第19話 音羽リュウジと部員たち②

「見たぞおリュウジ」

「なにをですか……?」

「ビビってるなリュウジ。あたしはまだなにも言ってないのに。心当たりあんのか?」

「別に……」

「まだシサにうしろから抱きつかれて挙動不審キョドってるリュウジを目撃したなんて言ってねぇだろ」

「……あれは相手のほうが勝手に抱きついてきたんですよ」

「ああん? 察するに、まだシサとは寝てないのか」

「怒りますよ」

「ゲラゲラゲラゲラゲラゲラ」

「人間は口語でゲラゲラ笑わないもんですよ」

「そうだな。ともかくおまえらお似合いのカップルだ。さっさと抱け。致せ」

「そういうんじゃないです」

「……おまえらは特別な人間だ。あたしらとは違う」

「なにが違うんです?」

「あたしたちは何者でもない。だがおまえとシサは『何者か』ではあっただろう? 過去形だけど」

「過去形ですけど」

 嵯峨さんの言うとおりではないか。

 僕とシサはそろって何万人に一人という経歴の持ち主だ。

 少なくとも普通の高校生ではない。

「世界一になろうとしていた中学生と、トップスターの父親に追いつこうとした小学生でしたね」

「おまえらは一時的とはいえ世間に名前が売れていた時期がある。まぁ国民的人気子役だったシサと一発屋のリュウジ君を比べるのは酷かもしれないが」

「そこまで格落ちしないと思ってますけれど……」

「あたしらは違う。演劇部はまだなにも成し遂げていない」

「去年関東大会まで進んだじゃないですか」

「んな実績、おまえらに比べたらカスだ。演劇なんぞドマイナーなんだよ。……あたしたちは素人とはいえ役者だ。多少は、いくらかは、それなりに有名になりたい。あれだーー」

「承認欲求?」

「そうそれ!! それくらい持ちあわせているさ。そのためにも舞台を成功させないといかん」

「僕にできることならなんだってしますよ」

「部室の隅でボールでも蹴ってろ妖精コロポックル

「手厳しい」

 まぁ僕に直接彼女たちに貢献できることなんてないけれど。

「ねぇこんな知りあいいない? フォロワー一万越えのアルファツイッタラーとか」

「いないです」

「人気動画配信者とかよ」

「僕そういうのあんまり観ないんで」

「近衛はのんびりしてるんだよね。舞台が面白ければ勝手に人気者になれる。つっても演劇部のSNSのフォロワーも動画の再生数も伸びんし」

 その管理に携わっているのでわかるが、まぁほとんど部員とその知りあいしか登録していないアカウントだ。

 顔がいい女子がいるのでインスタではやたらいいねがつくのだが。

「そりゃ宣伝しないとダメでしょう。いいものをつくれば売れるだなんて勘違いですよ」

「意識高い系の発言だね」

「僕たち高校生ですし、有名になるのなんて大人になってからでも遅くはない。世間に名前が知れ渡ってる高校生なんて本当に例外で……極一部のスポーツ選手かアイドルくらいーー」

「そのスポーツ選手やアイドルが身近にいるじゃねぇか」

「なるほど」

 シサはアイドルじゃなくて子役だったと思うけれど。

 嵯峨さんは僕を指さす。

「リュウジは愚かだなぁ疎かだなぁ」

「無理矢理韻を踏まないでください」

「ちったぁ考えりゃわかっこったろ? 身内に有名人がいたらあたしたちもそうなれるかもってーー」

「そう簡単にはいきませんよ」

 あまりにも欲が大きすぎる。

「校内で一番人気のある部じゃダメなんですか?」

 演劇部の定期公演であれだけ人が集まるのは珍しいだろう。講堂のキャパの四割ほどが埋まるくらいには我が部の舞台は盛況なのだ。

 その割には部員は定期的に不足しているが。

「ダメだ。スケールが小さすぎる」

「嵯峨さんはそんなに有名になりたいんですか?」

。近衛の演劇がこのままたかが高校演劇なんて小さな枠に収まって終わるだなんて我慢できないね。おめーは自分が惚れた女が小者のまま終わっていいだなんてーー」

「惚れてなんてないです」

 即否定。

「まだ近衛のことだなんて言ってねぇしよ。しょっちゅう見蕩れてるじゃねぇか」

「そんなことないですけど」

「全国制覇して、さらにその先になにがあるかはわからないが……とりあえずあたしたちの野望をかなえるためにシサはうってつけの存在だ。あの知名度は 使。あいつの名前で人が集まるわけだし」

「それは否定しませんが」

「だったらあいつを演劇部から離脱させないためにもリュウジ君がヒモ的なムーヴをみせることだって選択肢にはいるだろ」

「笑えないですよ」

「さっさと自分の女にしちまえばいいんだよ」

「価値観が古すぎませんか?」


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