第33話

中学生になって外部からの入学生も増えた。大翔に対する視線も変わってきた。『松本頭取の息子』という、今までの敬愛するだけの視線ではなく、どんな人間なのかと値踏みする視線も加わった。うっとおしい視線に大翔はつい苛立ってしまう。佳奈多を怖がらせないようにと思っているのに、時々刺々しい空気をうまく隠せなくなる時があった。

大翔自身がまだ幼く、佳奈多に甘えている部分もあったのだと思う。

「松本、君」

佳奈多に呼ばれて、大翔は苛立ちを隠せなかった。この名字を、佳奈多には絶対に呼んでほしくなかった。名前が変わった理由を、あの頃を知っている佳奈多にだけは、呼んでほしくない。

突然、何故佳奈多は呼び方を変えたのだろう。何かあったのだろうか。誰かに何か、吹き込まれたのだろうか。自分以外の誰かに。

「…かなちゃん。どうしたの?誰かに、何か言われた?」

「あ、違う、違う、けど」

つい、強い口調で問い詰めてしまった。佳奈多は怯えて、手を繋いだまま距離を取る。それでも振りほどくことはしない。優しい佳奈多に、大翔は気持を落ち着けようと心がけた。

佳奈多を守る自分でいたい。

「いいよ、今まで通りで」

「…じゃあ、大翔君って、呼ぶね」

強く手を握ると、佳奈多はほっと息を吐いた。

どうして変わってしまうんだろう。あの頃の佳奈多のままでいてほしいのに。こんな、クソのような周りに影響されることなんてないのに。

佳奈多は佳奈多のままでいてほしい。

大翔はもどかしさを感じていた。




外部入学生の中には自己の正義を振りかざして勘違いをする輩もいた。

「松本が自分の権力を使って藤野を支配している。藤野は俺が助けてやるんだ!」

そんなことを吹聴する同級生がいた。松本頭取の息子である大翔よりも上に立つ。その足がかりとしてまず佳奈多を救って実績を作る。

佳奈多の耳に入らないようにしたが、大翔は胸糞が悪くて反吐がでそうだった。良いように言って、ただ大翔から佳奈多を奪いたいだけだ。

そいつは佳奈多を目で追っていた。佳奈多が他の男の目に入ることも許し難い。

佳奈多と着替えをする教室で、大翔は佳奈多に声をかけた。

「かなちゃん、先に着替えてて。かなちゃんが終わったら入るから、教えてね」

佳奈多を残して部屋を出ると、外にそいつが立っていた。案の定、後を追ってきたらしい。

「藤野を、開放しろ!こんなところに連れ込んっ」

「うるさい。騒ぐな」

騒ぐそいつの喉を片手で締め上げる。佳奈多に聞かれたらどうするのか。大翔よりも大きな体は固まっている。おかしな色になっていく顔面に呟いた。

「せっかく、入学できたのにな」

言葉は理解できたようで、そいつは目を見開いて大翔を見た。外部からの入学には試験と面接がある。そして何より多額の入学金と寄付金が必要になる。大翔は男子生徒を投げ捨てた。大げさに転がったそいつは喉を押さえて、後ずさる。大翔は後を追った。

「二度と彼に近づくな」

生徒は何度も頷いて、転がるように走り去った。周りには何人か生徒がいる。大翔は佳奈多のいる教室に向かった。教室の扉が開いた気配はなかった。しばらくすると、扉が開く。

「あっ、大翔君…着替え、終わったよ」

「うん。俺も着替えるから。中、入れて」

体操服に着替えた佳奈多が顔を出した。佳奈多と共に教室に入る。ざわついている廊下を見て佳奈多は首を傾げた。

「何か、あったの?」

「さぁ。知らない」

佳奈多は不安気に締めた扉を見つめている。良かった。佳奈多は気づいていない。大翔は着替えを始めた。

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