第27話
佳奈多は深々と頭を下げる。大翔はまた強く佳奈多を抱きしめた。
「ごめん、かなちゃん、ごめんね、もっと早く、気づいていれば…」
大翔が震えている。ポタポタと、佳奈多の首筋に水滴が落ちた。もしかしたら泣いているのかもしれない。胸に抱きとめられた佳奈多は大翔の表情は伺えなかった。
強い力で抱きしめられて、佳奈多は背中が痛くて苦しいなと、思っていた。
佳奈多と大翔は高校に進学した。外部からの入学生が来て、生徒はまた増えた。いつも寄り添って一緒にいる佳奈多と大翔に様々な憶測が投げかけられた。大翔は気にしていないように見えたし、佳奈多ももう気にしていなかった。
同じ家に暮らして同じものを食べて、一緒に風呂に入って一つの布団で眠る。
世間一般から見たら恋人同士だとか、そういう関係ということになるのだろう。佳奈多にはどうでもよかった。放課後の教室で、相変わらずたくさんの人に声をかけられる大翔を眺める。大翔は人の波を散らして佳奈多の席までやってきた。二人はまた同じクラスだった。
「かなちゃん、帰ろ」
大翔が左手を差し出した。佳奈多は頷いてその手を取る。手を繋いで、二人は教室を出た。教室を出る時に後ろから声がした。
「調子のんなよ、藤野」
佳奈多の耳にはもちろん、大翔の耳にも入ったらしい。教室を振り返った大翔を佳奈多が制した。
「大翔君、行こう」
大翔は今まで松本頭取の息子として注目を集めていた。しかし近頃は、学年トップの成績を納めて運動もできる大翔自身が注目されている。身長が高くて顔も良い。大翔はこの学校で王子様だった。誰もが憧れる王子様。独占している佳奈多は目の敵にされていた。佳奈多は笑う。
「みんな、大翔君のこと、好きなんだね」
「俺が、松本頭取の息子だからだよ。妾の子なのにね」
「ふふ…それだけじゃないって、わかってるくせに…ふふふ…仕方ないのにね。ひろくん、ぼくのこと、好きなんだもん。こっそり、僕で、オナニーしてるもん。ね」
大翔は驚いて佳奈多を見た。
「かなちゃん、どうしたの?」
大翔が立ち止まる。佳奈多は笑いが止まらない。自分は今、どんな顔をしているんだろう。わからないし、興味も湧かない。
「みんなが知らないだけで、ひろくんは、僕のことだーいすきな、変態なのに。ねぇ?」
大翔は佳奈多が好き。認めてしまえば友達でいられなくなる。それなら友達を辞めたらいい。恋人同士になるのなら、佳奈多が支配をすればいい。佳奈多は笑いが止まらなかった。
同級生の、幼なじみの視線に恐怖を抱くようになったのは、いつの頃からだっただろう。欲をはらんだ瞳の意味がわからなかった。しかし本能的にその視線を恐れていた。好意を隠しきれない大翔の視線。もしも好きだと言われたら、友達同士ではなくなってしまう。
恋人同士になったらもう、対等ではいられない。
佳奈多はとても怖かった。
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