとしていた僕を引き留めたのは……近衛さんだった。

 力強く左手首を握られる。

「ダメ。困るでしょ!」

「困る? 誰が困るっていうんです?」

!! ! 私とシサさんとリュウジ君と、他のみんな全員で舞台を成功させる。これが今の私の目標なの!」

「僕の意思は!?」

「部にとってマイナスになる選択だから、リュウジ君はしないでしょ?」


「……唯我独尊ですね」

 これが近衛焉の正体だ。仲間想いのリーダーなんて見せかけの姿にすぎない。

 彼女は目的のために手段を選ばない。

『自分を悲しませたくないのなら演劇部を辞めることはあきらめろ』と僕に訴えかけている。裏表なしに演技ではなく本当の気持ちをぶちまけてきた。それが怖い。


「……それでも辞めるつもり?」

 こちらまで本音で応えてしまう。

 緊張からか、喉がカラカラになりながらこうまくしたてた。

「僕なんて大した男じゃないですよ。金持ちになって、いい女侍らせて、有名になりたくて英雄になりたくって。そういう俗物なんです。

 サッカーを辞めてハードルを下げてはいますけれど、本質は変わらない。自尊心の塊です。自分勝手な奴なんです。そんな僕でいいんですか?」

「かまわない。大事なのは今私に貢献してくれるかどうかだから」

 この人は善悪に頓着がない。

 役者・演出家としての目的をかなえるためにならそんなことは気にしない。

 驚いたことは近衛さんの僕に対する評価が高かったことだ。舞台に直接参加していないのに。こんな僕に。近衛さんはこんなときに嘘をつかない人だ。戸惑うしかない。


 横目でシサの反応をうかがう。

 僕の恋人志願者は……冷や汗をかきながら僕たちの立ち回りを見つめているだけだ。

 通行人数名が僕たちのまえで足を止めていた。

 口論を始めたと勘違いされたようだ。演劇部らしく即興劇をやっている気になってきた。始まるきっかけは最悪も最悪だったが。

「珍しく感情的になったわね、リュウジ君。今の長セリフかっこ良かった」

 拍手をして僕を褒めそやす近衛さん。

 シサは……無表情チベットスナギツネになって僕を見ていた。自分のふるまいのせいで問題が発生したというのに、自分が完全に蚊帳の外になっていたからだ。強い不満を感じているに違いない。

 野次馬たちは興味をなくし消えていった。


「問題提起しただけで解決案は見つからなかったけれど……。シサさんが学校ではリュウジ君とイチャつかない努力をしてもらう、それでいい?」

「わかりました。絶対に守ります。約束します」

 シサは小さな肩を落とし、そう答えた。


「なにか飲み物買ってきますね」

 いたたまれなくなった僕はそう言って立ち上がろうとし、失敗する。

 それどころか床に崩れ落ちた。

「あれ?」

 僕を抱き起こそうと肩を貸し、額に手を当てているのはシサのほうだった。

「……ひどい熱です! 家に帰しましょう」

「シ、シサさんは車できたんでしたよね。乗せて帰ってーー」

「おうちの方に連絡をーー」

「ともかく外まで運んで……」

 遠くから二人の声が響いてきた。心音を確かめるためか胸を触られる。記憶が途絶え……、


 次に憶えていたのは車の後部座席に座り、どちらかの女の子から冷たい飲み物を飲まされたことだ。また意識を失う。


 次に意識を取り戻したのは自分の部屋でだった。医者が僕を診察して帰っていく。どれくらい時間が経ったのかはわからない。外は明るかった。一日近く経過しているだろう。体調は元に戻っている。『回復』はいつだって気分がいいものだ。肉体的なものにせよ、精神的なものにせよ。

「こんなに治るのが気持ちがいいなら、もう一度風邪を引いてみようかな」

 僕はシサにむかって話しかける。制服姿の彼女はベッドの足下のほうに腰かけていた。


※※

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