第22話 湯浅シサとドライブ②
「リュウジ君はサッカーで成功したらどんなことがしたかったですか? 大金を手に入れたら」
「……そうだな。笑われるかもしれないけれど、慈善活動にも興味があったよ。大勢の人の利益になることをしたかった。財団とか立ち上げてさ。それくらいの額を稼ぐつもりだったから。今は一般人に戻ったから、そんなの夢もまた夢だけど。おかしいかな?」
「いえ、少しもそうは思いません」
「少なくともあの人は越えるつもりだったんだよ? 競技は違うけれど、ほら、紹介されるときに二人分画像が用意されるあの人。あの人が衰えるまえに日本一有名なアスリートになるつもりだった」
「あの野球選手ですか。とても高い目標を用意してたんですね」
自分としては希望的解釈を含んだ夢なんかではなく、現実的な目標そのものだったのだけれど。
「今となっては冗談にもならないよ。……こっちの話はこれで終わりだ。次は君が話す番。交換条件だよ」
「先に言ってくれないと交換条件になってませんよ。子役時代の話をすればいいんですか?」
「そうだよ。俺は君の出ている作品は全部観た。今は君に興味津々だ」
「子供のころの私が魅力的で、今の私がそうではないみたいにきこえましたよ」
それは気のせいだ。
「君は演技ができる。辞めてしまったのが本当にもったいないよ……。最初のドラマで元気いっぱいの女の子を演じたでしょ? ユーモアいっぱいでさ、自分の親や隣近所の一家をふりまわしてた。あれは傑作だった」
「私はあんな不躾な子じゃないですけれど……」
「次に観たのはあの学園物。……主人公を手ひどくいじめるクラスメイトの女の子も当たり役だった。あのいじめっ子……すごく真に迫っていた。当時嫌われたんじゃない?」
「カミソリレターが事務所にとどいて警察沙汰になりましたよ……」
「怪我しなかった? 大丈夫? 映画も全部良かったよ。最初に主演をやったロードムービー作品が最高傑作かなぁ? あれって時系列順で撮ったんじゃない? 撮影中に演技が上手くなっていくのがわかったよ。生意気な子供が少しずつ大人になっていくあの感じ……。
ホラー映画も捨てがたい。何年か前にハリウッドでリメイクされたけど、君の演技のほうがずっと素晴らしかった。君があの亡霊に怖がっていると観ているこちらまで恐ろしいと感じてしまう。観客は幽霊じゃなくて君の演技にビビったんだよ。
アニメ映画が一番売れたのかな? 一〇〇億? 二〇〇億? 声優と実写じゃ演じ方が違うよね。なのにあんな自然で……監督からはどういう指導受けたの?」
「本当に好きになってくれたんですね。あのころの私をーー」
「俺は君のことを嫌いじゃないみたいだ」
これは本心からの言葉だ。
僕は彼女の履歴をようやく知ることができた。様々な役柄に挑戦し、出演した作品の成功に貢献してきた彼女の実力を、そしてその努力を。同じ『なにかに本気になれた人間』として認めないわけにはいかない。
シサは僕なんかよりもずっとプロだ。
僕はずっとこの同級生のことを甘く見ていた。
彼女は小学生ながらすでに大人の女性だった。役者であることに強い自負心を持っている。
僕にとってサッカーは仕事半分、遊び半分だった。引退したあのころでさえそうだ。シサと比べたら僕は本当に子供のままだ。
シサは横を向いている。なぜだろう?
「……私をどうしたいんですか?」
「君がもし良かったら、
シサは僕の右手に伸ばしかけた左手を引っこめた。口を大きく開く。
「読みあわせ……?」
僕はバックからタブレットをとりだす。台本のデータを開いた。
「そう。家につくまででいいからさ、おさらいしない?」
「稽古中そんなに悪かったですか?」
「そんなことないよ。ただシサのために協力できることならなんでもしたいって。俺が二人分になる。近衛さんと嵯峨さん二人分演じるから。やらないの?」
「や、やりますよ。協力していただけるならありがたいです……」
「大根役者だけどつきあってね……」
四〇分間。
僕は演じながらも観客の一人となっていた。まさに入神の域。部員たちがこの場にないことが悔やまれるくらいのベストパフォーマンスだった。
いつにもなくシサが演じる役の冷酷さ、冷徹さがきいているこちらに伝わってくる。
怒りを宿したその言葉は大人びていて、シリアスで、感情的で。……そう、まるで現実の世界で修羅場を体験している人物の演技だ。彼女は自分の父親を亡くしたあの過酷な体験をフィードバックしているのだろうか。
三周目の読みあわせが終わった。
車外の光景を確認してみると、もうすぐ僕の家が見えてくるころだった。浜尾さんが気を遣って到着する時間を調整してくれていたようだ。
僕は全然気づかなかった。それくらい僕も集中できていたということか。
「ーーまだ納得できていません、でも少しは良くなったかな……。こちらの方針のほうが上手くいきそうですね」
「プランがあるわけね」
「ありがとうございます。なんだか役をつかめた気がしてきました」
「それは良かった」
「それよりリュウジ君、あなたは裏方の仕事よりも役者のほうがむいていますよ。現国で音読するときに熱が入るタイプでしょう?」
なんでわかったんだ。
「どうしてみんな俺に役者になること薦めてくるの?」
「そんなに嫌がらなくても良いんですよ……」
車が停まった。
降りようとする僕を手で制し、シサは震える声でこう言った。
「あのとき、私は、役者を辞めさせられることよりも、父が亡くなった悲しさのほうが強かった。父に追いつくために始めた仕事でしたから」
「なぜ追いつこうと思ったの?」
「そうしないと両親が私に興味をもってくれなかったからですよ。二人とも自分の仕事に夢中で、私にあまりかまってくれなかった」
あんなに可愛い子を無碍にするとは。ひどい父と母ではないか。
代わりにシサの相手をしていたのは今運転席にいる浜尾さんなのだろう。彼は黙ってまえをむいている。
「子役の仕事をするようになってからは……母は私に関心をもつようになったんです。『いつかお父さんのように立派な役者になるのよ』と」
「娘ではなく夫の肩をもった? それはそれは」
「ええ。お母様にとってそれが自然な態度だった。母親であることよりも妻であることを選んだというか……そんなこと私が知った風に語るのは滑稽ですが。別居していても外でときどき会っていたみたいです。娘がいる家で会ったらロマンチックではないですからね」
苦笑するシサ。
「それはそれは」
「父と母の関係なんて推測するしかない。なにしろ片方がもういないんですから……」
「お母さんとの関係は良好なの?」
「基本的にはそうですね。学業の成績が良い限り好き勝手にやらせてもらっています。たとえば学校とか」
「君みたいな子が都立にくるなんておかしいと思っていたよ」
「リュウジ君に会うために選んだんですよ」
「それは普通に怖いんだけど」
ナチュラルに人生の二年間を棒に振ろうとしないでくれ。僕なんかために。
※※
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