第13話 父の剣
ものすごい長い時間が経過したような。
誰かに何かを言われような…………
……………しかし、すべて、忘れてしまった。
「起きろ……ユリウス…………今日からお前は戦士だ」
………………むにゃむにゃ、戦士?
「起きるんだ。昨日、約束したじゃないか……………」
……………むにゃ? …………約束?
「ユリウス………………言ったよな、剣を教えてって」
………………ジルの声?
………………。
………………あっ!
「おはようございます!
ジルに向かってそうあいさつするぼく。
最近になってジルをパパと呼ぶのはやめた。
…………なんとなく、恥ずかしかったからだ。
「ユリウス………そんなんじゃ、戦士になれないぞ?」
「ごめんなさい、父様。なんか寝すぎちゃいました」
「まあ、いい。さっそく、ヨアクの丘に行こうか?」
「そうですね!」
………………しっかり、忘れていた。
昨日、自分のほうからジルに頼んでいたのだ。
剣を教えてくれ、と。
それなのに、何をやっているんだぼくは?
準備をするために、ぼくは井戸の水で顔を洗った。
そして—————もうそのときには、夢のことはすべて忘れていた。
————ヨアクの丘にやって来た。
まえに一度、来たことがある。
まえとは違ってクラウスはいなかった。
ジルはぼくに剣を渡した。
その剣はジルの傍らにある剣の半分くらいの長さしかない。
それなのに、握ってみると、ずっしりとした重さが伝わってくる。
「それは、俺がまだ幼かったころに使っていたものだ」
ジルはそう言った。
その剣はぼくの手によく
剣先は太陽の光をあびて、
「じゃあ、はじめようか?———お前に、剣を教える」
—————そして、ジルの訓練が始まった。
ジルが教えてくれたのはほとんど初歩的なことだった。
体の重心をどこに置くのか?
力をどのように入れるのか?
剣をどのように構えるのか?
そんなことだった。
それらの手ほどきが一通り終わると、ジルが考えたメニューをひたすら繰り返していく。
反復を繰り返して、体に
「ぱっとしないように聞こえるかもしれないが、剣の強さとは、すべて基本だ。この世の中にはいろんな剣術がある。しかし、基本がなってなければ、すべては
ジルは真剣にそう言った。
それから——ぼくは毎日、朝起きるとヨアクの丘に通うようになった。
そのおかげもあって、クラウスとは前より仲がよくなった。
ぼくが剣の鍛錬のためにヨアクの丘に行くと、すでにクラウスが剣をふるっていたりする。
あるときはその逆で、ぼくが剣の鍛錬をしていると、下の方からクラウスが剣を
ぼくらは軽いあいさつをすると、すぐに自分のメニューに集中する。
会話はまったくない。ずっと無言だ。
ヨアクが眠る大地のうえでぼくらはひたすら剣をふるった。
—————あるとき、ぼくはクラウスになにげなく聞いた。
「クラウスさんは―———いつこの村を出てくの?」
そのころ、ぼくらはよく帰り道に世間話をするくらいには仲がよくなっていた。
まえに、クラウスがこの村を出ていこうとしていることは聞いていたが、それから3か月くらいはたっていた。
「ユリウス………俺はまだまだなんだよ。まだ……ジルさんに遠く及ばない」
………………なるほど。
どうやら、クラウスはジルの強さを一つの基準にしているらしかった。
きっと、これはクラウスにしかわからないことなのだろう。
ジルと一緒に、この村を守るために、魔物と戦っているのだから。
クラウスはまえに言っていた。
—————この村のためには戦いたくはない
—————強くなって、誰にも忘れ去られないようになってやる
彼はいまどんな気持ちで戦っているのだろう?
ぼくは彼が強く
彼の悔しいという気持ちが痛いほど伝わってくる。
———————そして、話は思わぬほうへ発展する。
「ユリウス、お前こそ、この村にずっといるつもりなのか?」
………………考えてもみなかった。
たしかに、ぼくはこの村にずっといるのだろうか?
いまさらだが、ウィンスフィールド家は特殊だ。
ジルもマリーも、もともとこの村の人じゃない。
ジルはその戦士としての力量を買われて、村長に雇われた
だから、厳密にはぼくらはこの村の人ではなかった。
だとしたら、ぼくもずっとここにいる訳にはいかないのだろうか?
「さてはお前…………なにも、考えていなかったな?」
「ええ、………………まあ?」
「お前、浮かれているだろう? 自分がジルの息子で読み書きのできる天才だからって」
クラウスはそう言った。べつに嫌な感じはしなかった。
ぼくはクラウスを信頼していたからだ。
前の世界の年齢と今の世界の年齢をあわせれば、たしかにぼくの方が年上だ。
しかし、いまこの瞬間において、ぼくの体は子供だったし、気持ちもいつのまにか子供だった。
だからぼくは兄のように
兄弟ならこれくらいの会話、普通だ。
「どうやら、お前はこの村の外についてあまり理解していないみたいだな」
………………村の外?
「お前には二つの選択肢しかないんだよ。この村で一生を田んぼに捧げるか、村の外で強く生きていくか」
彼は本気でぼくになにかを訴えかけていた。
しかし、ぼくにはピンとこなかった。
ぼくはマリーとジルが好きだったし、ロイとノーラが好きだった。
……………それで、十分じゃないか?
「まあ、いい。まだ、5歳だもんな。俺が5歳のときは、剣なんか握っていなかった」
—————そうして、ぼくらは道を分かれて、家に帰ったのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます