第10話 ヨアクの丘

 ぼくらの暮らしている村―――カウール村は、田んぼしか取り柄のないつまらない村だが、それでもアシュタネルの像やヨアクの丘がある。


 はて? ヨアクの丘とはなにか?


 どうやら、村の人たちの話によると、むかしヨアクという名の英雄がいたらしい。


 なんでもそれは何千年も前のことで、長い年月を通して、その英雄譚えいゆうたんは、村の人たちで代々、親から子へと受け継がれていった。

 

 村の人Aはこう言う。

「…………ヨアク? ああ、知っている。そういうお菓子が東洋のほうにあるらしいな」

 村の人Bはこう言う。

「ヨアク? うーん、どこかで聞いてことがあるな。ああ、牛肉の料理の名前だろ?」

 村の人Cはこう言う。

「知っている。そいつは、たしか肘を裏側に曲げることができるんだろう」


 時間の流れとは恐ろしいものだ。

 英雄ヨアクはもう忘れ去られってしまった。


 しかしこの村の村長によると、


「英雄ヨアクはな、この村を救ってくれたんじゃ。まだ魔物や魔族と激しい戦いを繰り広げていた時代のことじゃよ。そして、あの丘に埋められたんじゃ。英雄ヨアクの遺骨いこつがな」


 ………なるほど、だからヨアクの丘か。


 ぼくはヨアクの丘に行ってみることにした。


 そこには先客がいた。


 丘の頂上で、ひとりの青年が剣をふるっている。

 みたところ、剣術の鍛錬のまっさなからしい。


 まえにジルが剣の鍛錬をぼくに見せてくれたことがあった。

 その青年の剣のふりかたはどこか、ジルに似ていた。


 彼はぼくに気がついた。


「おっと、君は——ジルの息子? たしか…………名前はユリウスだったか?」


「そうです。…………あなたは?」


「俺はクラウス。ジルと一緒にこの村の守衛しゅえいを任されている者だ。ジルからは聞いていないのか?」


………そういえば、ジルがなんか言っていた気がする。


 ジルと一緒にこの村を魔物から守っている人たちのなかでとても真面目で働き者で人が良い青年がいるとか、いないとか。

 そして、その青年はジルに剣術の指導を頼んだらしい。

 ここで、ジルに教えられたメニューをこなしているのだろう。


「クラウスさん………でしたか。父がいつもお世話になっております」

 ついさっきまで忘れていたが、ぼくは取り繕うようにそう言った。


「いや、お世話になってるのこちらの方だよ。ユリウス。君の父さんは素晴らしい戦士だ。そして、俺にとっての先生。………俺も、あんな強い父が欲しかった」

 なにやら突然、声のトーンを変えて喋りだすクラウス。


「知っているか、この丘はヨアクの丘って言うらしいぜ?」


「ええ………」


「この丘の下には英雄ヨアクの死体が埋まっている。でも、英雄ヨアクって誰だ? この村の人たちはだーれも知りはしない。むかし、村のために身を粉にして、魔族や魔物と戦った。命が燃え尽きるまで。しかし——もう、そんなことは誰も覚えていない」


 たそがれるようにクラウスは夕暮れの空を見上げた。

 ………………彼は、一体どうしたのだろう?


「俺の父は十年前に死んだんだ。この村のために、命が燃え尽きるまで、わが身が果てるまで、魔物と戦った。なのに———もう、誰も覚えていない」


…………………………それは、


「それは、あんまりじゃないか。見てくれこの丘を。なんにもえられていない。ただの丘だ。ヨアクがここに眠っているって、これで、どうして分かるんだよ? この村のやつらは自分たちが誰のおかけで大地を歩けるのか理解していない。この大地の下には数多あまたの戦士の魂が眠っているんだ」


 ぼくは戸惑っていた。………なんて言ったらいいんだろう?


「俺はもう、この村のために戦いたくない。父のように戦って死んで忘れ去られるのは、ごめんだ」


 彼は悲しそうに言った。


「俺はこの村から出て行きたい。強くなって、戦士として誰もが忘れないように活躍してやる」


 彼の言葉からは強い意志を感じた。


 あとから知ったことによると彼はまだ、17歳らしい。

 ……………つまり、転生する前のぼくと同い年だ。


 その時のぼくには彼がはるか年上のように思えたのだった。


「おっと、ごめん。つい……感傷的になってしまったようだ。いまの話は忘れてくれ」


「えっ、えぇ………………………」


 ぼくは、そう言うことしかできなかった。

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