第35話

耳をつんざくような悲鳴を上げて、佳奈多は叫び続ける。

「ち、ちが、…盗んで、盗んでない、盗んでないいぃっ!あーーーーーー!!!」

佳奈多の瞳は恐怖に染まり、今なにも写してない。たぶん自分でも何を叫んでいるのか、そもそも叫んでいることもわかっていないようだ。こんな声を上げる佳奈多を、大翔は初めて見た。怖がりで臆病な佳奈多はなるべく自分の存在を他者に知らせたくないのか、大きな声も出さないし、怖いことや嫌なことがあるとぎゅっと固まってしまう。その佳奈多が我を忘れて絶叫を上げるほどのなにかが起きた。尋常ではない姿に大翔は背筋が寒くなった。

大翔は佳奈多の口を塞ぐ。このままでは佳奈多は自分の悲鳴で何も耳に入らないだろう。

「かなちゃん、大丈夫、大丈夫だから、落ち着いて……何が、あったの、かなちゃん…盗んでないって、どういうこと?」

大人しくなった佳奈多から、口をふさいでいた手を外す。佳奈多はガチガチと歯を鳴らして怯えている。何がここまで佳奈多を怯えさせているのだろうか。大翔は佳奈多を抱きしめる。

「かなちゃん、俺は、かなちゃんの味方だから。何があったか、教えて。力になるから。かなちゃんのこと、守らせて…」

佳奈多は大翔にしがみついた。落ち着いた頃に、何があったのかを教えてくれた。

コンビニへ行ったこと、そこでオジサンに動画を撮られたこと。

「で、電話がきたら、すぐ、行かなきゃ…動画、ばっ、ばらまくって」

大翔は再び、怒りで頭が沸騰しそうになった。佳奈多の大切な場所を、見も知らぬ人間に見られた。大翔は自分でも驚くほど頭に血が昇った。その上佳奈多を、その動画で強請ろうとしている。大翔の大事な、大切な佳奈多を。

大翔は自身を落ち着かせるためにも、佳奈多に両親について確認した。やはり今この家に、両親はいないらしい。佳奈多があれだけ叫んだのに誰も来ないのだから当然といえば当然だ。いつも佳奈多の家が暗い理由がわかった。しかしもうすぐ母親が帰ってくるという。佳奈多を一人にするのは心配だったが、大翔はこれからのことに集中できると安堵した。

そのオジサンのことは任せて欲しい、安心してほしいと伝えると、佳奈多はぎこちなく笑った。

「う…あ、ありがと、大翔くん」

いつものふにゃりとした笑顔じゃない。怖い思いをさせられたのだから、当然だ。それだけ佳奈多の中で今日の出来事は怖くてたまらないのだろう。

家の外から佳奈多に手を振り、コンビニを目指す。こんな時間まで家にいない佳奈多の母に疑問が湧く。仕事ならともかく、まだ中学生の子どもを残してこんな時間まで外出するだろうか。父親は知っているのだろうか。

考えなきゃいけないのに、うまく考えがまとまらない。コンビニのオジサンが憎い。どう復讐をするか。どう懲らしめてやるか。怒りで頭の中が真っ白になっていく。大翔は考えるのを諦めた。

(殺さないように、しなきゃ)

今はただ、この一点に集中することにした。



コンビニについて、中を覗き見た。中には一人、男がいる。住宅地のコンビニに、夜中に訪れる人は少ないようだ。のんびりと品出しをしている。佳奈多から聞いた特徴と一致している。

あれが、佳奈多を脅したオジサンだ。

大翔はぐっと拳を握りしめた。今すぐ行って確認したい。あいつのスマホの中に動画があるのか、佳奈多の体を見たのかどうか。きっとこの時間に働いているということは仕事が終わるのは明け方か早朝だろう。大翔は店の死角から男が出てくるのをじっと待った。

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