第20話 音羽リュウジと部員たち③

「ーーみたいな話を嵯峨さんとしたんですけど、どう思います?」

「理解はできるわ」

「嵯峨さんは演劇部の活動をとおして有名になりたいみたいなことを言ってましたね」

「いきなり成功なんてしない。毎日コツコツ稽古を重ねないと上手くならないのと同じで、ある日急に私たちが有名人になったりなんてしないと思う。この点についてはリュウジ君のほうが詳しいんじゃない?」

「サッカーの場合、一度の活躍で無名の選手が一気に知れ渡ることは珍しくないです。僕が思ったのはーー」

「なにか懸念があるの?」

「そうですね。個人や団体の知名度っていうのは。一度上がったら(たとえ一発屋でも)名前は覚えてもらえます。ですがなかなか忘れてもらうことはできない。僕も引退したあと町で何度か声をかけらたことがあるんですよ。公式戦ワンゴールで地元のサポーターに顔を覚えてもらえた。それが嫌で東京こっちに通学しているんですけど」

「そうだったわね」

「『有名』から『無名』に戻るのは難しいってことです。そこで問題になるのは有名になるきっかけです。もし僕たち姫川高校演劇部が有名になるきっかけがいわゆる炎上ーー悪い形だったらその汚名をずっと背負うことになる。まっさらな状態からリスタートはできない」

「……もしかして、シサさんのこと?」

「そうです。元有名子役を擁した舞台としてのみ世間に知れ渡ることになったら、それは売名行為でしかない。実力を認められてのことではない、という懸念がですね……」

「私は違うと思う」

 近衛さんは手を挙げて僕を制する。

「私たちの舞台を知るきっかけがシサさんだとしても、面白ければそれでいいじゃない。見終われば納得してもらえる」

 その反応も予想したとおりだ。

「僕は肯定できません」

「えーだってたくさんの人が観てくれるんでしょう? それのなにが悪いのぅ?」

「普通の人はこう思いますよ。『高校生になった芳川シサが観られればそれでいい。他の役者が舞台に立っている時間は無駄だ』って」

 シサの演じるキャラクターは物語が六、七割終了した時点で登場する脇役だ。

 シサ一人を目的とした観客を想定するのなら、彼ないし彼女がシサがでてくるまでの約三〇分間高い集中力を維持してくれるとは思えない。

 そもそも前提として……高校演劇に内容を期待して観にくる人間がどれだけいる?

「シサさんの戸籍上の名前は『湯浅シサ』です。『芳川シサ』は父親との血のつながりを人々に意識させるための芸名にすぎない」

 今のシサは公人としてではなく、私人として活動しているわけだ。

「シサさんは一般人として演劇部に参加している……わかったわ」

 やや不満そうな顔をした近衛さん。

「超がつくほど有名だった彼女の名前を使うことは避けたほうが無難です。そんな形であの舞台を観てもらっても、正しい評価をもらえるとは思えない。動画の再生数だとか、観客の数だとか、それだけを基準にするといずれ詰みますよ」

 シサ目的の厄介なファンが押しかけてくるかもしれない。そこは本意ではない。

 我ながら困った子を連れてきてしまったものだ。

 いや、僕なんかがいなくてもシサは演劇部の部室に足を踏み入れていたかもしれないが。元女優とガチ勢の演劇部。彼女にとってうってつけの居場所だ。

「話変わるんですけれど」

「なになになに?」

「権威主義なリーダーは嫌われます。部長なんですから自信をもってシサと接してください。

 有名子役とはいえあなたは教える側の立場なんだから……そういうところは他の部員に見られています。相手がヴェテランだからって意見を躊躇したらダメですよ」

「確かに……うん、他の子と比べたら口をはさみにくい雰囲気はあるわ。でも彼女しっかり台本覚えてきてるし、演技も観る人に伝わってくる」

「でも演技の内容は不満なんでしょう? ときどき顔にでてますよ」

「最初っから九〇点とれる優等生に、教える側が一〇〇点を要求することはそんなにおかしい?」

「その一〇点を伸ばすのが大変なんでしょうね」

 近衛さんは腕を組んで考えこんだ。

「……リュウジ君はシサさんの演技をどう思う?」

「僕は素人なので」

「卑怯ねそのフレーズ。禁止にしない?」

 正しい演技に固執しているというか、真に迫っていないというか。

 付け焼き刃で一通りできるだけでアマチュアには合格点をあたえるべきだ。

 だが『芳川シサ』に期待した水準に達していないことは確かだ。

「……近衛さんはシサさんに対してどのようなイメージをもっていますか?」

「イメージ? そうね。シサさんはかわいいし、頭が良くて、育ちが良くて、ファッショナブルで、あとは言葉遣いが丁寧な子ね。役者として経験豊かで……どうしてそんなこときくの?」

「そこは表の部分にすぎません。僕たちはまだシサさんのことを知らないのかもしれない」

 同級生・湯浅シサのことは知っていても、芸能人・芳川シサのことは知らない。

 というか僕一人が彼女の地に触れすぎなところがある。この二週間のうちに。

「どうやったらシサさんを知ったことになるの? ……愚問だったわね。シサさんの作品を観ればいい」

「全部観ましょう。公開されている全作品を。なるべく早く」

「全部」

「出演した映画やドラマを観なければシサさんを理解したことにはなりません」

「無理無理無理無理。いったい何十時間かかると思ってるの?」

「演劇部の部長が部員の出演作品を把握しないのはどうなんですか?」

「いえいえいえいえ……私がシサさんにあの役をふったのは、シサさんが子役してたなんて知るまえだったし」

「彼女の作品を観ないで演技指導するってことは、彼女の努力をないがしろにするに等しいんですよ。演劇部部員のなかで僕と近衛さんだけは『芳川シサ』をまだ体験していない」

「……視聴しないとなの?」

「もちろん」

「つきあってくれる?」

「当然ですね」


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