異世界配信者へといたるまで
第2話 おじさん、異世界へ
「そんなんじゃ、君さぁ。どこでもやっていけないよ」
つまらないミスをして、上司から嫌味をくらう毎日。
俺、広瀬雅也は会社員に向いていなかった。
就職してみるまで自分がこんなに向いてないなんて知らなかった。
自分ならなんとかなると思ってた。
でも、なんとかなんてならなかった。
社会人がこれほど大変だなんて学生の頃は思いもしなかったな。
毎日死んだ目で残業して、家と会社の往復を繰り返す毎日。
おかしいな。就活サイトには定時に帰れて、みんな仲良いアットホームな職場ですって書いてあったのにな。
全然、違うんですけど……。普通に職場のみんな仲悪いし。
陰口のオンパレードに残業の押し付け合い。見るに堪えません。
家に帰って買ってきたコンビニ弁当をもそもそと食べる。
仕事しかしてない俺は当然、独身だ。
手料理を作ってくれる彼女とか奥さんの存在が都市伝説だと思えるほどに一人寂しく生活している。
これが俺の日常だ。どうだ、つまらないだろう。ははは……。
まあ、俺が一番つまらないと思っているんだけどね。
空しくなったのでパソコンを起動させて、大手動画サイトのMetubeをつける。
Metubeは基本的に動画サイトだが、俺が見るのは主に配信だ。
登録したチャンネルを見てみると、ピコピコと光っている。
リョウが配信中だ。見に行かなきゃ。
急いでチャンネルへと飛び、配信を見る。
リョウってのは日本で三番目に有名な俺と同い年の男性配信者だ。
言葉の端々にセンスがあって、面白くて、ついつい見てしまう。
そのリョウが雑談をしていた。
俺はとりわけ、リョウの雑談配信が好きだった。
仕事が終わった後にビールを飲みながらまったり聞くのにちょうどいいのだ。
リョウは社会人時代のことについて話していた。
そこがブラックで大変な思いをしたことを語っていた。
聞いているうちにまるでうちの職場みたいだなぁと勝手に共感していた。
そのせいか、俺はついコメントをしていた。
『配信者になってよかったですか?』
どうせ拾われることないと思っていたが、偶然リョウの目にとまった。
今までコメントが一度も拾われることなんてなかったのに。
今日に限ってミラクルが起きた。
「配信者になってよかったかって? そりゃ、もちろん。配信者になって毎日超たのしいよ。こうやって、雑談すればみんな聞きにきてくれるし、ゲーム実況をすればみんなでリアルタイムで楽しめる。この一体感っていうの、たまんないね。コメントした君も興味があるなら配信やってみなよ。楽しいぜ」
それは雲間から差した一筋の光のようだった。
考えもしなかった。
そうか。俺も配信者をやってみればいいんだ。
サラリーマンなんてやめて、俺も配信者になろう。
このつまらない生活に終わりを告げよう。
翌日、俺はすぐに会社に退職届けを出して、帰りに配信機材を買った。
善は急げだ。
すぐには成功しないだろうが、なあに大丈夫さ。
俺には今まで残業してきた分の貯金がある。
長くコツコツとやっていこう。
会社を辞めるまでの間、俺は配信のネタを考え続けた。
ノートにアイデアを書き溜め、少しでも配信の足しにしようと考えた。
夜になると色んな配信者の配信を見て、話し方やリスナーのいじり方などを勉強した。
配信者名はまさやんにしようかな。
自分の名前の雅也からとって、まさやん。
うん、親しみやすそうでいいな。
寝る前には配信者として成功する自分を妄想する。
人気配信者のリョウは年収10億も稼いでいるらしい。
前に雑談配信で聞いたことがある。
そこまで人気にならなくても年収500万くらい稼げればいいかな。
でも、人気になって女子大生とかからモテたりしたらどうしよう。
配信者はモテるからな。
リョウも以前、三股して炎上したし、俺もそんなにモテたらどうしよう。
いやでも、女性視聴者から人気出るより男性視聴者に人気が出るほうがいいかもな。男だけでワイワイやる配信も楽しそうだ。
考え出すとニヤニヤが止まらない。
くぅー、今から楽しみだぜ。
会社を正式に辞めた日、いつものように上司から嫌味を言われるが、俺はもう気にしない。もう辞めるからな。
涼しい顔で聞き流す。こんなに気持ちのいい気分は何年ぶりだろうか。
この職場ともおさらばだ。
じゃあな、上司よ。お前とは二度と会うこともないだろう。
帰って、機材を準備し配信を始める。
ここから俺の配信者人生のスタートだ。
まずは最初に雑談配信から始めてみることにした。
俺の爆笑トークでファンを一気に増やしてやる。
この日のためにリョウや他の配信者の配信を見て勉強したんだ。
そう思っていたのだが、同時接続人数はゼロ人だった。
これは今配信を見ている人の数をあらわすもので、ゼロということは誰も俺の配信を見ていないということだ。
ま、まあ、始めたばかりだしな。こんなもんだろ。
そのうち人も来るさ。
そう思って一時間が経過した。
相変わらず誰も入ってこない。
お、おかしいな。時間帯が悪かったのかな。
それとも初っ端から雑談配信は飛ばし過ぎたか?
ここはゲーム実況にすべきだったか?
誰も入ってこないし、そろそろ配信切ろうかなと思っていると一人入ってきた。
「初めまして、Metuberのまさやんです。趣味はアニメとラノベとMetube。配信初心者だけどバンバンコメント拾っていくから覚悟しろよな」
決まった。まず、名前のまさやんという名前が親しみやすくていいし、趣味がアニメとラノベでちょっとしたオタクアピール。ネットはオタクが多いからな。
それでいてコメントを読んでいくという視聴者への嬉しいサービス。
これでファン一人獲得だぜ。
『部屋間違えたんで、帰りますね』
「え、ちょっ、まっ」
呼びとめようとするもすぐに出ていってしまい、同時接続数は再びゼロへ。
ぼっきりと心が折れた。
「今日は配信終了します。ご視聴ありがとうございました」
誰もいないのにそう呟いた。
その夜、俺はいつもより早く寝た。
ふて寝をしたのはこれが人生初だ。
次の日になって、今度はゲーム配信をすることにした。
まだまだ俺は諦めないぜ。
人気配信者でもないのに初っ端から雑談配信は無謀すぎたな。
でも、ゲーム配信なら大丈夫。
人気ゲームを配信すれば人気のゲームに寄って、視聴者も増えるはず。
そこで俺のトークを披露。チャンネル登録者増えまくり。
勝ったな、ガハハ。
すでにMetubeで人気のゲームは買ってある。
抜かりはない。
今度こそ俺は人気配信者になるんだ。
『もう見飽きたわ、このゲーム』
『おっさん下手だな』
始めたはいいものの、同時接続数は五人。
昨日よりはマシとはいえ、少ない。
しかもコメントは二つだけ。
配信ってこんなに人が集まらないもんなのか。
十人集めることすら至難の業なんだが。
ええい、まだだ。まだ終わらんよ。
今日はゲーム選びが悪かっただけだ。
別のゲームにすればきっと……。
そう思い、半年間配信をし続けた。
結果はチャンネル登録者十六人。
お金がもらえる収益化にいたるまでのチャンネル登録者千人は程遠い。
ここにきてようやく気付いた。
俺、向いてねえのかなって。
配信者ってのは結局才能がいるんだろう。
そして、俺にその才能はない。
人を惹きつけられるものがないのだ。
諦めて再就職しようかな。
好きなことをして生きていく。
Metuberの代表的な台詞。
でも、俺には無理だ。
俺はリョウみたいにはなれない。
ちょうど諦めようとしている時だった。
スマホから電話がかかってくる。
相手は母親だった。
なんだろう、とりあえず出るか。
「もしもし、母さん俺だけど」
「あんたもうお盆だけどこっちに帰らなくていいの?」
「お盆?」
そうか、もうお盆だったのか。
どうしようかな。実家帰ろうかな。
「で、どうするの? 帰ってくるの? 帰ってこないの?」
「……帰るよ」
どうせ、Metube上手くいってないし。
少しくらい休んでも構わないだろう。
俺の実家は九州のK県にある。
今住んでいる東京からは大分離れているが、これは俺が上京してみたかったからだ。一度は都会に住んで優雅な生活を送ってみたかったのだ。
結局、そんな生活は一度も送れていないが。
古めかしい家が並ぶ住宅街の一軒家の前まで来る。
家は二階建ての木造で、庭があり裏に物置がある。
ここが俺の実家だ。
どこにでもあるような平凡な家だが、住み心地はいい。
さっそく中へ入るか。
チャイムを鳴らすと母親が出てくる。
「おかえり。あんたの部屋、そのままにしてあるから。荷物置いてきな」
「そうするよ」
二階にある俺の部屋に荷物を置いて、一階へと戻る。
俺が階段をちょうど下りきった時だった。
母親が急に話しかけてきた。
「ねぇ、あんた。物置の掃除してくれない。今度、お父さんが残したいらないものを一気に捨てようと思ってるからさ」
「えぇ、やだよ。俺、帰ってきたばっかりなんだぜ」
「いいじゃないか。ご飯を出してあげるんだからそれくらい」
「……わかったよ」
まあ、お世話になるからそれくらいやってもいいかな。
俺は仕方なく、家の裏にある物置へと向かう。
扉を開け、中へと入るとむわっと埃の臭いがする。
これは全然片付けてないな。
というか、俺に最初から押し付けるつもりだったな。あのババア。
爺さんは世界各地から色んな珍しいものを集めるコレクターだった。
あちこちへ旅行へ行ってはなにに使えるのかわからない物を買ってくる。
そのセンスは俺達一般人にはあまり理解できない。
役に立つものなんてないな。全部、捨てよう。そう思っていた時だった。
一冊の本が目に入った。
随分と年季が入ってそうな本だった。
表紙には見たことのない文字が書かれている。
どこかの外国で買ってきたんだろうか。
興味本位でパラパラとめくってみると、メモ書きがあった。
この筆跡、爺さんのか。
「なになに、この魔法書を持ってこう唱えるべし。転移魔法ルーテ」
途端に俺の周りが白い光に包まれる。
これが俺が最初に使った魔法だった。
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