第26話

怒気を押し殺した声で大翔は佳奈多の父に言って頭を下げた。父は何度も頷いていた。

リビングのガラス窓が割れていた。窓のそばには石でできた小人の人形が転がっていた。母が、佳奈多に似ていると言って買ってきた置物だ。大翔が投げ込んで、鍵と窓を開けて靴のまま入ってきたらしい。

玄関に寄って、大翔は靴を脱いで置いた。階段を登って佳奈多の部屋に向かう。

「大翔君、怪我、ない?」

「大丈夫だよ。かなちゃんこそ…顔、…」

大翔は辛そうな顔をした。まるで自分が殴られたかのように。佳奈多の部屋で、大翔はきつく佳奈多を抱きしめた。佳奈多は窒息しそうになりながら、大翔の胸に頬を寄せる。

「制服とか、勉強、道具とか、持っていっていい?」

「うん。早く帰ろう。帰ったら、話、聞かせて」

持ち出す荷物はそんなにない。元々何度も大翔の家に泊まっていたので、いつものお泊りの荷物に少し追加するだけだ。あとは全てここに置いていく。階段を降りて玄関で靴を履く。父が動いた気配はない。

佳奈多は大翔と手を繋いで、振り返ることなく大翔の家に向かった。





大翔の家で、佳奈多は保冷剤で頬を冷やした。怪我自体は大したことはないと思う。痛みも腫れもほとんどない。しかし大翔は何度も病院に行こうと言い、角度を変えて何枚も佳奈多の頬の写真を撮った。

「気づけなくて、ごめん、かなちゃん…いつから、こんな…」

佳奈多は首を横に振る。

「今までは、お母さんが、殴られてたから。お父さん、よく怒って、お母さん殴ってた。前からよく、お母さん家に、いなかったんだけど、先月から、お母さん、いなくなっちゃって、帰ってこなくて」

だから矛先が佳奈多に向いた。佳奈多は思い出しながら一つ一つ大翔に伝えていく。

どうして、いつからこうなったのか。

幼い頃から父は母を叱りつけることが多かった。結婚前からなのか結婚した後からなのか、佳奈多は知らない。母が出ていくことになった経緯もわからない。母が出ていったのはあの金髪の男性が絡んでいるんだろうけれど、詳しい事情はわからない。わかったところで、きっと母は帰ってこない。

大翔は眉間に皺を寄せて、唇を噛み締めていた。まるで自分のことのように苦しんでいる。

「…辛かった、よね、かなちゃん…かなちゃん、他に、傷は」

辛かったのかどうなのか。今となってはもうわからない。佳奈多はぼんやりと大翔を眺めた。

「お父さんに殴られたの、今日が、初めてだから。体に、傷が、ないの…大翔君、知ってるでしょ」

佳奈多は思わず笑ってしまった。あんなに丁寧に、体中舐め回すように洗っていたのに。気づかないはずがない。なんだか面白くて、笑いが止まらなかった。

「かなちゃん」

「ふふ、へ、へふっ、ははは、あはっ、ふははっ、はぁ……あ、勝手に、ひろくんち行くって、言って、ごめんね…今日から、ご迷惑、おかけします」

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