第17話 ロイとの約束

 ぼくらの誕生日パーティーはマリーのご馳走ちそうを食べることによって、佳境かきょうを迎え、やがては村人たちの世間話に変わった。

 そのあと、ジャックスのマジックショーが行われて、ジルと何人かの村人たちが、腕相撲大会をして盛り上がりはした。

 しかしそんなお祭り騒ぎも、やがては潮時となり、みんなはそれぞれの場所へ、帰って行くのだった。

 賑やかだった、家の中が急にひっそりとしてしまうのは、どこか寂しくもある。


 だが———一人だけ帰らないやつがいる。


 パーティが終わっているのに平然と読書しているやつがいる。


 彼は、亡き祖母から受け継いだと言われる魔法の書を読んでいた。


 こいつは………………なぜ帰らないんだ?


「パーティは終わっているぞ、ロイ」

 ぼくはそう言った。


 彼は勢いよくその分厚い魔法の書を閉じる。


 そして眼鏡をクイッとする。


「お前に話がある」

 と、ロイはそう言った。



……………………………………



 

 ぼくらは裏庭まで来ていた。


 夜のそよ風が頬を撫でる。

 

 月光がぼくらをほのかに照らしていた。


 ロイは月を見ていた。


「ユリウス。ぼくは、将来この村を出ていくつもりだ」


「…………………そうなのか? ロイ」


 ここ1年間ずっとロイと遊んで来たがそれは初耳だった。


「魔法使いになりたいんだ…………アーネルさんのように」


「…………………アーネルさん?」


「ぼくの祖母の名前だ。会ったことはない」


 ………………ロイの祖母。………………アーネル。

 

 ……………アーネルという名前には聞き覚えがあった。

 前に村長が話していた気がする。アーネルという魔法の才能がある少女の話を。


 それは今から3か月くらい前だったと思う。

 ぼくはマリーに頼まれてハーブティーのお裾分すそわけをしに村長の家にお邪魔した。

 ぼくが村長の茶碗にハーブティーを流し込んでいると、村長は遠い過去を見つめるような調子で話出す。

 


「昔、アーネルという少女がいてのう。わしらはよく一緒に遊んでおったものじゃが…………ある日、この村の付近で魔物が大量発生してのう。それで………彼女の両親が魔物によって襲われてしまったのじゃ。………目の前で両親を殺されたアーネルはそれまで一度も魔法とは縁が無かったのに…………魔物の群れを一匹残らず燃やし尽くしてしまった」


 そして村長はハーブティーを見つめながらため息をついた。

 

「それから…………彼女はもともと明るい子だったのじゃが、人が変わってしまったように無口になり、やがて……………この村から何も言わず忽然こつぜんと姿を消すのじゃ。当時のわしは心配で心配でしかたがなかったのう」


 村長はハーブティーを見つめていたが、やがて顔をあげる。


「———しかしじゃ、それから20年後、この村にある赤子が送られてくる。その赤子のてのひらの上には手紙が添えられていた」


 村長は少しだけ間をおいて、やがて口を開く。


「そこには………「私はこの子の母親にはなれない。どうか村で育ててやってくれ」と、たった一言書かれてあるだけじゃった。しかし、その子はすくすく育って行き、わしはあることに気づく。ああ、アーネルの赤い瞳………………この子はアーネルの子だったんじゃと」


 村長は温かいハーブティーを一口すすった。


 その時は村長がなんの話をしているのかよく分からなかったが、これはロイの祖母の話だったのだろう。

 

 それから———村長はハーブティーをすすりながら、思い出したように声をあげる。


「そういえば、ユリウスはロイと仲良くしておったな」


「え、…………まあ」


「もし、ロイがアーネルのように才能に目覚めても、そのままでいてやってくれるか?」


「あっ…………はい」


 ぼくは村長が何を言わんとしているのかわからず、そう曖昧な調子で言うことしかできなかった。


 

 しかし……………。

 ………今にしてみれば分かる気がする。

 

 この閉塞的な村では、魔法が使えるということ事態が畏怖や嫉妬に繋がる可能性があるのだ。

 おそらく、ロイがこの村から孤立しないように村長はぼくに頼んだのだろう。


 

 だから———



「ロイっ」ぼくはそう呼びかけた。


「なんだ?」ロイはそう返す。


「ぼくは応援する。お前が魔法使いになるって」


 ぼくはロイの眼を見据えて真剣にそう言った。


 だが————


 ロイは「はははっ」と急に笑いだした。


「…………ロイ?」


 一体なにがおかしいんだろう?

 しばらく笑い続けたロイは、ぼくの方に向き直る。


「……………ユリウス、ありがとう。やっぱり、ユリウスはユリウスだな」


 彼は月に照らされてそう言った。


 だが、急に真剣な調子で眼鏡をクイッとする。


「約束、だからな………お前にこの本を授ける」


 それは、亡き祖母アーネルから受け継いだと言われる魔法の書だった。


「…………授ける?」ぼくは困惑してそう聞き返す。


「ああ、お前が読み書きを教えてくれたおかげで、この本を読み終えることができたんだ。それに………前に約束しただろ? アシュタネルの像で」


「…………そういえば、そんなこともあったような」


「だから、受けとってくれ」


 ロイはぼくに魔法の書を差し出す。


「ロイ………いいのか? 本当に?」


「ああ、いいんだ」


「………分かった。ロイ、ありがとう」


 ぼくはそう言って魔法の書を受け取った。 


 しかし、まさかロイから魔法の書を貰えるなんて……………

 今日の誕生日パーティーが盛り上があがりすぎたせいだろか?


 そんなことを思っていると————————


「あ、もちろん。読み終わったら返せよ?」


「え? ………………あ、うん?」


「アーネルさんから受け継いだ大切なものだからな。あげるわけにはいかない」


「も、もちろん。…………ロイ」



 た、たしかにロイの祖母の本をぼくが貰うのもおかしいか。

 ……………一瞬でも、貰えると思った自分が恥ずかしい。


 しかし、ロイも言い方が紛らわしいくないか?

 さっき、授けるって言ってたような……………。


「それから…………汚さないでくれ。ハーブティーとか絶対にこぼすなよ?」


「…………え、うん。……分かってるよ、ロイ」



 ま、まあ………ロイは事あるごとにこの魔法の書を持ち運んでいたほどだからな。

 祖母のアーネルさんから受け継いだものでもあるわけだし…………ハーブティーをこぼすわけにはいかないだろう。

 

 …………そもそも、ロイは今までずっとこの本を誰にも触らせないようにしてきたほどだ。

 大切にしてきた本が他人の手に渡ってしまって神経質になってもおかしくはないだろう。


 ロイはしばらく、ぼくの手元にある魔法の書を名残惜しそうに見つめていた。


「………………」


 ロイはため息をつき、夜空を見上げる。


 いくつかの星々は燦燦さんさんと煌めていた。


 ………………。


 

 かくして、ぼくはようやく魔法の書を(一時的にではあるが)手に入れたのだった。

 表情には出さなかったが、内心ぼくは興奮している。

 これで、この世界の「魔法」についてやっと学ぶことができるのかもしれない。


「……じゃあ、ユリウス。………ぼくはもう帰るな。おやすみ」


「ああ、おやすみ。ロイ」


 そうして、ロイとぼくの6歳の誕生日パーティーは静かに幕を閉じたのだった。


 ロイのためにも早く読了すべきか………………

 ………………ぼくは、そう思うのだった。

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