第24話 音羽リュウジとショッピングモール②

「せっかく創立記念日で平日休みだから遊びにいくのはわかるよ。だのに若い男女が集まってやることが映画鑑賞とか死んでるね。どうせならチチとかケツとか映るR-15映画にしようぜぇ」

 嵯峨さんに同情しようとしたのが誤りだった。この人は安定してクズのままだ。

 平日の昼すぎ、学校から一駅離れたエリアにあるショッピングモールに私服姿の演劇部の面々が集まっていた。今日はみんなリラックスした様子だ。

 すでにこの映画を観ていた一年生は熱い口調で絶賛していた。その子に対しネタバレを嫌う子もいれば内容を進んで知りたがる子もいる。両手にポップコーンとコーラを装備した子もいれば(脚本担当の二年生部員だ)金欠を訴える子もいる(これは嵯峨さんだ)。

 午後二時、施設内はそれほど混雑していなかった。


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『数ヶ月まえに上映が始まった話題の国産アニメ映画』を観ることを提案したのは近衛さんだった。

「大会まえに休息の時間をいれてもいいんじゃないの?」

「ーー一日休んだことを後悔するかもしれない」

 そう僕が澱んだ声で指摘すると近衛さんは青い顔になったのだが……それでも強く押しきる。

「新しい台本の稽古も始まったばかりだし! みんなシサさんと親睦を深めないと。確かに稽古する時間も貴重だけど、メリハリが大事よね」

「行きましょう」

「行きましょう」

 そういうことになった。


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 映画館の内部はガラガラだった。僕たちを除いたら二〇人も座っていなかっただろう。僕は他の部員たちから離れたところを狙おうと画策していたが、近衛さんと嵯峨さんに挟まれた席に着くことになる。

「どうして逃げようとしてたんだよリュウジ! ここ座れって!」

 座席を指す嵯峨さん。

「座ってほら!」

 立ち上がってとおる空間をつくってくれる近衛さん。

「映画に集中したかったんです」

 僕は席に着いてから弁明した。本当は勧められてうれしかったりする。

 嵯峨さんはメリハリのあるボディラインが浮き出るようなノースリーブのカットソーにゆったりとしたパンツ、近衛さんはいつにもなく露出過多でフード付きのパーカーにショートパンツというファッションだった。

「みんなのことそんなに嫌い?」と近衛さん。

 好き嫌いの問題ではなく、この人数の女子に男一人だけっていうのは目立ってしょうがないだろう。どういう関係なのか邪推されてしまう。

「学校でも女に囲まれて男から恨まれてるんだからよぉ。オタサーの姫みたいな立場のくせに」と嵯峨さん。

「姫あつかいはよしてください」

 過去最悪のたとえだな。

「リュウジ君男の子だからお姫様じゃなくて王子様よね」

 そういうことじゃないです。

 シサは僕たち三人の後ろに座り様子をうかがっていた。その横に他の部員たちが並んでいる。

「リュウジは無害だよ。毎日去勢してから部活に参加してるからな」

「キョセイ?」と近衛さん。

「汚い言葉を発しないでください」

「ああん? ならずっとあたしに黙ってろってことか?」

 そうだが。

「演劇部にいて女に囲まれるの見られたくないとか矛盾してんだろ」

「ぬ……」

「両手に花だぞ喜べよ」

「自分を花と表現する豪胆さ」

 近衛さんは振り返ってこう言う。

「一応、演劇部としての活動なので映画はちゃんと観てね。演技のヒントになるかもしれない」

 なら役者じゃない僕はただの付き添いか。

 ーーにしても演劇部、美人ばかりそろっているな。こういう人たちが自分のそばにいると気付くと、なんだか急に息苦しく感じられてきた。彼女たちの視界を汚している気がして。

「始まりますね」

 シサが囁いた。彼女が一番館内のマナーを守っている。

 配給会社のロゴマークがスクリーンに映しだされる。僕は寝不足だったので上映中に眠ってしまわないかが心配だった。そんなことをしたら映画をつくっている人たちに失礼かもしれないが。



 ーー映画が終わり劇場の外にでるともう夕方、部員たちは映画の感想を述べあったあと解散する。まだショッピングモールに用があるのは僕とシサだけだ。

 僕が歩いているとシサが追いつき、後ろから肩を叩いた。

「一人で行かないでください!」

「並んで歩く必要もないでしょ」

「普通に考えてください」

 いつにもなく人目を引く格好だ。腰の下までとどく大きなTシャツにベルトを巻きつけている。下は短いスカート。私服のヴァリエーションがありすぎる。クローゼットだけで僕の部屋くらいあるのではないかと想像される。

 僕たちの目的地は映画館のすぐそばにあるフードコートだ。どこにでもあるような全国共通規格の極普通の。

「こういう場所って初めてきました。好きな店で料理を頼んで自由な場所で食べる。なんだか楽しそう」

「最近流行りだしたわけじゃないよ」

「そんなことくらい知ってます。ただきたことがないだけで……」

「お腹空いてるの?」

 シサはうなずいたが……どうだろう。僕と一緒にいるための方便だろう。

 僕はうどんにした。お盆を手にして注文を済ませでてくるのを待つ。

 シサは悩んだ末に親子丼を頼んだ。

「うどんちょっと苦手なんですよね」

「なんで同じ店にしたの?」

「なんでってそれは……」

 わかりきったことだ。僕の横に並んでいたかったからに違いない。

 シサは内緒話でもするみたいに顔を近づけてきた。上目遣いになって、背伸びをして。僕は慣れたもので、彼女の顔を手で抑え牽制する。

「ちが、違います! そんなことするつもりなんて!」

 シサが僕の手首を握る。その手は喉元からうわずり顔の下にむかう。『あごクイ』しているように見えなくもない。あたかもキスの事前動作のような。僕は慌てて手を離した。

 キッチンにいた女性店員二人はまえに並んでいた客への提供と会計をしていて、僕たちのいざこざに気づかなかった。その二人は。

 別の人間はしっかり目撃していた。

 手にクレープを持った近衛さんと嵯峨さんが僕たち二人を見て呆れていた。近衛さんは口いっぱいにスイーツを頬張りモゴモゴさせるのを止め、あっけにとられた顔をする。

 なにか勘違いさせてしまったようだ。

 嵯峨さんはニヤニヤ笑いながら一歩こちらに近づいてくる。

「見たぜカップル。その距離感でやってないなんて嘘だろ?」

「早く死んでくださいよ」

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