第23話 音羽リュウジとショッピングモール
「ーー近衛さんのほうが私の先を行っている。そうでしょう?」
シサは僕にそうつぶやいた。
部活動の帰り道だった。
学校の正門前にあるコンビニに立ち寄り、僕がホットスナックを買い食いしていると、コーヒーを手にした彼女が横に立った。
「近衛さんたちはもう一年近くこの演目をやってるんだ。君が追いつける道理がないよ」
「納得できません。ブランクがあるとはいえ一般人に負けるなんて……」
「近衛さんは突然変異だからね。誰にも教えられてないし、たくさん映画や演劇を観て育ったわけじゃない。なのにあんなにいい役者なんだから……」
近衛さんには天与の才があるのだろう。
「怒らないんですか? 近衛さんのこと一般人呼ばわりして」
「だって一般人じゃん」
お金にならないことに全力を出せる素晴らしい人だ。
「私、近衛さんの意のままに動かされていると思うんですよね。『手駒になっている』っていうのでしょうか? ……言葉間違えました?」
「違うと思う。『手の平の上』の間違いじゃない?」
「そうなんですか……日本語は難しいですね。近衛さんが私の魅力を引きだしてくれているのはすごくわかりますよ」
「俺も観ていて楽しいよ」
「……あの人はいつも楽しそうにしていますよね。特に私と一緒のときは。あれはどういう感情なんですか?」
「遊び相手を見つけたって感じじゃない? 良きライヴァル?」
昔の僕にはいなかったな。
「お互いに高めあえる関係ってことですか?」
「この数週間ずっとそうだったでしょ。シサが役者の眼にもどったのは、本気をださないと近衛さんに対抗できないからでしょ?」
「役者の眼? ……私そんな眼をしてましたか?」
近衛さんから指示をだされているとき、彼女はひどく真剣な眼をしていた。
「君のでてくる場面は絶対ウケるよ」
「私が有名人だからですか?」
「それもあるけれど……。そうだ、君は有名人だから」
「なんですか?」
「部内の規律が守られるかそうでないかも君次第なところがある。君がチームの空気をつくっていることを忘れないでね。他の五人に感情が伝染しちゃう」
「それならわかります」
だからこそ近衛さんは元プロ相手に厳しく接したわけだ。
シサという個人の影響力が大なだけに、近衛さんも考えて日々コミュニケーションをとっている。特に甘やかすのはNGだ。シサも人間だから易きに流れてしまうかもしれない。
「話変わるけど、君たちと近衛さん二人の一番の被害者は同じ場面にでている嵯峨さんだね。たとえるなら怪獣二体に挟まれた一般人だよ」
「怪獣……もっと適した表現はないですか?」
あんなに大きな身体しているのに嵯峨さんは二人と同じ舞台に立った瞬間、その存在感が嘘みたいに消えてなくなってしまう。これまでの場面で感じられた覇気が消失する。単純にセリフの声量が足りない。芝居に迷いが見られる。共演者二人に対し精神的に完全に圧し負けているのがわかる。
「戦力にならない雑魚キャラ状態だよね。同情するしかない」
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