第34話

翌日からあの生徒は学校に来なくなり、間もなく自主退学となった。松本家から圧力がかかったのだろう。佳奈多を守ることができた大翔は安堵した。あの時のあの男の名前も顔も、大翔はもう覚えてもいない。

そいつが見せしめとなり、不用意に佳奈多に近づく人間はいなくなった。外部入学生を迎えて落ち着きのなかった頃を過ぎると、周りの目も落ち着いた。



中等部に上がってから、佳奈多からのお願いで二人は放課後に図書館で勉強をするようになった。大翔の横で懸命に学ぶ佳奈多を見ている時間はとても幸せだった。誰にも邪魔されず、二人きりの時間を過ごすことができる。

「ひ、大翔君、ここ、わかんない…」

佳奈多はわからないところはしばらく悩んでから聞いてくる。ちゃんと自分で考えてから答えを導こうとしている。ここは進学校でもあるので授業の進むスピードが早く、一つの授業で覚えることがとても多い。佳奈多は決して勉強ができないわけじゃない。この学校の授業方針が合わないだけだ。おっとりとした佳奈多は詰め込むよりも、基礎をじっくり学んだほうが応用ができる。

「これね。こっちの公式当てはめてやるんだよ」

「…あ!うん、わかった、これ、ここ?」

「そうそう。そしたらあとは、そのまま計算して…」

佳奈多は納得しながら先に進んでいく。佳奈多に伝えることで、大翔も復習になっている。穏やかなこの時間が、大翔にとって何より楽しみな時間だった。



あの頃、まさかあんなことが起きるなんて、大翔は思っても見なかった。佳奈多が深く傷ついた。もっとちゃんと、帰宅したあとの佳奈多を見張っておけば良かったと、大翔は今も、何度も何度も後悔している。



帰宅したあと、勉強をしたり空手の道場に行ったりした後はランニングをしながら佳奈多の家を見上げるのが日課になった。眠るまでの時間をもてあましていた大翔にとって大切でなくてはならない時間だった。

佳奈多の家は他の家に比べて早くにリビングの明かりが消える。1階の明かりが消えてから、2階の、玄関から見える窓に明かりが灯る。そこは毎日21時には明かりが消える。あそこが佳奈多の部屋だ。窓やカーテンを開け締めする佳奈多を何度か見たことがある。今夜も姿を見せてくれないか期待をしながら、大翔は明かりが消えるまで見上げている。

(おやすみ、かなちゃん)

離れていても、佳奈多の存在を感じられる。幸せな一時だった。いつも明かりが消えてしばらくしてから大翔は家路についていた。

あの日は中々部屋の明かりが消えなかった。いつもの就寝時間は過ぎている。どうしたのかと考えていると、誰かが走って近づいてきた。

「かなちゃん?」

家の中にいると思っていた佳奈多だった。佳奈多は涙を流していて、大翔を見るなり崩れ落ちてしまった。一体何があったのか。こんな時間に外に出て、何をしていたのか。問いただしても佳奈多は答えない。

誰かと会っていたのだろうか。大翔の知らない誰かと。その相手と、何をしていたのだろうか。

大翔は頭に血が昇っていった。怯える佳奈多の腕をひいて、佳奈多の家に押し入るようにして入り込んだ。1階の明かりは消えている。こんな時間に佳奈多が外にいるということは、たぶん家の中に誰もいないのだろう。誰かいるとしても、こんな時間に外出を許したならその相手を怒鳴りつけてやろうと思っていた。どうしてきちんと佳奈多を見てくれていなかったのか。

久しぶりに入った佳奈多の部屋で、大翔は佳奈多をベッドに押し倒す。

誰と、何を、してきたのか。まさかとは思うが、こんな時間に、パパ活でもしてきたんじゃないだろうか。

確認するために、抵抗する佳奈多をねじ伏せて、服に手をかけた。突然佳奈多が絶叫した。

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