第9話 湯浅シサとデート
「やはり物が違う…」「シサさんのために新しいキャラを登場させるなんてどうでしょうか?」「
シサが読みあわせの稽古に参加したその日、部室の掃除を済ませ帰ろうとしたタイミングだった。
なにもかもシサの思惑通りことが運んでいるのではないか。僕へ接触したことも、僕が所属している演劇部に入部し、この演技を披露したことも。
シサがスマホで執事へのメッセージを送っていた。僕は少女の姿をうかがっている。
シサが振り返る。その眼は寝不足からかわずかに赤みがかっていた。きっと昨晩のうちに台本を読み、どの役を振られても問題ないように準備していたのだろう。
思えば最初に会ったときからヒントはあったのだ。立っているときの姿勢からして余人とは違う。あれは他人に見られることを常に意識している人のものだった。
今日の彼女の演技は
シサは僕の今現在の興味の対象に踏みこんだ。演技の世界に。
彼女を認めないわけにはいかない。
シサは細い指を一本立て、口元に添えてこう言った。まるで僕の心の中を読みとったかのような発言だった。
「
「なんで英語?」
いやわかるけれど。
彼女は英語のまま続けた。数年間アメリカにいたとはいえ達者すぎる。
「私にあわせて英語で喋ってくださいよ。リュウジ君ならできますよね? サッカー選手として将来のキャリアのために英語やスペイン語などを勉強していたのでは?」
「まぁそれは事実だけど」
どちらも簡単な会話ならできる。
「他のみなさまにはきかれたくないので」
なら時と場所を選んだほうが良いのでは?
他の部員たちはいぶかしげな顔で僕たちを見ていた。
「どうでした? 私の今日の演技は。リュウジ君の意見がききたいです」
「もうちょっとゆっくりしゃべってくれない? ききとりにくいよ」
「仕方ないですね」
「……君の演技なら良かったよ。誰もが認めると思う。ほぼファーストパフォーマンスであれは優等生すぎる。セリフもつっかえなかったし」
「そんなの当たり前です」
不満そうな顔をするシサ。
「もっとはっきり言うなら衝撃的だった。近衛さん以来だよ、俺を驚かせた演技を観たのは。つっても俺は眼が肥えた観客じゃないけどね。なんていうか、卓越していた。新参者なのに一緒に演じている他の人をコントロールできてたんじゃない? 自分を引き立たせるために。脇役が主役を喰ってた。それでいて劇としてはより面白いほうに作用していた、みたいな?」
「続きをどうぞ」
「特に悪役令嬢から理不尽な折檻を受けたメイドが床に倒れ伏しつつこの状況とはまったく関係のない小噺を続けるシーン。舞台に登場したばかりのサブキャラなのに猛烈な勢いでキャラがたっていくあのシーンが素晴らしかった。これで満足した?」
「
真面目な顔をしてシサはそう言った。
「……君は何者なの? 初めて役を演じたなんて嘘でしょ? というかどうして急に演劇部にきたの? なんか秘密があるんじゃないの?」
「そうですね。明日デートしてくれたら答えてあげてもよろしいです」
今日金曜日。
明日土曜日。演劇部の活動はオフの日だった。
「いかがです?」
そう言って彼女は手を僕のほうに伸ばす。
「べ、別に用事なんてないけど、君につきあう義理はないだろ」
「すげないですね」
「もっと言葉を尽くし欲しい」
僕の心を動かしたいなら。
シサはゆっくり首を横に振る。
「何度も同じことは口にできません。私のプライドが許しません」
「うむぅ」
手強い女だ。
「それにデートってきいたとき、リュウジ君少し喜んでましたよね。自分の心にむきあってくださいよ。本当は私と外で会うの、断りたくないんでしょう」
そのタイミングで僕は部員たちの顔を再度うかがった。誰一人帰ってない。シサと僕の英語のせいだ。
「おまえらさ、デートって単語くらいききとれてるからな」
これは嵯峨さん。
「二人して英語で話をしてマウントとってるみたいに感じました」
これは別の部員。
「英語の意味なかった!! つか
「私は恥ずかしくないですよ」
強いなシサ。
「あなたたちいつのまにそんな関係になってたの?」
これは近衛さん。
いや違うんです。
「そんなじゃないです」
「そんなってどんなだよ?」と嵯峨さん。
シサは部員たちに顔をむけ、稽古中と同様、明瞭な発声でこう問いかけた。
「みなさん問題ないですか? リュウジ君をデートに連れて行って」
結局隠さないんかい。
「洗って返せば
嵯峨さんは愉快そうに言った。
僕は不愉快になって言い返した。
「返すもなにも僕は僕のものです」
ぱっと見誰も残念がってないし妬んでない。彼女たちにとって僕の異性としての価値なんてそんなものだ。そしてそれは正しい査定だといえる。
「いくんですか?」とシサは問いかける。
「いけばいいんでしょ」と僕は答えた。
デート。物語の中でしか発生しないイヴェントだと思っていた。
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