第25話 音羽リュウジとショッピングモール③

 邪魔者がいる。嵯峨さんだ。

 彼女を止めるために僕とシサは自分たちの食べ物を提供する。

「あたしに人権が認められていないことはよくわかった」

 しかしテーブルに着いた嵯峨さんはうれしそうに料理にがっつき始め、僕たちにあっちにいけといわんばかりに手を振る。

 残りのメンバーはフードコートから離れることにした。近衛さんの指示だ。僕たち二人に話したいことがある。シサがあんな真似をしなければ平和なままに遭遇していただろう。

 エスカレーターで一階に降り、通路のソファに腰をかける。

「なにが問題なんですか?」

 シサが近衛さんに話しかける。

 近衛さんは答えず、眼を閉じ数秒間黙考する。そして口を開いた。

「あなたたち二人はつきあっているの?」

「つきあっていません」

 白々しく僕は答えた。

「シサさんはどういう認識?」

「つきあっていない、です。残念ながら。私はそうしたいとずっと思ってアピールしているんですけれど……。それこそ毎日そのつもりで話をしています」

「とっても熱心なのね」

 近衛さんは少し笑った。それから口を手で隠したポーズをして、またシンキングタイムに入ってしまった。

「……あの、近衛さん」と僕。

「ちょっと待ってね。……なにが不味いかというと」

「部内恋愛が不味いんですか?」

 シサは首を一五度だけ傾げる。

「私たちは一つの目標のために行動している。男女七人で」

「男女のバランス大分悪いですけどね」

「部内でイチャつかれるとチームワークに悪影響があるかもしれない。みんなそこまで大人にはなれないの。この点についてどう思う?」

 僕が答える。

「良くないでしょうね。遊びでやってるならともかく僕たちは大会で勝ちに行ってるんです。恋愛なんかにうつつを抜かしている暇はないはずです」


 強いチームはメンバー全員が規律を守って戦いに挑み勝つのだろう。

 お遊びグループはだらけた空気のまま本番に挑み負けることになる。

 本番の舞台が始まったときだけスイッチが入って本気になるとか、そんな都合良くオン・オフを切り替えられはしない。

 実戦は日常の延長線上にあるものだ。


 今度はシサが答える。

「隠してしまえばなにも問題ありませんよね? 部活中であろうと学校にいる間は普通の友人として接します。もう不用意に近づいたりなんてしません。外で会うときもこっそりと……。そうすれば他のみなさんの士気への影響なんてないはずです。私は役者ですから嘘なんてーー」

「さっきいちゃついていたのに?」

 シサは大急ぎで首を横に振る。僕は黙っていた。

「あれは、ちょっと言いたいことがあって顔を近づけただけです。リュウジ君が大げさに反応したから……」

 僕は黙っていた。

 近衛さんは難しい顔をしている。

「最初からシサさんのことを知っていたら、違う対応ができたかもしれないわね。シサさんがプロの子役で、リュウジ君と話がしたくて入部してきたって知っていたら」

「どういうことですか? 私は特別扱いなんてされたくーー」

「もっとシサさんのことを知るべきなのかもしれない。どう思う? リュウジ君は?」

「ごもっともです」

 そう答える。

 僕はまだシサのことをなにもわかっていない。数年前の経歴を知ってなお、彼女の本心がわからないままだ。

 シサは近衛さんを見て、それから僕を見た。

「リュウジ君はシサさんの扱い方を心得ているでしょう? あなたたち同じタイプの経歴の持ち主だから」

 僕はうなずく。

 だから彼女は僕に同情できた。

 だから僕も彼女に適応できたのだ。それはこの数週間の僕らの関係が証明している。僕はこんな美しい少女を相手にして気後れしなかった。彼女は僕に似ていたから。僕は言う。


「シサがどうして僕なんかを好きになったのかがわからない」


「パーソナルな情動を上手く他人に説明することはできません」


 シサは僕の問いかけに即答した。続けて言う。

「私の行動が演劇部の迷惑になってしまうことは重々承知です。でも……それでも私はこの人をあきらめたくない。中毒なんですよ。この人を離してしまうなんて私の選択肢にはありません」

「中毒……」これは近衛さん。

「執着されるこっちの身にもなって欲しい」これは僕。

「だって好きで好きで仕方ないんです。私の人生の目的ですよ」

 近衛さんと顔をあわせた。

 これはシサに対して失礼なアクションだったかもしれないが……。

 近衛さんは呆れるでもなく僕を見つめ返すだけだ。そしてシサを直視してこう言った。

「あなたが言うとおり、あなたが部員に迷惑をかけないのであれば、リュウジ君と交際しても問題はないです。部員として守ってもらいたいルールがあるのなら事前に告知するのが親切ですし」

 近衛さんは予想通りシサのわがままに対して寛容だった。優先すべきは役者の感情か。

「そ、それは助かりますけれど……」

 シサは僕を見る。

 僕は追撃した。

「いずれ今日みたいなことが起こって他の部員たちに迷惑をかける。これから大会が始まるっていうのにさ。みんなが稽古しているときに同じことしないって言い切れるの?」

「厳しいわねリュウジ君」

 シサは黙った。

「なにか解決策がある? 僕と同じ空間にいて同じことしないって約束できる?」

 シサは迷いながらも、口を開きなにか言葉を発しかけた。

 隣に座った少女より先に、僕はこう言った。

 簡単なことだ。


「僕が演劇部を辞めたらいい。そうすればシサは集中できる」


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