第32話
「せなか、やだ」
帰りの飛行機でも体調が悪そうな佳奈多を気遣っていた。背中を撫でてあけたが、余計に吐きそうになってしまったらしい。佳奈多の嫌がることはしない。大翔は佳奈多を見守った。
何よりも大切な佳奈多。もう少しで別れが来る。
あっという間に空港についた。母の姿を見て安堵している佳奈多を見て、大翔も少しほっとした。同時に羨ましくもあった。佳奈多の母の誘いに、大翔は喜んだ。もちろん、行こうとした。
しかし、父の秘書が迎えに来ていた。今日は誰も迎えに来ないと思っていたのに。殴りつけたくなるほど腹がたった。佳奈多ともう少し一緒にいられると思ったのに。体調の悪い佳奈多と一緒に帰りたかった。最近は両親が駄目だと言っていると、家にあげさせてもらえなかった。佳奈多の家に入れるチャンスだったのに。
大翔は表情に出さないように注意を払った。佳奈多と佳奈多の母に別れを告げて背中を向ける。佳奈多を見たら、きっと繕えなくなる。大翔は振り返らずに秘書とその場を後にした。
大翔は自宅ではなく銀行に連れて行かれた。父が頭取を務める銀行の本店だ。広い建物の中、行き着いたのは大きな両開きの扉で、秘書に促されて入った室内の豪奢な机に向かって父は腰掛けていた。机の前にソファセットが置かれている。通り過ぎて、大翔は机を挟んで父の前に立った。
「今日まで修学旅行だったな。どうだった」
「とても有意義な学校行事でした」
大翔は淡々と答える。大翔の父はじっと大翔を見ていた。数える程度にしか会ったことのない父なので、他人に対するもの以上の感情が湧いてこない。
「楽しかったのか?」
「はい」
「そうか…お前もこれから中等部に上がる。より一層、勉学運動共に精進するように。…今日は、ゆっくり休みなさい」
「…大翔様、こちらへ」
秘書に促されて大翔は父の部屋を後にした。部屋を出る前に視線を感じて見ると、父は大翔を見ていた。大翔はそれを不快に感じた。
大翔は自宅に向かう車内で大翔は内心苛立っていた。あんなことを聞くためだけに呼び出したのだろうか。この呼び出しがなければ、佳奈多の家に行けたのに。
「大翔様。頭取は大翔様をご心配なさっておりました。体調に変わりはないか、旅先で何がトラブルはないか…来年にはお兄様が入行されます。大翔様、どうかご自身が頭取の御子息であることをお忘れにならないよう、お願い申し上げます」
秘書が運転しながら大翔に伝えてきた。兄の入行、大翔の小学生最後の宿泊行事である修学旅行。大翔が兄のようになっていないか、その兆候がないか見たかったのだろう。言われずとも学園内では成績優秀者であり、品行方正に過ごしている。
佳奈多がいる限り、大翔はあの学園に通わなくてはならない。そのためにも大翔は父が気に入るであろう行動を意識して徹底してきた。『優等生の松本大翔』として、だ。佳奈多を守るためには、まだまだ父を使わねばならない。
それからは大翔は佳奈多を守ろうと、今まで以上に必死になった。佳奈多は可愛い。他の人間に取られてしまうかもしれない。佳奈多は大翔のもの。誰にも渡したくはないし、大翔以外の誰のものにもなってほしくない。この想いをどうしたらいいのか、幼い大翔にはわからなかった。
佳奈多への想いを佳奈多本人に押し付けていた。
大翔自身が制御しきれていない佳奈多への愛情に、佳奈多が怯えている時があった。修学旅行の時に佳奈多が怯えていたのも、大翔の愛情の暴走の結果なのだと思う。大翔自身が佳奈多への感情をもて余していた。もて余したまま、大翔は中学生になった。
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