第8話 湯浅シサと演劇部②

 本日の部活動が終了した。


 下校途中。僕とシサと嵯峨さんと近衛さんの四人が学校から駅まで並んで歩いている。

 嵯峨さんは僕にむかって言った。

「リュウジ君今日に限っては紳士だったね。いつもみたいに部員の肩つかんだり、外で会う約束とりつけようとしたりぃ、拒絶されても笑ってごまかそうとしたりしてるのに。今日はセクハラは休み?」


 僕は言い返した。

「頼むから死んでください」

 シサは嵯峨さんの流言飛語を笑ってきき流していた。

 車で通学しているシサは家の者に連絡しそれを断り、電車で僕たちと途中まで一緒に帰ろうとしている。あの日最初に話しかけてきたときは僕たちを尾行していたのだろうか?


 先頭を歩く近衛さんは口を手で隠し、なにやら考えこんでいる様子だった。イケメンがしそうなポーズだ。

「どうしたんですか?」

「シサさんの役にセリフを足したいなぁって。入部したばかりで急だけど、ただの脇役なんてもったいないし。立ち回りも覚えてもらって……メインじゃないにせよ出番のある役を……」

「(シサは)素人でしょう?」

「かもしれないけど、勧誘してもないのに演劇部にきてくれる子だよ。なにか経験があるんじゃない? アメリカにいたっていうし」


 最後尾にいたシサが僕たちに追いついて答える。

「あちらでそういう勉強はしていません」

「だって」と嵯峨さん。


「シサさんは演劇部にとって今一番重要な部員だよ」

 そう主張する近衛さん。


 その言葉をきいて嵯峨さんはにやにやと笑っている。

 シサ自身は否定せずに微かにうなずいた。どこから湧いてくるのその自信。

 まぁ下々の者としては近衛さんの直感を信じるしかない。



 姫川高校演劇部部長近衛焉の直感は正しかった。湯浅シサは役者として完璧といっていい存在だった。


 翌日、その日初めて読みあわせの稽古に参加したシサは驚くべき演技を見せる。脚本を読みこみ、シナリオの根幹を理解し、キャラクターをつかみ、その感情を豊かに表現し、初めて共演した役者たちの間と空気を読み、その役をーー一場面とはいえーー見事に演じきった。


 念のために言っておくが、近衛さんが彼女にその役を指定したのはその日の稽古が始まってからだ。

 同じ役をずっと任されていた一年生の部員は青ざめていた。彼女はシサに喰われたのだ。台本をあたえられたシサには一晩準備する時間があったとはいえ、ただそれだけの猶予で自分の努力を覆されたに等しいわけだから。


 間違いない。

 シサは役者としての経験がある。それも超本格的な。

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