第15話 湯浅シサと稽古場②
アメリカでは死人のようにすごしていた。
父を失い、役者という仕事を失い、現地の日本人コミュニティという狭い空間ですごす退屈な毎日。
その日スタジアムに足を運んだのは、私の意思によるものではなかった。できれば参加したくなかった行事だ。
サッカーなんて興味ない。ボールをゴールに入れる、GK以外の選手は手を使ってボールに触れてはいけない、くらいのことしかルールを把握していなかったほどだ。
アメリカの東海岸一帯でサッカーの国際大会が行われ、日本チームが勝ち残っている。同じ日本人として応援しよう、そういう理由付けのもとで行われた学校のイヴェントにすぎない。
サッカー男子、アンダー17ワールドカップ、決勝戦。
私はリュウジ君に魅せられた。
いや、私だけではない。あのファイナルを観た人間すべてが彼の名前を覚えただろう。音羽リュウジはゲームを支配した。あらゆる意味で。
あのゲームで発生したトピックを2つに絞ろう。
①前半の途中、リュウジ君は相手DFとの接触プレーで空中から落下し、頭をぶつけかけた。ゲームは数分間中断する。静まりかえるスタジアム。彼は試合中にあやうく死にそうになったわけだ……。
②それでもプレーを続けたリュウジ君は、後半22分に勝ち越しゴールを奪った。味方からきたパスを胸でトラップし、振り向きざまにボレーシュートを放ちブラジルゴールに突き刺してみせた。
スタジアムのどよめきは試合中ずっと止まらなかった。彼がベンチに下がっても、試合が終わっても。
リュウジ君のゴールが決勝点になった。日本代表は国際大会で初のタイトルを獲得したことになる。
もちろん選手全員の貢献あっての勝利だったが、それでもリュウジ君個人に勝因を求めてしまうのはしかたない。
同じ試合で事故死しかけた中学生が競技生活で1度あるかないかというスーパーゴールを決めた。一体どんなメンタリティを有していればそんな結果を得ることができるというのだ。
リュウジ君は私と同い年。スタンドで観戦する私の眼には、彼が特別な存在に思えてならなかった……。
会ったことも話したこともない相手を好きになるだなんてどうかしている。アイドルやミュージシャンを好きになるクラスメイトみたいに。自分がそんな子供みたいな考えをもつだなんて想像すらしていなかった。
でも私は……スタジアムで彼と眼があったのだ。ゴールを決めたあと、スタンドにいる私にむかって笑いかけてくれた……気がした。それだけだ。
それだけでいい。
私は毎日リュウジ君に関する新しい情報をチェックするようになった。
大会が終わり数週間が経過すると、リュウジ君は少しずつ有名な選手になっていた。
そもそも高校年代を対象とした大会に中学生が参加していたのだ。
彼はあの大会前から順調すぎるほど順調なサッカー人生を歩んできたし、これからもきっとそうに違いない。子供ながら強いプレッシャーをかけられながらも、成功を重ね続けてきた。
まるで私だ。
私と一緒。小さなころから子役として世間に名前を売り続けてきた私と同じ。
きっと彼も私と同じように、周囲の大人たちからテストされ続けてきたのだろう。
湯浅シサには子役としての能力がある。だからドラマや映画で重要な役をあたえ、スターに育て上げようと。
音羽リュウジにはストライカーとしての才能がある。だから飛び級させ無理矢理でも試合に出場させ成長させようと。
リュウジ君がかつての私のように、日本中の人に名前を知られ、愛されるような存在になる。そう信じていたし、そうなることを望んでいた。
私は決してリュウジ君が私と同じ轍を踏むことなど期待してなどいなかった。サッカー選手としてどこまでも高みを目指してもらいたかった。
およそ1年半前、リュウジ君が心臓の病で選手生活を辞めたことを知ると、私は彼と会うための行動を開始した。
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